マタウツル

greed green

*

「ちょっとこれ見てくれよ」


 そう言って真瀬宏明は自慢のレフで撮ったであろう写真を居酒屋の机の上にさらさらと置いた。三枚の写真はどれもごく平凡な風景の中で、いずれも同性から見ても即座に美人だなと口に出せる程の美貌の女性が写っていた。


「盗撮?」

「違うよ、友達」


 引きめでとられた三枚の女性の姿はそれぞれ服装が違い、正面からではなく横顔や後を振り返る姿が写っている。

 真瀬はプロのカメラマンをしていて、仕事で様々な写真をとる。そして仕事以外の場面でもカメラを常に持ち歩き、いいタイミングに出会えば迷わずシャッターを切る。現に店の中だというのにかかわらず、 真瀬は私や店内を何かの拍子に撮る。


「よく出来てるね、これ」


 真瀬がこの写真で何を言いたかったのはすぐに分かった。だからこそ一瞬でも恐怖に心を支配されたのが悔しく、それを悟られたくないが為にわざとそんな事を言った。


「よく出来てるだろ。もちろん合成なんかじゃないぜ」


 だろうなと心の中で納得する。真瀬はカメラマンというものに対しての美学かプライドか、加工された写真を忌み嫌う。


「にしても、はっきり写り過ぎじゃない?」

「だよな」


 心霊写真なんてものに今まで出会った事はないが、あまりにも不自然に、そしてはっきりとそれは映り込んでいた。

 一枚目は女性の肩に、二枚目は女性の左手に、三枚目は、女性のふくらはぎに。

 それぞれに、何者かの手首が写り込んでいた。被写体である女性の周りに他に人はいない。切り取られた手首だけが意志をもち、彼女に触れているような写真だった。



「この子、大丈夫かな」

「え?」

「いや、なんかこういうのって、警告だって言ったりするじゃん」

「ああ」


 真瀬の心配の意味。心霊写真と一口に言っても、ただ恐怖で終わるものではない。霊能者の受け売りだが、それは物言わぬ霊体のメッセージであり、霊なりに何かを伝えようとしている場合があるという。


「じゃあ、例えば、この手が触れてる部分を怪我しちゃうとか?」

「とかね」

「ふーん。だとしたら親切な霊だね。言ってあげたら?」

「いや、でも気味悪いだろ。変な写真がとれたから気を付けなって」

「あー。まあ確かに」


 初め写真を見た瞬間に襲った恐怖心を思い出す。全く関係のない自分でも怖かったのだ。当の本人がこれを見たら相当気分は良くないだろう。


「何も出来ないのはやきもきするけど」

「何もしない方が彼女の為じゃない」

「……そう、だな」


 真瀬は渋々ながらも納得したのか、彼女の写真を鞄の中に仕舞った。

 その日は写真の事を忘れるように酒を飲みながらくだらない話で笑い合い、すっかり写真の事など記憶の端に追いやられた。


『駄目だ。やっぱり撮れちまう』


 数日後、携帯に真瀬からのメッセージが届いた。どうやら現象はおさまってないらしい。


『お祓い受けるか、心霊写真家として道を切り開くかだね』


 真瀬からは、『お祓い一択で』という返事でやり取りは終わった。

 どうせ写真家の血に誘惑されて、妙な心霊スポットかなんかで写真を撮ったりでもしたのだろう。

 そして私はすっかりまたそんな事は忘れてしまう。





 人生とは時たま無駄に劇的な出来事を用意していて、それはおおよそ予想も出来ない事なのでなおさら劇的に感じる。

 友達から合コンに誘われて、私は今まで面倒くさいし必要ないと思っていたがその日に限って、なぜかたまにはいいか、なんて思って参加する。この時点で導かれていたのだろう。

 女性3男性3で、女性側のもう一名は友達の友達で私の知らない子が来る予定だった。


「初めまして。内田奈美です」


 ごく自然な挨拶が私にとっては凄まじく違和感に溢れて、私はすぐに挨拶を返せなかったが、なんとか初めましてと言葉を返す。

そして、会自体はまあまあの空気で終始流れていく。しかし私の心は目の前に並ぶ男性陣ではなく、内田奈美の事で一杯だった。


 内田奈美は、真瀬のあの心霊写真に写っていた女性その人だった。

 怪我や危険はなかったのだろうか。ぱっと見る限り、彼女の手や肩に怪我はなさそうだった。心霊の類を信じているわけではないが、あんなものを見せられて、しかも偶然も偶然に当の本人と出会ってしまったが為にどうしても私はその事が気になってしまう。


 コンパが終わり、彼女と帰る方向が途中まで同じだったので、私は彼女と並んで夜道を歩く。真瀬の写真の事を猛烈に伝えたいと思いながらも、直接的に伝えるわけにもいかない。考えに考え、私はとりあえずさらりと写真の事には触れずに会話を始める。


「実はさ私、内田さんとは初めましてじゃないんだよね」

「え、そうなの?」

「そうなの。こんな偶然あるんだーってびっくりしちゃって。真瀬宏明って知ってるでしょ? カメラマンやってる奴。私そいつと知り合いなんだよね」


 スムーズな会話運びだと思った。核心には触れず、真瀬との関係性だけについてまず口にする事で、いつか写真の前振りが出来るようにと思っての入口だった。

 しかし、私の思惑は大きく空振る。なぜか内田さんの口はそこで完全に停止してしまう。

 気まずい沈黙が流れ、私は自分が何かまずい事を言っただろうかと焦る。


「誰ですか、それ?」


 やっと返って来た答えは、私が全く想像していなかったものだった。


「誰って……内田さん、あいつと友達なんでしょ? 真瀬と」

「……知らない。そんな名前の知り合い、いないよ」


“違うよ、友達”


 真瀬は確かにそう言った。そう言ったはずだ。

 私は真瀬が撮った内田さんの写真を思い出す。

 横顔、後姿。まるで無防備な姿の彼女を写した写真。


 内田さんは、真瀬の事を知らないという。真瀬は内田さんの事を友達だという。

 もしやあの写真と内田さんは、別人なのかと一瞬思った。だがどう見ても目の前の内田さんと写真の女性は同一人物だった。


 内田さんの写真が頭の中でずっと反復する。

 友達を写した写真として、あの写真は不自然ではないかという思いが強まっていく。


「あ、ごめん。じゃあ私の勘違いだね」


 やっとの思いでそう口にした。

 彼女を不安にさせてしまったかもしれないと構える。


「そっか」


 内田さんの口調は軽かった。彼女に不安はなさそうで、私は一旦安心する。

 しかし私の心に、一切安心はなかった。


 すぐにでも真瀬に確認しようと思った。

 だが怖くて出来なかった。あの写真の意味を考えると、彼に近付いてはいけないと体中が警告音をびーびーと発した。


 写真に写った手。

 しかし、今となっては恐怖はそこではない。


 あの写真そのものが恐怖に思えて仕方がなかった。

 見ず知らずの女性を写したあの写真。

 真瀬は、何故彼女を撮ったのだろう。何故、彼女を友達と偽ったのだろう。

 そして、私は私なりの結論に達する。


 あの手は、真瀬自身だったのではないかと。

 真瀬の思念が具現化し、歪な想いが手首となって写真を通して現れたのではないか。

 加速する想像はますます私を真瀬から遠ざけようとする。

 関わるべきではないと思った。




 しかし数日後、真瀬から私へメールが届いた。


『また写ったよ』


 その一言と共に、添付ファイルが一つ貼られていた。

 そこには、夜道で話す私と内田さんの姿が写っていた。


 内田さんの肩と私の首に、手首が纏わりついていた。


 警告音のように鼓動が連打した。


 何かが首に、触れたような気がした。

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