第25話 ACT8 最後の希望3

 光のハレーションによって眩んでいた北條達の目が元に戻り始めると、部屋の中央にショートカットの娘が立つ影が見えた。

 娘は黒いエナメル系の服に身を包んでいた。

 大きな襟の付いたおへその見えるビスチェ。ハイレグ気味のホットパンツ。

 ガーター付きの網タイツに膝の上までの長いブーツ。

 両の腕には肘の上まで隠れるエナメルの手袋。首には大型犬の首輪のようなチョーカー。

 ブーツと手袋にはたくさんの小さなベルトがついていた。

 そして、彼女の左腕に装着されている風水板のような物は。

 北條にとってはおなじみの、鬼追師の必殺兵器。風水銃。


「いぇーい!北條さん!お待たせしましたデスよ!」


 くりくりとした緑の目、亜麻色の髪のあやかし娘。

 風小が、鈴を転がすような声でそう言うと、高々と両手を上げてアピールした。


「おせーよ、馬鹿野郎!」


 泣き笑い顔でそう言いながらも、北條の顔に見る見る精気が戻る。


「いえいえ!北條さんの私に対する愛が足りないのがいけないのデス!」


 ぴんと立てた人差し指をフリながら、くりくりした目を北條に向けて風小が言った。


「風小さん……。なんてかっこう……」


 綾子が、驚愕の面もちで彼女を見つめながら呟く。

 あまりに姿形は変わっているが、そこに立つのは、紛れもなく霊査所で会った、あのメイド娘の風小だった。


「なんでもいいや!行ったれー!風小ぉー!」


 北條の檄が飛ぶ。


「いぇーす!北條さん!」


 部屋の中央から脱兎の勢いであやかし達の前に移動する。

 何が起こったのかが理解できずに唖然と立ちつくすあやかし達。

 しかし、一瞬後には本能によって風小を敵と認識。群れを成して襲いかかる。


「トォうりゃりゃりゃりゃりゃりゃぁぁぁぁ!」


 電撃の連蹴り!迫り来るあやかしを、風小は次から次へと会心のタイミングで蹴り飛ばしていく。


「ケェ、下下下、解ェ!」


 あやかし達は、いままで聞いたことも無いような醜い野獣の叫びを上げて転げ回る。

 だが、風小の一撃は、あやかし達を怯ませはしたが致命的なものではなかった。

 猿たちの長いリーチで振り回される刃(やいば)を避けながらの攻撃のために、充分な間合いに入れないのだ。

 それでも風小は、自分のその長い足の間合いを利用し、あやかしの刃攻撃を紙一重でかわしながら、確実に蹴りをヒットさせ続けた。

 蹴り飛ばされたあやかしは、壁にぶち当てられたり廊下に押し返されたりして混乱はしていたが、その圧倒的な数のせいもあってか、攻撃は風小が一方的なハズなのにジリジリと間合いを詰められていき、ついにはあやかしが風小を取り囲みだす。


「げひょっ、牛、ひょきゅ魚!」


 あやかしは、身体を上下に揺さぶり小刻みに跳ね上がり、奇声を発して風小を威嚇する。ギザギザの歯をむき出して見せたり、ぎりぎりと歯ぎしりのような音を出すモノもいた。


「ふふぅーん」


 風小は、そんなあやかし達を、腕組みした姿勢で見下すように微笑み、挑発する。

 そして、そのままの姿勢で、すーっと右足を宙に上げると、2、3度素早く宙を蹴り、風を裂いた。


「いらっしゃいませデス。もれなく蹴り壊してあげますデスよ」


 不敵に笑う。

 風小めがけて刃を突き立てようと、数匹がいきなり天井近くまで跳ね上がった。

 猿達の動きは極めて敏捷だった。短い足は、しかし、チカラが強いらしく、瞬発力に優れていた。

 別の猿達は、上に気をとられた風小の隙をつくかのように、一斉に刃を振るい斬りつける。

 その一連の動きの早さは、北條や綾子では目で追うことすら難しい。だが、風小の動きはそれを数倍上回っていた。

 頭上から振り下ろされた、あやかしの刃はそのまま床材を裂き、風小を斬りつけようと突き出された別の刃は目標を失い、対向する味方の胸板をえぐった。

 それが合図であったかのように、あやかしの攻撃が激しさを増す!風小への攻撃が間髪入れずに入り乱れる。

 次々と繰り出される、機敏で多勢なあやかしの攻撃。

 それでも風小の、まさに、目にも止まらぬ電光石火は、あやかし達の攻撃をただの一撃も身体にかすらせることすらなく、そして、宣言どおりに徐々にではあったがあやかしを蹴り壊していった。

 と、突然。

 風小が、取り囲む猿たちの頭上に跳ね上がる。

 降りてくる彼女を串刺しにしようとあやかしの刃が一斉に上を向き、針山のようになった。 風小がまさにその針山の餌食になろうとしたその瞬間。彼女は空中でつま先立ちするような姿勢になり両腕を横に広げると、独楽のようにくるくると回り出し、一瞬、空中に停止したかと思うと、猿たちの作る針の群れから離れた場所にふわりと着地した。

 事態が飲み込めず戸惑い、体勢を崩したあやかしの群れに、彼女は再び、自ら躍り込む。


「テェりゃゃゃゃゃゃゃゃゃややや!」


 風小はあやかしを踏み台にして飛び回り、次々に繰り出される針山のような刃を物ともせずに、頭を、或いは顔面を、肩を、両足でばきばきと踏み砕いていく。風小の頭上からの強襲にあやかしは逃げ場を失っていた。


「風小さん!凄い!スゴイ!」


 綾子が小躍りして声援を送る。


「キャー!風ちゃんてよんでぇー!」


 余裕で両手を上げて風小が答えた。

 風小の一撃は確実にあやかし達の部位を破砕していき、もはや、五体満足なあやかしは一体もいない。しかし、それでもあやかし達には致命傷では無いらしく、砕かれた頭や、折られた手、足を引きずりながら風小にまとわりつこうとする。やはり絶対的な一撃一撃の破壊力が足りないのだ。

 あやかし達の動きが遅くなったのを見定めた風小は、群れの中から飛び出すと、立ち尽くす北條と綾子の前に、二人を庇うように降り立った。


「霊査(サーチ)、開始します」


 風小はそう言って左手の風水銃をあやかし達へ突きだした。銃の定盤に取り付けられた回転板が回り出す。


「おい、まて、相手が多すぎるぞ!」


 風小が風水銃によってあやかしを倒そうとしているのを見た北條が叫ぶ。

 あやかしは属性を持っており、その属性の相反する属性をぶつける事によって相殺して退治する。

 この風水銃はその相殺の属性を発生させ打ち出すことが出来る。

 自分の助けて貰った経験から、北條もこれは理解出来ていた。

 しかし、このあやかし達は余りに数が多く、広範囲。しかも、鈍くなったとはいえ十分に動けるのだ。とても一度の攻撃で倒せるとは思えなかった。


「大丈夫ですよ、北條さん」


 風小がそう言うか終わらないうちに、霊査を完了した風水銃は、定盤の回転板をキンキンと鳴らしながら停止していた。


「霊査完了。『鉄の属性』」


 不穏な雰囲気に気づいたあやかし達が、一斉に地団駄を踏むような動作をして騒ぎ始めた。ダンダンという床を踏み鳴らす音が、徐々に大きくなっていく。


「属性石(キャラクタル)『ルビー』。『火の属性』召還!」


 風小が言うと、彼女の額が輝き出した。

 その光の圧力が、風小の額を隠していた前髪をさわさわとわき上げる。 額の中心に光が集中しだし、やがて小指の爪ほどの大きさの深紅の輝石となってそこに固定された。


「北條さん。お見せします。これが風水銃の新しいチカラデス」


 そう言って再び左腕の風水銃をあやかしに向ける。


 風水銃の回転板が高速で回りだすと、あやかし達の地団駄と奇声が入り交じった騒ぎが最高潮に達した。幾重にも同心円を描いている回転板は各々板の回転速度の違いから、火花を散らし、やがて銃そのものが火の粉で包まれる。


 そして……。


「百花繚乱!」


 風小のそのかけ声と共に、そのまま発射されるハズだった相殺の波動が、閃光を纏う複数の波動の弾となって、彗星のような光の尾を引き、あやかし達に襲いかかった。


 地団駄が消え、奇声が消えた。


 代わりに鳴り響いたのは、雷鳴のような轟音と、地獄の底で身体中の生皮を生きたまま剥がれたような叫びを上げる、あやかし達の号哭!

 風水銃からは、轟音とともに次から次へといくつもの閃光が咲き乱れ、執拗に放出され続けている。

 波動弾は、散らばるあやかしに襲いかかり、逃げるあやかしを追い詰めて、足に、腕に、頭に、胸に、腹に、次々に命中し、あやかしの体を火の粉に変えて消滅させていった。断末魔の叫びと共に、一体、又一体と花火のように弾けて消えていく。それでもなお、風水銃の攻撃は止むことなく続くかに見え。

 やがて、部屋の中に動くあやかしの姿が消え去ると、閃光の放出は静かに消えていき、風水盤がカラカラという音を立てて、僅かに回転するだけとなっていたが、やがて……。

 それも止まって銃は完全に停止した。 

 大半のあやかしは消滅していたが、それでもまだ消滅し切らずに、シュウシュウという不気味な音を立てながら消滅中の骸が、累々と転がってる。 


「いえーい!バッチリちり助!」


 部屋の中にまったく動く影が無くなると、風小は綾子や北條の方を振り返り、そう言って右手でブイサインを作り突き出した。


 突然……。サクっ。と言う軽い音とともに、風小の左胸から長く伸びた刃が真っ直ぐに出現した。


「がはっ……」


 苦しげな声とともに風小の口から蘇芳色の液体がどろどろとしたたり落ちる。


 折り重なる死体の下敷きになってジッとしていた一匹のあやかしが、突然飛び出し、背中から風小の胸を貫いた事を、暫くの間、誰もが理解出来ずにいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る