第3話

「煉獄の炎に包まれ灰燼と化せ! ブレイズプリズン!!」

「風花の舞に見惚れて凍てよ! フリーズフェアリー!」

 セロとイヴの声が連なり、次いで燃え盛る炎の音、吹き荒ぶ吹雪の音が辺りを支配した。

 炎に包まれた鉄人形は体を溶かし、あるいは電子回路を破壊され、完全に動かなくなる。吹雪に見舞われた鉄人形もまた、関節が凍り付いた事により動かなくなった。そして、動けなくなったところをセロや、他の男達の剣によって完膚なきまでに破壊される。

「これで全部……だな」

 辺りを見渡し、動く鉄人形がいなくなった事を確認してから、セロは剣を鞘に収めた。その様子に、不安そうに村内を見渡していたイヴもホッとした顔をし、頷いた。

「多分。……セロ、腕出して」

「? 何で?」

 セロが首をかしげると、イヴは呆れたような顔付きをする。

「さっき、鉄人形の攻撃を受けてたでしょ? 治療するから」

 言われて、セロは「あぁ」と思い出した顔をした。言われてみれば、戦いのさ中に不意を突かれ、思わず腕で攻撃を受けてしまった場面があった。

 戦いによる興奮状態で忘れていたが、その興奮状態が冷めつつある今、少しずつ痛みが増してきたように思える。見てみれば、袖は裂け、むき出しになった腕は腫れて紫色になり、おまけに少なくない血も流れだしている。

 あまりの状態に、思わずセロは自分で「うわ……」とつぶやいた。

「悪いな。頼む」

 そう言って、セロは腕をイヴに差し出した。腕の傷を見て、イヴは自分の傷でもないのに辛そうに顔をしかめる。そして、ぶんぶんと首を横に振ると、両手をセロの腕にかざし、強がるように笑って見せた。

「いつもの事でしょ。……聖なる光よ、彼の者を癒せ。ホーリーフィジシャン!」

 イヴが唱えると同時に、セロの腕は白い光に包まれた。光になでられていくうちに、次第に傷は薄くなり、紫色になっていた腕は薄いピンクへ、そして皮の張った元々の肌の色へと戻っていく。

「傷が、あっという間に治っていく……」

「破損個所の修復速度及び負担の少なさは、最新型ナノマシンと同程度と思われます。魔法使いの等級は存じ上げませんが、治癒を司る魔法使いとしては高位であると推測します」

「!?」

 突如湧いて出た声に、セロとイヴはそろって振り向いた。そこにはスフェラとリッターが立っており、物珍しげにセロの腕が治っていく様を見つめている。

「……さっき、セロと一緒にいた人達、よね? ……誰?」

 完治したセロの腕から手を離し、いぶかしげな顔をしてイヴはスフェラとリッターを見た。心なしか、特にスフェラへの目が厳しい気がする。

「ん? あぁ……スフェラとリッター、だったよな? 何か、三千年後から来たって言ってるんだけどさ」

「三千年後!?」

 イヴが素っ頓狂な声をあげ、セロは思わず耳を両手でふさいだ。そんな二人に、スフェラは特に笑うでもなく怒るでもなく、淡々とした声で話しかける。

「同じ話を一からしている時間は無いわ。……セロ、私達に力を貸してちょうだい。多くのロボット……いえ、鉄人形を操る父と渡り合うには、魔法使いの力が必要なのよ」

「父? そう言えば、お前の親父が世界を滅ぼそうとしてるって……それって、どういう……」

 セロの言葉に、イヴが顔を引き締めた。途端に、辺りの空気が一気に静まり返ったように感じる。

 そんな空気にもひるむ事無く、スフェラはただ、淡々と言葉をつむいだ。

「力を貸してくれるなら、道すがら話すわ。貸してくれないのなら、この話はここでおしまい。……どうする?」

「ちょ……ちょっと、セロ。これって一体、どういう事なの……?」

 不穏な展開に、イヴが不安げにセロの袖を引く。セロは、「あー……」と難しそうな顔をし、困ったように呻きながら頭をかいた。

「話を聞いてみねぇ事には、俺もよくわかんねぇ。けど……俺の力を貸せって言うなら、貸してみようと思う。そうする事で、鉄人形どもの問題を何とかできるかもしれねぇし」

 そう言って、セロは村の中を見渡した。イヴも、つられて見てみれば、辺りには先ほどまで村を脅かしていた鉄人形達の残骸が転がっている。そして、先の戦いで負傷し、治癒魔法による治療を受けている村人達の姿も。

「……」

 村の現状を思い出し、イヴは顔をくもらせた。そんなイヴを気づかってか、それとも本心からか。セロはカラッと明るく笑って見せ、そして言った。

「それより何より、美人に助けを求められて放っといたら、男が廃るからな!」

 その瞬間、イヴの目が大きく見開かれた。続いて顔があっという間に赤らみ、そして眉が吊り上がる。

「信じられない……相手が年上の美人だからってデレデレしちゃって。廃るほどの男でもないくせに! ……良いわ。だったら、私も行く!」

「はぁっ!?」

 今度は、セロが目を大きく見開く番だった。困惑するセロを前に、イヴは腕を組み、フンッと鼻息を荒くする。

「当然でしょ! 私が行かなかったら、誰がセロの治療をするのよ!? さっきの戦いでだって、あんな怪我をしてたってのに!」

「……それは……」

 痛いところを突かれ、セロは言葉を詰まらせた。先ほど結構な怪我をした上に、イヴに指摘されるまで忘れていた事を思うと、反論する言葉が出てこない。

「……あの。ちょっと良いかしら?」

 鼻息荒く詰め寄って来るイヴに気圧され、セロが尻もちをつきそうになったところで、スフェラが二人の会話に割って入ってきた。

 その顔は、先ほどまでとは打って変わって困っているように見える。その様子に、セロとイヴは二人そろって「?」と首をかしげた。

「二人だけで盛り上がられても、こっちは困るわ」

「同行されるのでしたら、こちらのお嬢様のプロフィールを頂戴致したく存じます」

 スフェラとリッターの二人から冷静に言われ、セロとイヴはハッと顔を赤らめた。セロは「ん? あぁ……」と曖昧な声を発してから、困ったようにイヴの方を見る。

 すると、イヴはすかさず前に歩み出て、スフェラとリッターににこりと笑って見せた。

「イヴです。セロとは幼馴染で……。治癒魔法が得意なので、お役に立てると思います」

「……っつってもよ。お前、攻撃魔法は弱いし……正直、ついてこられてもな……」

 困ったような馬鹿にするような顔で言うセロに、イヴはムッと再び眉を吊り上げた。ついでに、ぷうとほおを膨らませる。

「何よ! 攻撃魔法が弱くても、私には〝希望の祈り〟があるわよ!」

「……希望の祈り?」

 新しく出てきた言葉に、スフェラは興味深そうにイヴの方を見た。そこでセロは、イヴが余計な事を言う前にスフェラに説明をする事にする。

「あぁ。イヴんちに伝わる、まじないみてぇな魔法だよ。危ねぇ時にこれを唱えると、何か奇跡みてぇな事が起きるって事らしいんだけど……誰もどんな効果があるのか知らねぇし、正直胡散臭ぇんだよなぁ……」

 その説明が、どうやらまたもイヴの気にさわってしまったらしい。イヴの顔はさらに不機嫌になり、今にもセロの鼻辺りに噛み付かんばかりの表情を浮かべている。

 セロが「あ、やばい」と思った時には時既に遅く、セロはまたイヴに反撃の口撃を許してしまった。

「それを言ったら、セロの家に伝わっている魔法なんか黒いし怖いし、戦闘ありきの乱暴な魔法じゃない!」

「何だとっ!」

「とにかく! 私も一緒に行くったら行くの! 良いでしょ、スフェラさん!?」

 セロと言い合っていても埒が明かないと判断したのか、イヴは同行許可を求める相手をセロからスフェラへと移行させた。そのすさまじい剣幕を冷静な顔でながめながら、スフェラはしばらく考える。

「……わかったわ」

「スフェラ!?」

 スフェラの決定を非難するようにセロが叫んだが、スフェラはあくまでも冷静だ。淡々と、慌てず状況分析をするような顔をして、セロとイヴを交互に見る。

「この調子だと、置いて行ったところでどうせついて来るわ。だったら、初めから一緒に行った方が面倒が少なくて良いと思わない?」

「……けど……」

 セロは、まだ納得していない。ならば、これならどうだ、と言わんばかりに、スフェラはセロに言った。

「イヴの治癒魔法、確かに役に立つと思うわ。あなたが同じ魔法を使えると言うのなら、話は別だけど」

「……わかったよ」

 ついにセロが折れ、イヴが行動を共にする事となった。ガッツポーズをするイヴに、セロはほんの少しだけ残念そうな、そしてかなり真剣そうな顔をして、釘をさす。

「けど、イヴ。お前、絶対危ねぇ真似すんなよ!? 戦う事になったら前に出ねぇで、絶対、後に下がっとけよ。良いな!?」

「それはこっちの台詞! セロこそ、無茶とかしないでよ!?」

「……二人とも、仲が良いのね……」

 再び始まった言い合いを前に、スフェラはあきれ半分、微笑ましい物を見る目半分で、つぶやいた。すると即座に、セロとイヴは声をそろえて「どこが!?」と叫ぶ。そこで三人の言葉が途切れたのを見計らい、今まで口を挟まず黙っていたリッターがス、と前に一歩進み出た。

「皆様、お話しが済んだのでしたら、そろそろ出発致します。詳しい話は、道すがら」

「……」

 会話を強制終了され、セロとイヴは今度こそ本当に言葉を失った。

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