第四章 ~決闘と過去~

(これは降るかもしれないな)

 東の空に広がり始めたどんよりとした雲を見て、ガルディは準備していた桶と柄杓を納屋に戻した。土が乾きやすい夏とはいえ、水が多すぎれば根が腐ったり病気になったりしてしまう。

 今日の決闘は太陽が一番高くなった頃だと聞いている。それまで天気が保つか分からないが、例え降りだしても多少の雨ならば順延する事はないだろう。

 昨日の稽古の後もエクセラはしつこく決闘を見に来るように言っていた。真剣勝負の場で剣士としての自分を評価して欲しいのだろう。

 以前はエクセラに戦い方を助言するために決闘会場の隅まで行っていたが、最近はそれもなくなっていた。並の相手ではエクセラの剣の腕にまったく歯が立たないからだ。それならば何か助言をするより、むしろエクセラ自身に考えさせた方が良いとガルディは思っていた。

 確かにロイドも剣を扱うようだが、あくまで一般の兵士程度だろう。それこそ野盗を相手にするぐらいが丁度いい。一介の剣士として鍛えているエクセラの敵ではない。おそらく勝負は最初の一撃で決まる。それぐら二人の実力には差があるから、ガルディが見に行く意味はなにも無い。

 とはいえ、お願いを無視したとなればエクセラが不機嫌になるのは間違いない。そうなると見に来なかった代わりに剣の相手をしろだの、何か技を教えろだの、しつこく迫って作業の邪魔をしてくる。新しく作った棚にキリガオの蔦を絡ませているところなので、面倒事は避けたかった。

 行動に理由をつけると、ガルディはエクセラの決闘を見に行くことに決めた。そうなると、変装が必要だ。人間の街に、オークがそのままの姿で行けるはずがない。暑さを我慢して身体をすっぽり覆うローブを身につける必要がある。

 小屋に戻ったガルディは、壁にかけっぱなしになっていたローブを手にとった。元々が城で使われなくなったカーテンだかシーツだかの生地を、樹皮で濃い茶色に染めなおした物だ。エクセラが『冒険』を始めてからは使用頻度が多く、裾が擦り切れ、小さな穴やほつれがそこかしこにできている。そろそろ新しいものを作る時期に来ているのかもしれない。

 このローブは不意の突風などで、緑の肌を晒さないために、紐で縛る箇所や木で作られた留め具が多くあって一人で着るには少し時間がかかる。

 ガルディが大きな手で小さな留め具を脇腹の穴に通していると、小屋の戸を叩く音が聞こえてきた。

 小屋を尋ねて来る人間はエクセラぐらいだが、そのエクセラは決闘の準備をしている事だろうし、第一にあいつはノックもせずにいきなり小屋に押し入ってくる。ローブから手を離したガルディは、多少警戒しながら戸の外に声をかけた。

「誰だ?」

「入らせてもらいます」

 ガルディの誰何に答えず木戸が開かれる。ノックは中にいるのか、確かめるためだけのものだったようだ。

 小屋に入ってきたのは、小柄な女の子だった。切り揃えた前髪の下から眼鏡を通した険のある眼光がガルディを捉えている。獅子のような勇猛さは、姉ゆずりといったところだろう。

「相変わらず貧相な所ですね」

 イランジュアは物の置いていない室内を見回して言った。久しぶりに会ったというのに、いきなり嫌味から入ってくるあたり、実にこいつらしい。

「お前には分からんかもしれんが、寝るにはこれで十分だ」

「口の聞き方に気をつけて下さい。お姉さまの許しさえあれば、私はすぐにでもあなたをこの国から追い出せるんですよ」

「お前こそノックの後に名乗ることぐらい覚えたらどうだ」

「声だけで判断できるのに、無意味です」

 数カ月ぶりに話してもこの通り、ガルディはイランジュアに毛虫のごとく嫌われていた。きっと大好きな姉の傍に汚らわしいオークがいるのが気に喰わないのだろう。ガルディの方は別にイランジュアを嫌ってはいないが、いつでもこの調子なので少し苦手だった。

「まったく……、これから姉が大事な決闘だってのに、妹が付き添っていなくていいのか?」

 口うるさいイランジュアを追っ払いたいガルディは決闘のことを持ちだしたが、それは完全に逆効果だった。

「その決闘のことで、あなたにお願いがあります」

「お願い? 珍しいな」

 イランジュアが形だけでも下手に出るので、ガルディは目を細め訝しがった。服従の首輪の力を使えるのはエクセラだけだが、イランジュアにはガルディに命令するだけの立場があるはずだ。

「不正が行われないよう決闘を監視して下さい」

「……どういうことだ?」

 昨日のエクセラはそんな可能性がある素振りは見せていなかった。あいつは他人への気遣いに鈍い所があるが、敵意やそういったものには敏感だ。

「理由は二つあります。一つは私がクロディウスの第三王子をまったく信じていないってことです。お姉さまは悪い人間では無かったと言っていましたが、帝国に派遣している間者からの報告によると、彼には良からぬ噂がついて回っています。帝国の方針とは別に、個人的に色々と商売をしています」

「どうりで商人のフリが手馴れてたわけだ」

「仕事にあぶれた若者を私兵に雇ったりしているのは貴族の施しと言えるでしょうが、最近は魔術士と接触しているとの話もあります。王子とはいえ過ぎたる行動は、国内ではあまり良く見られていないようです」

 イランジュアの話を聞き、ふとロイドとエクセラの会話を思い出した。ロイドは旅や冒険への憧れを語っていた。あれもあながち嘘では無かったのだろう。窮屈な立場から逃げ出したいという思いがエクセラと通じたのかもしれない。

「おそらく彼は野心家です。第三王子なんて立場に甘んじる気はない。小国とはいえアーデルランドの国王になるためにならどんな手を使ってくるか分かりません」

「なるほどな、そうは言ってもここはあいつにとっては敵地だ。そう無茶なことは出来ないだろう」

 エクセラは不正を見逃すような人間ではない。彼女が一声かければ、騎士団から街の人々までがロイドの敵になる。アーデルランドから生きて帰ることは不可能だ。

「私が心配するもう一つの理由は、今回の縁談に一部の貴族や城の人間が乗り気だということです」

「いい歳した娘がいつまでもフラフラしてるなってことか」

「端的に言えばそうですが、事情はあなたなんかが考えるよりずっと複雑です。オークのあなたにはわからないでしょうが、お姉さまとロイドの結婚はアーデルランドとクロディウスが同盟を組む事と同意義です。つまり王国の一大事です」

「そうだな、オークには関係ねえ話だなあ」

 突き放したように言うガルディだったが、一〇年も世話になればこの国に愛着の一つ、義理の一〇もあるというものだ。

「あなたはお姉さまの一番の家来で、悔しいけれど一番信頼されています。当然、その信頼に応えてくれますね?」

 最初はお願いだったはずだが、イランジュアの瞳には有無をいわさぬ決意が篭っていた。

「……分かった、引き受けよう。下らない横槍で、あいつの今日までの努力を無駄にはさせたくない」

「結構、それでこそ無駄飯を食わせているというものです。料理長が城の厨房からちょろまかして、あなたに酒瓶を渡していることは不問にしましょう。無事に決闘が済めば、お父様の秘蔵の一本を上げます」

「そいつはありがてえ」

 イランジュアが色々とお見通しなのにガルディは苦笑した。

「ではさっさと会場に行きましょう。ルークが決闘を見張るのに良い場所を探して待っています」

 ガルディは急かされながら身支度を整えると、エクセラとともに決闘が行われる城下南地区の大広場へと向かった。



(嫌な空だな……)

 雨が降る前独特の生暖かい風が絡みつくようにエクセラの髪を撫でていく。東に見えていた灰色の雲は急速に広がり、今はもう王都の頭上を覆い始めている。時計塔に落ちた影は暗く、まるで文字盤を隠そうとしているようだ。

 大広場は王都中の人間が集まったのでは無いかと思えるほどの群衆で溢れかえっていた。騎士団の全面協力で警備がされていなければ、エクセラが決闘場に向かう道さえ確保できなかったことだろう。

 そこかしこで期待に胸を膨らませた声援が聞こえてくる。ここに集まったほとんどの人々が願っているのは、エクセラの勝利だ。いつもはアーデルランドが下手に出なければならないクロディウスとの関係だが、今回ばかりは違う。結婚を申し込んできたのは向こうで、迎え撃つは連戦連勝、負けなしのエクセラだ。敵国の王子がこてんぱんにされる姿を見て、溜まっている鬱憤を晴らしたいのだろう。人々の思いが圧倒的な熱気となって大広場に渦巻いていた。

 そんな民衆の思いを知ってか、今日の決闘は特別に席が設けられ父や城の重臣たちが観覧に来ている。まさに国の威信を賭けた戦いの様相を呈していた。

 そんな大舞台であっても、エクセラは緊張していなかった。緊張する余裕が無いほどに、迷い続けていた。

(私はどうすれば良いんだ)

 昨晩、マラドから聞かされた話が脳裏をよぎる。

 父のため、妹のため、そして国のために自分がしなければならないことだ。

 王女としての務めを果たす時がやってきたのだ。迷うべきではないことぐらい分かっている。

(それでも……)

 胸の奥にどうしても外せない錠があった。幼い頃から鍛えた剣の腕、冒険の自由、そして美しい庭園での楽しい日々。

 本来なら手に出来なかったもの。誰かが与えてくれた綺麗なドレスキラキラと光る指輪とは違う、ガルディと二人で長い時間をかけて作ってきたものだから手放す決心がつかなかった。

「エクセラ様、頑張ってください!」

 警備に立っていた騎士団員が促した。気負うこと無く応援してくれる彼は何も知らないのだろう。

「そろそろお時間です」

 苦悩を知っているマラドが背中を押すように言った。

「分かっている」

 エクセラは素っ気なく言って、マラドから顔を背けた。

「姫様……どうか、どうかお願いします」

 囚人が断末魔に零す呪詛のように悲痛な声に、エクセラは答えられなかった。エクセラは振り返ること無く、人垣の作る道を円形舞台に向かって歩みだした。

「姫さま! クロディウスの王子なんかボコボコにしちゃえ!」

「アーデルランドの力、見せてやって下さいよ!」

 決闘をひと目見ようと集まった城下の人々から、熱狂とも言える声援が泉のように絶え間なく吹き出していた。いつもなら力に変わる人々の声が、今のエクセラには放たれた鏃のように、心に突き刺さっていた。彼らに手を振ることも、言葉で意気込みを伝えることも出来なかった。

 舞台上への階段を一歩一歩踏みしめながら、それでも顔を上げると、人々の声援がエクセラを戦いの舞台へ迎える。エクセラは迷いを振り払うように握りしめていた拳を開いた。

「こういう形で再会するとは思わなかったぞ」

 舞台上に上がったエクセラは、機先を制すがごとくロイドに向かって言った。

「運命は手繰り寄せるものだと思っています」

 言葉とは裏腹にロイドは運命なんてまるで信じていないような口ぶりだった。

「貴様はアーデルランドを併呑するつもりか」

 エクセラの歯に衣着せぬ物言いに、観衆からクロディウスに対する不満と文句の声が上がる。敵意に満ちた数百の視線にもロイドは平然とした態度を崩さない。

「いいえ、むしろ逆です」

 ロイドはまるで慣れた舞台をこなす役者のような大仰な仕草でエクセラと大広場に集まった人々に答える。

「私は政治的に腐りきった帝国ではなく、このアーデルランドという古く美しい国に可能性を見出しています。十年、五十年、百年とどれほどかは分かりませんが、いずれはクロディウスを越える大国に成長することでしょう。その歴史を紡ぐ一人となれればと考えています」

 まさかクロディウスの王子が自国を貶めるとは思っていなかったのか、観衆の罵声はピタリと止む。一部では褒められた事に気恥ずかしそうな雰囲気さえあった。

 エクセラもロイドの言葉には驚いた。今まで自国他国を問わず数十人の貴族や王族の男たちがエクセラに結婚を賭けた決闘を挑んできたが、自らの退路を断つほどの覚悟を持つ者はいなかった。その言葉がどこまで真実なのかエクセラは確かめてみたくなった。

「ずいぶんと野心家だな。何不自由のない帝国の王子という立場に不満があるのか」

「不自由がないとは自由がない事と同じだと、エクセラ姫ならお分かりになるでしょう?」

「……確かにな」

 ロイドをけん制するつもりが、見事に言い返されエクセラは頷くしか無かった。

「それに私はクロディウスの王子と言っても妾の子、三番目です。有名無実とは言いませんが、兄達からすれば疎ましい存在。表立ってできることなどたかが知れています」

「それで商人の真似事を?」

「金で手に入るもの、救えるもの、その価値を知っておきたかった。それに性に合っていたのか、商売はかなり順調でした。第三王子として飼い殺されるなら、いっそ継承権を放棄しようかと考えていた矢先です、あなたに出会えたのは」

 ロイドはエクセラに向かって一歩を踏み出し、円形舞台の中央に立った。

「戦いの女神は噂以上に強く美しかった。私とは違った方法、剣一本で自由を勝ち取っているあなたに強く惹かれました」

「自由だと? そんなもの私にもない」

 こうして悩み続けている自分が、自由を勝ち取っているだなんて到底思えなかった。

「なら作りましょう、二人で。本当に自由な国を!」

「……そういう話は私に勝ってからだ」

 エクセラは舞台上に用意された剣を手に取る。

「そのつもりです」

 ロイドもまた応えるように剣を握り、切っ先をエクセラに向けた。自信に満ちた構えは、以前に野盗と戦った時よりも力強く感じる。是が非でも勝つのだという意気込みがヒシヒシと伝わってきた。

 それに比べて自分はどうだろうか。

 迷いはこの曇天のように頭の中を覆っていた。

「両者、準備は宜しいですか?」

 立会人である騎士団副団長の確認に、エクセラとロイドは互いを見据えたまま小さく頷いた。

「それでは……、始め!」

 赤旗が振り上げられると同時に動いたのはロイドだった。

「あなたに勝つ!」

 威勢の良い踏み込みでエクセラに斬りかかる。

「くっ……」

 一瞬反応の遅れたエクセラだったが、躱せずとも防御は十分に間に合った。振り下ろされるロイドの剣に、合わせたエクセラの剣がぶつかり金属音が響く。

 空から落ちる一粒の雨とともに戦いは始まった。



「お姉さまが優勢ですね!」

 誇らしさに弾んだ声を出したイランジュアは、同意を求めるようにガルディを見上げた。

「いや、動きが硬い。受け身になっている」

 首を横に振ったガルディは希望的観測を混ぜず冷静に評価を下した。

 二人は大広場に面した時計塔の二階から、エクセラとロイドの決闘を見守っていた。イランジュアは全部で五カ所に部下を配置し、決闘を監視させていた。その五カ所の中で一番条件が良いのが、ガルディとイランジュアがいるこの時計塔だ。貴族のために作られた観戦席よりは遠いがその分、広場全体を見渡せる。

「で、でも、お姉さまの方が多く攻撃していますよ」

「エクセラの方から攻撃しているわけじゃない。ロイドの動きを見てから剣を合わせて、その攻撃を潰しているだけだ。剣の腕はエクセラの方が上なのに、慎重になりすぎている」

 ガルディはエクセラとロイドの斬り合いから目を離さずに説明した。

「ほら、今もだ。ロイドが右に薙ごうとしたのを見てから、エクセラはそこに剣をぶつけにいってる」

 剣と剣が楽器のように打ち鳴らされるたびに、観衆から一喜一憂の歓声やどよめきが起こっている。彼らには二人の剣士が死闘を繰り広げているように見えているだろう。しかし、エクセラに剣を教え今日まで育ててきたガルディには、彼女が枷を嵌められ苦しむ踊り子のようにしか見えなかった。

「……私には剣のことは分かりません。でも、あなたがそう言うならその通りなのでしょう」

 イランジュアは苦々しそうに言った。いくら大嫌いなオークの言葉でも、最愛の姉の師としての言葉なら信じるしか無いのだろう。

「それでも、お姉さまは勝ちますよね」

 願うように、あるいは自分に言い聞かせるようにイランジュアはガルディに尋ねた。

「エクセラの方が剣の腕は上だ。このまま防御を続けたとしても、ロイドが先に剣を乱して決定的な機会が訪れるだろう」

 エクセラの動きは良くないが、それでも体力に衰えはない。寸分違わず相手の剣を遮り続けるエクセラに対して、ロイドは少しずつだが剣先が緩み斬撃に乱れが生じ始めていた。

「いけいけ! 姫さま!」

「あと少し、もう相手はふらふらです!」

 初めて見るのだろうエクセラが手こずる姿に、群衆の口から自然と応援の言葉が溢れだしていた。それに応えるようにロイドの剣を受けたエクセラの口が「分かっている」と呟いていた。

 そんなエクセラの苦戦に痺れを切らしたのか、特別席にいた老人が円形舞台まで駆け寄っていく。ガルディも何度か嫌味を言われたことのある宰相で、確か名前をマラドとか言った。

「姫、お願いします!」

 マラドは悲痛な面持ちで一段高くなった円形舞台の縁から身を乗り出した。

「分かっているぅううう!」

 間隙を縫ったエクセラは痛みに耐えるように歯を食いしばり険しい形相で大きく踏み込むと、それまでには無かった重くキレのある斬撃を打ち下ろした。

 ロイドは辛うじて剣をかざすが、エクセラの渾身の一撃を耐えるには膂力が足りなかった。威力を殺しきれず、端正な顔を歪め弾かれるようにしてよろけ後退った。

 ガルディの予見していた決定的な機会に観衆が声にならない大音声を上げ、それに押されるようにエクセラはロイドに最後の一撃を放つべく踏み込んだ。ロイドは体勢を立てなおそうとするが間に合わない。

 返す刃でエクセラがロイドに突きを放とうとしたその時だ。小さな小さな、それこそ小指の先ほどの何かが、エクセラの左脚に向かって飛ぶのをガルディの目は捉えた。

 その直後だ、エクセラの左脚が不自然に崩れ剣先がロイドの身体を逃してしまう。

 飛翔物の射線を追う視界の端で、弾き飛ばされたエクセラの剣が宙を舞っていた。追いかけた先、右手の家屋の屋根の上で黒い影が翻るように動いた。

 ガルディは窓枠に手をかけると躊躇なく二階から飛び降り、人で溢れる大広場の端に身を躍らせた。

「ちょ、ちょっと! 何があったの!?」

 慌てるイランジュアの声が頭上から聞こえてくるが答えている暇はない。

 舞台上に視線を釘付けにされ彫像のように動かなくなった人混みをかき分け、ガルディはただ一人黒い影を追って横道に飛び込んだ。群衆が埋め尽くしていた広場を少し離れれば、まるで無人の街のように人の気配がなかった。

 屋根を行く狙撃者より、舗装された石畳を走るガルディの方が速い。追跡には悪くない条件だった。

 ガルディは狭い道を巨体を感じさせぬ素早さで駆け抜けていった。人間より遠くのものが聞こえる耳と研ぎ澄まされた感覚、そして経験が狙撃者の動きを教えてくれる。

 やがて屋根を渡る足音が頭上から聞こえてきた。追跡に気づいていないのか、相手は速度より慎重さを優先している。ガルディは呼吸を止めると、石畳を砕くような脚力で一気に狙撃者が次に踏む商店のひさしの下に回り込んだ。

「ふんっ!」

 タイミングを見計らったガルディは拳を振るい、付き出したひさしを支える柱をなぎ倒した。

「うあぁああ!」

 支えを失ったひさしは破砕音をまき散らし、狙撃者ごと地面へと崩れ落ちていった。

「な!」

 受け身を取りながら落下した狙撃者が慌てたのはほんの一瞬だった。しかし、その一瞬でガルディには十分だった。相手の転がる逃げ道を塞ぐように閂のごとく太い腕を伸ばした。その動きを見た狙撃者は即座に逃げるのを諦めると、ナイフを抜き切りかかってきた。思い切りはいいが想定内。軌道も威力も充分でないナイフなど恐るに足りない。ローブと右腕を斬りつけられながらも、振るわれたナイフを弾き飛ばすと、ガルディは左手で狙撃者の首根っこを押さえつける。

「うぐっ……げほっ……」

 締めた気道からくぐもった呻き声が漏れる。狙撃者は改めて何が起こったのかを確かめるようにガルディを見上げた。

 視線と視線がぶつかる。ローブから覗く緑の腕とこの巨漢だが、むしろ驚いたのはガルディの方だった。

「……お前、ザジか?」

「げほげほっ、な、なんで豚野郎が俺の名前を知ってるんだよ……」

 今度は狙撃者ザジがぼってりとした瞼をしばしばさせ驚く番だった。

「そのネズミ顔忘れるか。お前こそ俺の声を忘れたか」

「…………ま、まさか?!」

 驚きを通り越したザジの顔が見る間に青ざめていく。

「た、隊長……あんた死んだはずじゃ……そ、それにその身体……」

「こういうことだ」

 ガルディは頭を覆っていたフードとマスクを剥ぐと、牙の生えた口をザジの眼前に晒した。

「あの時の豚野郎(オーク)が、隊長……!? ひでえ冗談だ。ハハッ、二回とも俺の狙撃場所がバレたわけだ。あんたに教わったとおりだもんな」

 ザジは苦しみとは別だろう理由で顔を歪めると、懐かしむように笑った。

 一方のガルディにとっては、こいつとの再会なんてどうでも良いことだった。それよりも尋ねるべきことがある。ガルディはザジの首を絞める手に力を込めた。

「うっ……」

「あの時の横顔は勘違いじゃなかったな。なら質問だ。お前が野盗に身を貶したならそれで構わねえ。だが、なぜエクセラの邪魔をした。野盗の生き残りがいるのか?」

 ザジは自分自身の怨恨で動くような奴ではない。裏に必ず糸を引いている人間がいる。

「げふっ……いくら昔馴染みだって、雇い主のこと話すと思いますか?」

「俺が『気持よく』喋らせる方法を熟知しているぐらいお前も分かっているだろ。命を大事にするんだな」

 ガルディはザジの左手の人差し指を握ると、そのまま引っぺがすように曲げ折った。

「いげぇっ! ぐっ……へへ、怖い怖い」

 余裕そうな笑みを浮かべたザジは、いつの間にか右手に何かを握りこんでいた。

「ゆっくりと掌を開いて、中の物を地面に落とせ。おかしな真似をしたら腕を潰す」

「飴玉ぐらいいじゃねえですか」

 無視するザジを壁に叩きつけようとした時だ。

「きゃぁあああああああああああ!」

 狭い裏道に女の悲鳴が反響した。視界の端で開いた窓から、乳飲み子を抱えた若い女が恐怖に怯えた表情をこちらに向けていた。

 ガルディがそれを確認する一瞬の間に、ザジは手首のスナップだけで黒い玉を跳ね上げると口で咥えた。

「くそ、毒か! 吐きだせ!」

 喉を押さえつけるが、僅かにザジが飲み込む方が早かった。腹を殴って吐かせようと腕を引きつけるが、それより先にザジの呼吸が不自然に早くなる。

「へへ、俺は……じ、自分で毒なんて飲んだりしませんよ……」

「じゃあ何だ?」

「すぐ、分かりますよ」

 そう言ってザジは首を押さえつけたままのガルディの腕を両手で握った。鍛えられてはいても人間であるザジの腕では、丸太のようなガルディの腕をはねつけることなんて出来はしない――はずだった。

「さっきは豚野郎(オーク)なんて言ってすみませんでしたね、隊長」

 ガルディの腕を掴むザジの指が尖端から手首に向かって黒くなっていく。

「実は俺も……」

 手首まで達した黒色化はさらに進み、腕が内側から盛り上がり力を増していく。驚いたことに、徐々にだがガルディの腕を押し返し始めた。

「なんだ、何をした!」

 黒い変色が胴体に及ぶ頃には、ザジの両腕の力はガルディの左腕に匹敵するほどになっていた。単純な力比べで、人間がオークを越えるなんて強化系の魔法でも聞いたことがない。

 ガルディはこのままではマズイと判断した。腰の鉈を抜くと、黒くなったザジの腕を切り落とそうとするが、その前に抑えてつけていた左腕を跳ね除けられてしまう。

 構わず鉈を振るうが、ザジは驚くべき跳躍を見せ間合い離した。

「人間、やめちまったんでさあ」

 全身を光沢のある黒肌に覆われたザジは、ガルディの巨体にこそ及ばないが二回りほど大きくなっていた。

「その姿、どういうことだ!」

 油断なく構えるガルディの目の前で、丸めたザジの肩から背中にかけてが裂け、一対の蝙蝠のような黒い翼が生えてくる。

「オークよりは、幾分カッコイイでしょ?」

 冗談めかして言ったザジは、細かい水滴を吹き飛ばし屋根の上へと跳躍した。

「質問に答えろ、ザジ!」

 屋根に向かって吠えるガルディをザジは嘲笑う。

「へへへ、隊長はせいぜい姫に可愛がってもらってて下さいよ!」

 翼を広げたザジは黒い雲の影に紛れるようにして、よたよたと飛んで行ってしまう。

 飛び方は遅いが郊外に向かているので、首輪の魔力で繋ぎ止められたガルディは追うことが出来なかった。弓矢でもあれば射落とせたかもしれないが、都合よくそんなものが道端に落ちているはずもない。

「あいつ……」

 追い詰められるまでザジが謎の変化を使わなかったのは、おそらく何らかの副作用があるからだろう。奴の性格から考えて、ここからなら逃げ切れる、あるいは仲間と合流できると踏んだからだ。

 雨が強くなってきた。

 考えても仕方ない。

「……行くか」

 フードを深くかぶり直したガルディは、決心を固めると広場へと戻っていった。

 円形舞台を囲む人々は降りしきる雨に打たれながら呆然と立ち尽くしていた。その視線の先には地面に両膝をつきうなだれるエクセラの姿があった。

「お風邪を召します、姫」

 ロイドが気遣わしげに、エクセラにマントを掛ける姿をガルディはただ見ていることしか出来なかった。

 甘んじてマントをかけられたエクセラが何かを探すように顔を上げる。その瞳がガルディを捉えた所で止まった。ガルディは不正があったと訴えろと頷いた。しかし、エクセラは力なく首を振った。

「……私の負けだ」

 ロイドは指にしていた金の指輪を外すと、自ら跪きそれをエクセラの眼前に持っていく。

「約束の証を」

 エクセラは求められるままに左手を差し出し、ロイドはその薬指にそっと指輪をはめた。

 それが石化の魔法を解く鍵であったかのように、人々がざわつき始めた。勝者を称える賛美ではなく、悲しみや怒りのさざ波だった。

「皆さん、聞いて下さい!」

 器から不満の水が溢れてしまう前にロイドは立ち上がり、雨に負けない大声を張り上げた。

「他国の王子である私を不信の目で見ることでしょう。ですが、私は決闘を見守った全ての人々に誓います」

 そう言って、ロイドは円形舞台を取り囲む人々と観覧席から身を乗り出す人々を見回した。

「このアーデルランドをクロディウスを越える強国にすることを!」

 ロイドが拳を突き上げると、それを見計らったように時計塔が正午の鐘を打ち始めた。それは時間通りのことだけれど、集まっていた人々にはロイドの意志に応えたかのように思えたことだろう。それほどまでに観衆と向き合ったロイドからは、みなぎる情熱のようなものが伝わってきた。

 どこからともなく、だれからともなく、拍手が聞こえてくる。

 ガルディはその音を振り払うように、その場を離れていった。

 やがて拍手は鐘の音と雨の音をかき消すほどの大きさとなっていった。



 雨が止んだのは夜も更けてからだった。

 小屋に戻ったガルディは、寝床に横になるとまんじりともせず天井を眺めていた。

 梁についた傷を見て思い出すのは、廃屋になっていたこの場所を修理していた時のことだ。手伝うと言って駄々をこねたエクセラが、勝手に持ちだした鋸でせっかく集めた木材を傷だらけにしてくれた。

 あの頃はまだ吹けば飛ぶようなちんちくりんの子供だった。

 あれから十年だ。エクセラも手足がスラリと伸び、身体つきも女らしくなった。頭の中身はまだまだ子供の部分があるけれど、決断力を持ち責任を負うことのできる大人だ。

 忙しいあいつの父親の代わりはもう終わりだ。今度はあいつが妻になり、いずれは母親になる。そういうものだ。

 いつかはこの日が来ることは分かっていた。

 人間とオークがいつまでも一緒にいられるわけがない。

 潮時だ。

 準備を始めよう。

 ガルディが明日から片付けるべき仕事とその手順を考え始め時だ、濡れた地面を踏んで小屋に近づいてくる足音が聞こえた。人数は一、歩幅からしてエクセラではなさそうだ。

 ガルディは枕元に立てかけてある鉈を握ると、音もなく立ち上がった。相手が誰であれ身体に染み付いた行動だった。

 不審者は小屋の前までやってくると、躊躇なく扉を開け踏み込んできた。扉の脇で身構えていたガルディは、鉈の鈍い刃を不審者の首に突きつけた。

「キャァアッ!」

 差し込む月明かりの下、悲鳴を上げたのは小さな影だった。

「まったく……」

 ガルディは鉈をおろして、小さくため息を吐いた。

「い、いきなり刃物を突きつけるなんて何を考えてるんですか!」

 イランジュアは恐怖に震えながらも気丈に抗議した。

「ただの癖だ」

 ガルディは面倒くさそうに言って、火炉に残っていた種火を蝋燭を移した。小屋に暖かみのある光が広がった。

「それでこんな時間に何のようだ?」

「何のよう? あなたが勝手に帰ってしまったからこうして、わざわざ訪ねてきたんです!」

「ああ、それは悪かったな」

 素直に非を認めてガルディは頭を下げたが、イランジュアの怒りは収まらないようだ。

「お姉さまが負けた後、私は大変だったんですよ! お姉さまは落ち込んで部屋から出てこないし、あいつに文句の一つでも言いに行こうかと思ったら大臣たちに止められて、その間にお父様とマラドがロイドと色々と取り決めをしてしまって! 仕方がないから情報収集ですよ! 今の今まで城と騎士団の駐屯所を駆けまわってました!」

 早口で捲し立ててイランジュアはガルディを睨みつけた。

「……大変だったんだな」

 詳しいことは分からないが、とにかく忙しかったことだけは伝わってきた。

「私がこんなにも後手に回ったのは初めてです!」

 イランジュアは腹立たしさ全開で小屋の床を踏みつけた。

「それで俺に文句を言いに来たわけか」

「ち・が・い・ます! 情報収集してるって言いましたよね。私は! あなたに! あの時、時計塔から飛び出した詳しい理由を聞きに来たんです!」

 疲れから興奮しているのか、いつも冷静に苦情を言ってくるイランジュアにしては珍しく顔を真赤にして怒鳴っていた。

「聞いてどうする?」

「お姉さまに結婚を考えなおす材料にしてもらいます」

 昔から姉を敬愛しすぎるイランジュアなら当然の答えだろう。しかし、その想いが暴走しがちなこともガルディは知っていた。

 ザジの事を話すべきかどうか悩んでいると、先にイランジュアが痺れを切らした。

「何か妨害があってお姉さまが負けたことは、騎士団の副団長が認めています。誰がそれを仕組んだのかをはっきりさせたいのです。もし、このままだんまりを決め込むなら、あなたに不埒をされたと吹聴して、お姉さまを部屋から引きずり出します」

 とんでもないことを言い出したイランジュアの目は本気だった。例えエクセラが信じなくて、イランジュア自身に変な噂が立つのは必死だろう。それだけなりふり構っていられないということだ。

「まったく……話しやるよ。決闘に茶々を入れたのはザジって奴だ。国境で襲撃された時にも野盗の中にいた」

「野盗団が壊滅された復讐ってことですか?」

「奴は誰かに雇われてエクセラの邪魔をした。それが野盗の生き残りか、それともまったく別の人間かは分からん」

「随分、そのザジという人物に詳しいですね。お知り合いですか?」

 不審そうな目を向けてくるが、それについてガルディは詳しく話すつもりはなかった。

「まあな、それで追いかけた後だが、奴はこれくらいの飴玉みたいなものを飲み込んで黒い魔物に変化しやがった」

 ガルディは親指と人差指で輪っかを作ろうとしたが、太い指では縁が潰れて大きさがよく分からなくなってしまった。

「その黒い魔物について詳しく教えて」

 意外にもイランジュアはザジの事よりも、魔物化の部分に注目した。

「ああ、黒くて光沢のある黒曜石みたいな肌で、長い爪、顔も変化してた。それに蝙蝠みたいな翼も生えてたな。飛べるみたいだが、それほど上手くなかった。そこそこの弓の腕があれば射落とせるぐらいだ。それに力も強くなってた。俺の腕一本と奴の両手が同等ぐらいだ」

「そう……」

 呟きイランジュアは眼鏡に手を当てた。

「実は騎士団が野盗の拠点を襲撃した時も、似たような魔物の報告があります。翼こそありませんでしたし、力も人間と変わりませんでしたが、野盗と共闘していたようです。飼い慣らされた魔物かと思っていましたが、人間が変化したものだったんですね」

「何にしろ、俺が知ってることは全部話したぞ」

 正確には全部ではないが、エクセラを襲撃した事に関係ありそうなことは全部話し質問にも答えた。

「これで明確な妨害があったことがハッキリしました」

「これでだと? おまえ、かまをかけたのか」

 どうやら副団長うんぬんの話は嘘だったらしい。それにしても、こんな単純な手にかかるとは吹っ切ったつもりでも迷いが残っているのかもしれない。

「お姉さまが望まない結婚をさせられそうなんです! かまの一つや二つ、嘘の十や百はつきますよ!」

「あいつはこの結婚をそんなに嫌っているのか?」

 決闘での邪魔を誰にも訴えなかったのだから、エクセラなりに納得するものがあったのだと思っていた。

「お姉さまがあいつに負けたのは国の事を思ってです。少し前にお父様がデインとの会談に向かったのは知っていますか?」

「ああ、知っている」

「表向きは成功した事になっていますが、私が裏から手に入れた情報によると必ずしもそうではなかったようです。遺恨ある結果にデイン王国の強硬派が挙兵の準備をしています。戦端が開かれれば大勢の命が失われることでしょう。それを止めるために、お姉さまは王子であるロイドと結婚し、クロディウス帝国の後ろ盾を得ようとしているのです」

 エクセラの性格を考えれば実にありそうな話だが、一方で気になることもある。エクセラは自らの意志で政治から距離をとっている節が有る。城の内情を詳しく知っているわけではないが、ガルディにもなんとなく分かっていた。

「あいつが自分でそんな事を考えたのか?」

「宰相のマラドの入れ知恵です。国の窮状を訴えるだけならまだしも……あいつは、あの老害は!」

 余程悔しいことがあったのか、イランジュアは眼鏡を摘む手を小刻みに震わせる。

「あろうことか、私を利用したんです! もしお姉さまが結婚を飲まなければ、ロイドを私の婿にすると! すこしばかり私とルークの関係を誤解しているお姉さまは仲を引き裂くのをよしとせず、自ら犠牲になったのです!」

「なら、お前がロイドを結婚すれば丸く収まるんじゃないのか」

 かまをかけられたお返しとばかりに、ガルディは少し意地悪なことを言った。

「それとこれとは話が別です! 誰があんな胡散臭いやつと結婚するもんですか! あ、言っておきますがルークの事は全然まったく関係ありませんからね! ただ、ただあいつが気に食わないだけです!」

 顔を真っ赤に染めてイランジュアは地団駄を踏んだ。ルークとイランジュアがお互いを憎からず思っていることはエクセラから散々聞かされている。実際、二人が一緒にいる所をガルディも見たことがあるが、お似合いだと思った。

「どうしてもお姉さまを結婚させたいマラドは、きっとあいつ……ロイドと繋がってるんです。だから、今回の結婚に表立って誰も反対しない。もしかしたらお父様も……」

 イランジュアは認めたくないように言葉の続きを飲み込んだ。

「父親が娘の結婚を願って悪いか」

「お姉さまには幸せな結婚をして欲しいんです!」

 訴えるイランジュアの碧色の瞳が揺れていた。この短時間での情報収集は生半可のことではなかったはずだ。ぎりぎりの緊張で駆けずり回ったのだろう。

 それが分かっていてもガルディはイランジュアに応えられなかった。もう決心したのだから、突き放さなければいけない。

「結婚を決めたのはあいつだ。幸せかどうかを決めるのもあいつだ」

「でも、決闘には不正がありました!」

「そんなことあいつも分かっている。それを含めてあいつの決断だ。尊重してやれ」

「あなたまでそんなことを……」

 拳を握りしめ下を向くイランジュアは、肩をわなわなと震わせた。

「例えオークでもあなたは、お姉さまの一番の家来だと思ってました、それなのに……、それなのに! お姉さまの本当の幸せが分からないなんて! 人間の言葉を喋れたって、やっぱりあなたは人間とは違う、ただのオークです!」

 イランジュアの平手が虚しくガルディの腹を叩いた。その拍子に涙が溢れ、蝋燭の小さな光に煌めいた。

「そんなただのオークに何を期待する?」

「ええ、もう何も。あなたには失望しました」

 涙を振り払うように踵を返したイランジュアは、扉に手をかけてから立ち止まった。

「……お姉さまの結婚式は二〇日後です。図体ばかりの意気地なしは最期まで庭いじりでもしてればいいんです!」

 言い残しイランジュアは小屋を飛び出していった。扉の動きに風が流れ込み、蝋燭の火を吹き消した。月明かりだけに戻った小屋の内側には、いつくもの言葉と思い出が木霊していた。

「ああ、そうだよ。俺はオークなんだよ……」

 闇に隠れた緑色の手をガルディは握りしめた。

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