第2話
ガション、ガション、ガション……という無機質な音が、初夏の林に響き渡る。両手両足の指だけでは数えきれない鉄人形が行進し、一か所に集まっていく。
鉄人形達が向かう先には、一組の男女。女は二十歳かそこら。首から、薄汚れたリングに鎖を通しただけの、シンプルなペンダントをぶら下げている。男の方は、さらに五つほど年上に見える。どちらも、整った顔立ちをしている。
「困ったわね……すっかり囲まれたわ」
困ったと言いながら、それほど困った顔をしていない女を庇うように、男が一歩前に進み出た。
「危険です。スフェラ様、お下がりください」
すると、女――スフェラは苦笑しながら腰のポーチに手を突っ込んだ。
「囲まれたって言ったでしょ? 下がりたくても下がれないわよ」
ポーチから引き抜いたスフェラの右手には、小型の銃が一丁握られている。それを正眼に構え、三発、続け様に撃った。スフェラの銃が銃声を放つ度に、一体の鉄人形が足の関節を破壊され、崩れ落ちていく。
「一度に一体や二体なら何とかなるわ。リッターはできるだけ数を減らしてちょうだい」
「かしこまりました」
頷くと、リッターと呼ばれた男はある一点を凝視し始めた。その一点とは、他よりも多くの鉄人形達が集まっている場所だ。どこからか、ピピピ……という音が聞こえてくる。
スフェラが四発目の銃声を轟かせたのと同時に、目を疑うような出来事がリッターに起きた。右手の人差し指、そして中指の第二関節が外れ、そこが白く光り始める。
「エネルギー、充填完了。目標を殲滅します。レディ……ファイア」
リッターがつぶやくと、それが合図であったかのように二本の指から白く輝く光線が発射された。光線が当たった鉄人形達は一瞬で破壊され、残骸が地面に転がっていく。
暫くの間、スフェラが銃を撃ち、リッターが光線を放つという状況が続いた。だが、それでも鉄人形達は中々減らない。
「……っ! 数が、多過ぎる!」
銃に新たな弾を詰め込みながら、スフェラは愚痴るように言った。焦りがあったのだろうか。手から、弾がいくつかこぼれ落ちた。
「……あっ……」
慌てて、落ちた弾を拾おうとかがみ込む。その余計な動きが、鉄人形達に反撃のチャンスを与えてしまった。
今までよりも前進してきた鉄人形達が、スフェラとリッターの眼前に迫る。
まずい、と、スフェラは思った。リッターも同様なのだろう。彼の目が、いつもよりも見開かれている。
鋭い叫び声が聞こえてきたのは、まさにその瞬間だ。
「紫電に焼かれて黄泉へと沈め! サンダーボルトジャベリン!!」
叫び声から一瞬だけ間が空き、耳をつんざくような激しい落雷音と鋭い閃光が、スフェラ達の眼前に突き刺さった。
「!?」
空は、きれいに晴れ渡っている。なぜ突然目の前に雷が落ちてきたのか理解できず、スフェラとリッターは目をぱちくりとさせた。
すると、先ほどと同じ声が聞こえてくる。
「大丈夫か!?」
言いながら、一人の少年――セロが駆け寄ってきた。セロは、目をぱちくりとさせているスフェラ達に、もう一度「大丈夫か?」と声をかける。
「え? えぇ……」
頷き、スフェラはセロの顔を見た。初めてスフェラの顔を正面から見たセロは、「おっ」と少しだけ嬉しそうに顔をほころばせる。
「かなり美人じゃん。ちょっとラッキー……」
ガシャン、という音が聞こえ、セロの言葉は中断された。それに対して特に怒るわけでもなく、セロは腰から武骨な鉄剣を抜き放つ。
「……って、んな事言ってる場合じゃねぇか」
言うやいなや、セロは地を蹴り、剣を振りかざして、一体の鉄人形に突進していく。
「てりゃあっ!」
気合いの入った叫び声と共に、セロは剣を振り下ろす。だが、鉄人形は腕を前に出し、ためらう事無くセロの剣を受け止めた。ガキン、という鈍い金属音が聞こえた。
「っつーっ……。っやっぱり硬ぇ……!」
しびれたらしい左手をヒラヒラと振りながら、セロは後に跳び、鉄人形との距離を取った。
「……さて、カッコ付けて出てきたは良いけど……これからどうするかな……」
思案顔でつぶやき、セロは再び左手を剣に添えた。しびれは大分消えている。
「関節を狙いなさい! 胴体よりはもろいわよ!」
「……えっ……?」
突如飛んできたスフェラの言葉に、セロは一瞬思考を停止させた。そんなセロに、スフェラは一喝するように叫ぶ。
「ボーッとしないで! くるわよ!」
「ゲッ……うわっ!?」
いつの間にか目の前に迫ってきていた鉄人形が、両腕を振り上げる。
それをセロは、さらに後へ跳ぶ事でギリギリ避けた。今までセロがいた場所には鉄人形の両腕がめり込み、地面をえぐっている。
「……っと! くそっ!」
体勢を立て直し、セロは再び前に踏み出した。剣を振り上げ、スフェラに言われた通り、鉄人形の関節部分を狙う。
刃は鉄人形の腕関節を捉え、そして食いこむ。バキッという音が聞こえ、続いてガシャン、という音も聞こえた。
見れば、セロの眼前に立つ鉄人形は片腕を無くし、地面には鉄人形の腕が一本落ちている。
「鉄人形の腕が切れた! けど、腕が切れたぐらいじゃ……」
「奴らは馬鹿力以外に芸を持たない雑兵です。手足さえ切り落としてしまえば、何ら害はありません」
いつの間にか横に立っていたリッターの顔を、セロは思わず見た。整った横顔に先ほどのような表情は見られず、ただ冷静に現在の状況をみつめているように見える。
「……こいつらの事、知ってるのか? お前達は一体……」
「話は、後ほど」
強い語調でセロの言葉を一旦遮り、リッターはセロの顔を見た。そして、表情一つ変えずに言う。
「……援護致します。先ほどの、雷属性の魔法、もう一度お願い致します」
「わ、わかった!」
気圧され、頷きながらセロは再び顔を鉄人形達に向けた。先ほどの魔法でかなりの数を減らしたとは言え、まだまだ少なくない数がいる。
セロは剣を鉄人形達に向かって突き付けると、深く息を吐き、そして大きく吸った。その横では、リッターがセロのみつめる先のほんの少しだけ横を凝視している。
一体の鉄人形が、セロが目視で定めた境界線を越えた。それを合図に、セロとリッターが同時に声を発する。
「紫電に焼かれて黄泉へと沈め! サンダーボルトジャベリン!!」
「エネルギー充填完了。目標を完全に殲滅します。レディ……ファイア!」
激しい稲妻が鉄人形達を焼き、リッターの放つ光線が鉄人形達を穿つ。雷鳴と爆発音が轟き、それが収まった時には辺りから鉄人形達は一体残らず消えていた。
「……片付いたか?」
「はい」
頷き、リッターが再びセロの顔を見た。相変わらず、表情の乏しい顔だ。
「……加勢して頂いた事、感謝致します」
「気にすんな」
剣を鞘に納め、手をヒラヒラと振りながらセロは言う。そして、「それよりも……」といぶかしげな顔をしながらつぶやいた。
「さっきの話だ。お前達は、なんなんだ? あの鉄人形達は、一体何者なんだよ?」
「ロボットよ」
「……ろぼっと?」
話に加わってきたスフェラの言葉に、セロは首をかしげた。生まれて初めて聞く単語だ。
そんな様子のセロに、スフェラは少しだけ考えた様子を見せてから、言った。
「……一から順に話しましょうか。私は、スフェラ。こっちは私の護衛ロボットのリッターよ。……あなたは?」
そう言えば、まだ自己紹介もしていなかった。それに気付いたセロは、「あ」とつぶやくと、少しだけ急いだ口調で名乗る。
「俺は、セロ。この近くの村に住んでる、魔法剣士だ。それで……えっと……?」
「信じられないかもしれないけど、私達は今から三千年後の世界……未来から来たの」
「三千年後!?」
セロの目が、大きく見開かれた。
三千年とはまた、途方も無い数字が出てきたものだ。セロが今までの人生をあと百回生きたとしても、まだ余るような時間。それほどの時間が過ぎた後の世界など、想像もできない。
ましてや、その世界の住人が自分の目の前に現れるなどとは。半信半疑で、セロはスフェラとリッターの顔を改めて見た。美醜の差はあるにしても、自分との違いは、それほど見受けられない。
「そんな事ができるなんて……一体、どんなすごい魔法を使ったんだよ!?」
少なくとも、セロはそんな時を超える効果を持つ魔法などは聞いた事が無い。そのような魔法があるのであれば、ぜひとも習得したいところだ。
「魔法じゃないわ。科学の力よ」
間髪入れずにスフェラが言い、続いてリッターが補足するように口を開いた。
「三千年後の世界では、魔法使いは絶滅しています。当然、魔法を使える者は一人として存在しません」
「……え?」
思わぬ言葉に、セロは思わず問い返した。
「魔法使いが、いない? どうして……?」
セロは、魔法剣士だ。セロだけではない。村に帰れば、セロの父に母、兄弟、友人、その他にも村の人々……周りの人間は、魔法使いか魔法剣士ばかりだ。
元々が〝魔法使いの村〟と呼ばれるほどの村なだけあって、全く魔法を使えない者はほとんどいない。セロにとって、それほど魔法とは身近な存在だ。それが、三千年後の世界では誰一人使えない?
信じられないという顔をするセロに、スフェラが少しだけさびしそうな顔をした。
「今から千年前……あなたから見れば、二千年後の話ね。……とある鉱石が見付かったの」
「鉱石?」
首をかしげるセロに、スフェラとリッターは揃って頷いた。
「はい。サビドゥリア鉱石と名付けられたその鉱石は巨大なエネルギーを秘めており、それを利用する事で人類の科学は大いに発展致しました」
リッターの話に、その鉱石に秘められたエネルギーとは、自分達魔法使いが体内に秘めている魔力と同じような物なのだろうか、とセロは考えた。
魔法使いは、体を動かすために必要な体力の他に、魔法を使うために必要な魔力というエネルギーも持っている。これが多ければ、強力な魔法を何度でも使える。逆に全く無ければ、煮炊きに使う程度の火を熾すような簡単な魔法さえ使えない。
だからこそ、魔法使いは人々から一目置かれる存在なのだ。それが、いくら三千年もの時間が過ぎた世界とは言え、一人も残らず消えてしまっているとは……やはり、信じられない。
「サビドゥリア鉱石は化石燃料と違い、エネルギーを生み出す際環境に悪影響を与えない。それでなくてもエネルギーを安定供給できるサビドゥリア鉱石を利用した機械は、瞬く間に世界に広まっていったわ」
聞き慣れない言葉に、セロは「キカイ……」とつぶやいた。
「機械であれば、誰でも簡単にその恩恵にあずかる事ができます。ですが、同じ効果を魔法で得ようとしますと、厳しい修行に血筋、精神力といった様々な条件をクリアしなければなりません。魔法使いが機械にとって代わられ、絶滅してしまったのは、必然でした」
その、彼らの世界では必然的に絶滅してしまった魔法使いが目の前にいるというのに、リッターはまるでそれを気にしていないように淡々と言う。
つまりは、誰でも簡単に魔法のような力が使える道具が後の世界で現れて、それが世界に広まったために魔法使いは不要になった、という事らしい。
まぁ、確かに誰もが似たような事をできるようになったのであれば、魔法使いのありがたみが無くなってしまったというのは仕方が無いとも思う。だが、それでもやはり「必然だった」と言われてしまうのは、なんとなく腹が立つ。
少しだけ不機嫌になって「ふーん……」とセロはつぶやいた。
「……で? お前らは何でここ……三千年前なんかに来たんだ? その、キカイが広まった便利な世界から、魔法使いじゃねぇと不便極まりねぇこの世界にわざわざ来るなんざ……よっぽどの理由があるんだろ?」
セロのその言葉に、今度はスフェラが目を丸くした。
「……信じるの? 私達が未来から来たって話を……」
どうやら、話したところでどうせ信じてはもらえないだろうと思っていたようだ。そういう人間だと思われていた……という事には少々腹が立つが、逆に言えば、それだけスフェラ達には味方が少ないという事だ。その事に気付き、セロは怒りを収めた。そして、努めて冷静に、自分がスフェラ達を信じる事にした理由を話す事にする。
「んー……何つーの? 半信半疑ではあるんだけどさ……ほら、お前らって、見た事も無ぇような武器持ってるし、変わった格好してるし、鉄人形の弱点も知ってたし。不思議なトコだらけだけど、未来から来たってんなら色々と納得できるんだよな」
「なるほどね」
スフェラが納得して頷いたところで、セロは同じ質問を繰り返す。
「それで? お前らがここに来た理由は?」
「レクス様を、止めるためです」
今度は、すぐにリッターから答が返ってきた。だが、返ってきた答を聞いたところで、セロにはなぜそれが理由になるのかがわからない。
「? ……レクス? 誰だよ、それ?」
「私の父で、発明家でもある人間よ」
少しだけ誇らしげに、スフェラが答えた。だが、誇らしげにしていた顔は、すぐにかなしそうに曇ってしまう。
「今は……世界を滅ぼそうとしているわ」
「……は?」
思わぬ答に、セロは凍り付いた。
「それ、どういう……」
「セロっ!」
何とか言葉を声にして詳細を問おうとした時、遠くからセロを呼ぶ声が聞こえてきた。見れば、セロと同い年くらいの少女が駆け寄って来るのが見える。
「イヴ。どうしたんだ?」
スフェラの言葉から受けた衝撃はひとまず横に置き、セロは少女の元へと早足で近付いた。
すると、イヴは肩で息をしながらも、はっきりとした声で、少しだけ早口気味に言う。
「大変よ。鉄人形が……鉄人形の大群が、村を襲いに来たの! 大人の人達は、村の外へ巡回に行ったまままだ戻らないし……残ったみんなが戦ってるけど、このままじゃ……」
「何だって!?」
鉄人形達が現れてから、一週間。遊びや薬草取りなどのお使いで子ども達が訪れる事の多い場所に危険が無いように。また、鉄人形達がどこに住み着き、どこから現れるのかを突き止めるために。大人達は最近、村を出て巡回を行うようになっていた。その間、村には子ども達と、留守居役の若者が二、三人になってしまう。そこを狙われたら、タダでは済まない。
「くそっ!」
悪態をつき、セロは一気に駆け出した。息が整いだしていたイヴも、すぐさま続く。走りながらセロは振り返る。
「悪い! 話はまた後に聞かせてくれ!」
スフェラとリッターにそれだけ言うと、わき目も振らず、全速力で走り去る。あとには、その後姿を見送るスフェラとリッターだけが残された。
「……スフェラ様……」
リッターが、指示を仰ぐようにスフェラに声をかけた。するとスフェラは頷き、手持ちの銃に弾を込める。
ジャコン、という音で戦闘準備の完了を示してから、スフェラはセロ達が走り去った先を見た。
「追いかけましょう。いざとなったら、彼らを支援するわ。この時代で父さん達を止めるには、彼らの……魔法使いの力が必要だもの」
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