同年   九月六日

 (異様に四角い字で) 

 九月六日

 雨。陛下は少し沈んでおられた。唐変木がこわがってうざい。

 海峡を抜けた。さらば大地。覚悟は決めた。我、天空の虹に復讐を誓う。

 二十三時就寝。





(文字の下にびらびらと長い模様がついている字で)

 神聖暦八月六日、すなわち王国暦九月六日

 出帆して三日目にして、天上の神々は早速試練をお下しになりました。 

 恐ろしい風雨が船を襲ったのです。我々の船は渦巻き逆巻き荒れ狂う海上で、果敢に戦いました。 

 あたかも四方を敵に囲まれた孤立無援の老将のごとく。

 ここで老将と記しましたのは、このファンランド王国の軍艦、「早風」がとても古いからなのです。

 無愛想なトン・ウェイ艦長がぽつぽつ申されますには、この船はすでに進水してから七十年以上経っており、数ある海戦で活躍してきた歴戦の猛者なのだとか。

 艦長は歴史の教科書に出てくるような大海戦の名前を次々と挙げられました。

 ミンツテルガー海戦、メルメダの海戦、ハントラムの三国同盟海賊討伐戦…そのどれもに参戦した船だというのです。なんとも華々しい戦歴です。

 とくに半世紀前のメルメダの海戦は、ファンランド王国と神聖帝国との多島海の領有を巡る一大海戦として、何カ国語もの勲詩や歌や本になり、広く語り継がれている大戦です。ファンランド王国が海神の巫女の力を以って奇跡を起こし、起死回生の大反撃でかの大帝国から大勝利を得たあの伝説の海戦です。あの海戦から、「世界最強」の称号は神聖帝国海軍からファンランド王国海軍のものになったのでありました。

 その歴史的な海戦の、まさに雨あられと砲弾降りしきる中に、この船がいたのです。神聖帝国の名高き無敵艦隊を撃ち倒した船となれば、これはまごうことなき名艦ではありませんか。

 まさに我が君、ナファールト陛下が搭乗なさるにふさわしい船といえましょう!


 夕刻、船は天の試練に打ち勝ち、見事海峡を抜けました。緑豊かな平野広がるナンスの国土を横目に進んでいた我々の船は、ついに開けた外海へと乗り出したのです。

 我々の前途を祝すかのように暗雲は嘘のように晴れ渡り、ほんのり赤みを帯びはじめた蒼き空には幾重もの虹がかかりました。

 我々はみな船べりに集まり、虹の空と、しだいに遠く小さくなってゆく陸地を眺めました。

 メルニラム公爵夫人が感極まってお嘆きになられたのを、陛下は気丈に励まされました。

「この虹を御覧なさい。これは神々の祝福以外の何物でもない」と陛下は公爵夫人に、そして我々にも聞こえるように仰せられました。「我々の旅路は、神々のご加護のもとにある」と。

 陛下のお言葉に我々の暗き不安は吹き飛びました。みな潔く、陸地に別れを告げました。

 我々の王国ナンスよ、さらば。さらばナンスを育みし母なる大地。

 豊穣の女神ベイテールの祝福を受けし地よ!





(大きな丸い字で)

 九月六日

 雨がふりました。ネイスさんに船室に入っているよう言われました。

 かん長さんがようすを見にきてくれました。ネイスさんがとても心ぱいしているのを見て、この船はとても小さいし、大砲もないけれど、とてもがん丈ですといいました。

 船の名前は、「はやかぜ」です。船はとってもゆれました。ちょっとこわかったです。

 船しつでお気にいりのカードを見てました。見てると、あんしんするからです。

 竜神王メルドルーク(竜ぞくせい)、陽光の使者レイズライト(光ぞくせい)、このまえゲットした破戒天使ザブリエル(暗黒ぞくせい)です。メルドルークがいちばんかっこいいです。

 雨がやんだら、船のまどからにじが見えました。よく見ようと思って甲ぱんに出ました。

 メルニラムおばさんが、ないていました。

 ボクのせいだそうです。どうしてかよく分からないけど、何どもあやまりました。

 おばさんは、まだないています。

 ほんとうに、ごめんなさい。なみだが、どうかかわきますように。

 ねます。おやすみなさい。

 みんなも、よく眠れますように。

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