第4話 ACT1 客(まろうど)2

綾子の目的地は、静かな住宅街を少し外れた、一際寂しい大きな坂道の途中にあった。


 背の低い木々に囲まれるようにして建つ、切妻屋根の大きな洋館は、煉瓦積みの門扉はあるが、周りを囲むような外壁はなく、よく手入れの行き届いた庭の先に玄関がある欧風のお屋敷といった構えで、玄関の周りの床にはクラシックなイメージのタイルが張り巡らされていた。

 綾子が深い庇の下に立ち、三度目の呼び鈴を鳴らそうとしたその時。

 突然、細かい細工が施された金属製の玄関の扉が勢いよく開き、物語の中でしか見たことの無かったメイド姿をした、亜麻色のショートカットをした小柄な女の子が飛び出してきた。

 左手でロングスカートを膝上までたくし上げ、反対の手で取っ手を掴みながら、くりくりとした緑色の大きな瞳で、ハッシと綾子の顔を睨み付けた。


「な、なななななな何のご、ご用でひょうか。ご用とお急ぎの無い方は、これで失礼致しますデスよ」


 余程慌てて出てきたらしい娘は、荒々しく息をして怒り肩になっていたために、異様な迫力を身体に纏っている。

 綾子は、左手に持った白い封筒をメイドの前に付き出した。


「これっ、紹介状です。これを姫緒さんに」


 何の変哲もない白い封筒。

 ふと、何を思ったか、メイドが封筒に顔を近づけて、クンクンクンと鼻を鳴らす。

 怪訝そうに封筒に注がれていたメイドの目が、見る見る驚愕のそれに変わった。


「あえぇぇぇぇ!」


 尋常でない悲鳴が、玄関前の閑素な通りに木霊する。


「それは……、それはぁ、『ねじまき屋』の鍵札ぁ!」


 ざあっと小さな風が舞い上がり、庭の草花がざわめいた。


「えっ?」


 綾子が小さく驚く。

 確かに、封筒は『ねじまき屋』から預かったものだった。

 しかし、表面上は、何の変哲もない白封筒なのだ。

 何故、このメイドは、紹介状の主が『ねじまき屋』であることが判ったのだろうか?

 そして、この娘の言う『鍵札』とは、ねじまき屋に『決して中を見ないこと』として渡されたこの封筒の中身の事なのだろうか?



 メイド姿の娘、風小は確信した。

 見知らぬ訪問者が差し出す白い封筒からは、結界の解除を求める波動が発せられている。

 幾重にも張り巡らされた風の結界。

 それは、許可無くこの家を探そうとするものに対して発動し、『気の迷い』や『胸騒ぎ』、『誤った予感』などを巧みに発現させ、目的地に辿り着けなくしてしまう。姫緒の命令により、風小が張り巡らせた強力な結界。

 その結界に対しての負の波動。


『鍵札』


 間違いはなかった。

 盟約により、この家に訪れることを許された者だけが持つ、唯一の結界解除アイテム。

 この世に、ほんの数枚存在する内の一枚。

 目の前にあるその鍵札は、波動から『ねじまき屋』のものとすぐ判った。

 だが、何故?それをこの見ず知らずの娘が持っているのか?

 何んであるにしろ……。

 それにどんな理由があろうと、鍵札を持つものに対して風小は如何なる阻害をすることも許されない。

 鍵札を持つ娘が姫緒に会いたがっている。

 娘の目と、風小の目が合う。


「しばらくお待ち下さいデスよ!!」


 気迫のこもった風小の声に、娘が一瞬たじろぎ扉が閉じた。

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