ドールプレイ ~探偵ミスタズ~
Nicola
第1話 探偵ミスタズ
1. ミスタズ探偵事務所
犬が鳴いた。
その犬は大きく立派な姿で、小さな子供なら上に乗せて走り回れそうなほどだった。垂れた耳に大きな瞳は、まるで落ち着いた大人のようだ。
人だかりのうちの何人かがそんな犬の方を向く。すると、先程まで居なかった誰かが犬の隣に立っていた。
「ボクの事務所になにか用でも?」
パリッと糊のきいた半袖のシャツから覗く腕や、サスペンダーにつられたギンガムチェックの短パンから伸びる足は、細く伸びやかでまるで肌色をした陶器のようだった。
少年とも少女とも判断できる顔立ちに、幼い体躯に、柔らかく高い声。
彼か彼女かも分からない誰かは、口に咥えていた大きな棒付きキャンディを指先でつまんで出した。唾液のついたキャンディが淡いクリーム色に塗られた、小さな三階建てのビルを指す。
「ミスタズ探偵事務所。で、僕はミスタズ。どいてくれない?」
「ぬいぐるみが暴れている?」
ミスタズは人だかりの代表である青年の言葉をそのまま繰り返した。
「ああ。いたずらがすぎるというか……。レゲルが欠けているとしか思えないんだ」
この世界のものは大きく、“ロレ”を与えられているか否かに二分することが出来る。ロレとはこの世界に存在する価値を裏付ける、役目だ。
ロレが与えられないものは、動くことも思考することも出来ずに“モノ”と呼ばれ、何ひとつ感じることも考えることも出来ず運命を終える。また、ロレを与えられたものの思考がないものを“フレン”と呼び、それらは便利で高価な道具として使われていた。
「それで人形じゃなくてぬいぐるみ、ね。なるほど」
そして、ロレを与えられ、ミスタズたちのように行動も思考も出来るものは“人形”と呼ばれていた。ミスタズたちのような人型や、犬のような獣型など人形の形は様々だが彼らにはたった一つの共通するロレがある。
『世界をより良い方向へ導くこと』
ミスタズは舐め終わったキャンディの棒を噛んだ。
「レゲル自体が欠けているのか、与えられたロレが狂っているのか。後者だと厄介だね」
“レゲル”はこの世界を統べる規則。世界に溢れるロレのための守るべきルールだ。
レゲルが欠けた状態でロレが与えられると、人形は異常をきたすことがある。そういった完全でない人形を区別するために、人形はそれらを“ぬいぐるみ”と呼んでいた。
「後者はレゲルの再定義が効かないし、そうなると破壊許可を取らないと」
「再定義なんて出来るのか?」
「うーん。面白そうな依頼だし受けてもいいよ」
青年の質問を無視したミスタズがソファから立ち上がる。大人しくしている犬をそっとまたぎ、奥の立派な机の上に置いてあったあちこち角ばった球体もどきを手にとった。しっとりとミスタズの指に吸い付く半透明なそれを、座っている青年に差し出す。
「どのくらいの重さにまで出来るか、外のみんなと相談してきて。それに合わせた働きをするよ」
「最低、何ウェルトだとかは……?」
「別に。わたしはこの事件がどれくらい大事なのかを知りたいだけ」
通貨がないこの世界では“ウェルト”という重さが価値を表していた。
ウェルトは人形ならば働いたり笑ったりと、ロレに従ったことをすると自然と内に貯まっていくものだ。本来なら人形の内にあって見えない状態で貯まるそれを、重さとして抽出してくれるのが半透明な“
「うーん、とりあえず聞き込みでもしようか」
ミスタズは一人用ソファの肘掛けを、枕と足置きにして天井を見上げた。空水晶を腹の上に置き、ふんわりと柔らかい両の手をそこにかぶせる。深く息を吸い込むと、ウェルトがミスタズの内側へ移っていった。
すっかり軽くなった空水晶を腹の上からどけたミスタズは、ソファからぴょこんと跳び降りる。足元で眠っている犬の頭を撫でると犬は伏せていた頭をもたげた。
ミスタズは扉近くのコートスタンドからフードポンチョを取って羽織る。右中指にはまった指輪を確認するようになでてから、扉に手を掛けて室内を振り返った。
「テウフェル、行くよ」
テウフェルと呼ばれた犬は、ワフ、と気の抜けた返事をして、もそもそと立ち上がった。
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