不幸にも、私は嫌われ者なのです。

鵠真紀

不幸にも、私は嫌われ者なのです。


 私がいつかの時代に、この世界のどこかで生まれたその時から、私の未来は決定されていたように思う。


 顔も見たことがないおとうさんとおかあさんは、一緒に生まれた双子のうち、お姉ちゃんのほうを“幸福”と名付け、妹に当たる私のことを“不幸”と名付けた。幼い私にそのことばの意味なんてのはわかるわけがなかったけれど、きっとそれは仕方のないことだったのだと、今は思う。私とお姉ちゃんを相反する存在にしなければ、世界の均衡は保たれないから。それはどうしようもなく、仕方のないことだったのだろう。


 ちっちゃいときからお姉ちゃんはみんなからちやほやされる人気者だった。みんながお姉ちゃんを好きだったし、誰もがお姉ちゃんを尊敬していた。それほどに、お姉ちゃんは凄い存在だった。


 それに比べて私はみんなから除け者にされて、嫌われていた。色々と酷いことを言われて育って来たけれど、その中のどんな場面でも、お姉ちゃんは私をかばったり、慰めてくれたりしたことはなかった。私もお姉ちゃんも、仕方ない、といって、諦めていた。私たちの間には、生まれたその時から大きな隔たりが合ったのだ。


 やがて私たちは大きくなって、色んなことを考え、実行するようになった。お姉ちゃんは昔から、お姉ちゃんに近づける人を絞るために抽選を行っていたけど、世の中が複雑化していくのに際してその抽選の当選枠をより狭めるようにしたし、私は今まではお姉ちゃんの腰巾着みたいに近くに突っ立っていたけど、やがて色々な場所を放浪するようになった。おそらく、世界の人々は私が来ることを望まない。だけど私は、望まれていないけれど、それでもやらねばならないのだ。そうしなければ、世界はどうしようもなくバランンスを失ってしまうから。


 お姉ちゃんは人の良いところを沢山見ていたみたいだけれど、私はその逆だった。世界の色んなところで、人々の悪いところを沢山見た。屍体も、沢山見た。人の命は重くなんてない。途轍もなく軽く、脆い物を「重い」といって錯覚させようとするから、その偽りの重さに、自重に耐えられなくなって自ら死を選ぶ人が出てくる。世界は嘘まみれだ。


 久しぶりにお姉ちゃんの元に帰ってくると、やっぱりお姉ちゃんは人気者で、忙しそうだった。あの人が振りまく笑顔が本物なのか、偽物なのかは正直良くわからないけれど、人々を笑顔にするという点で、お姉ちゃんは役に立っている。


 それに比べて、私は? お姉ちゃんを見る度に、劣等感に叩きのめされる私は果たしてどうだろう?


 私が歩くと、みんなそそくさと道をあける。


 私が近寄ろうとすると、みんな身を竦めて逃げていってしまう。


 ――ねぇ……。

 ――こっちくんなよ……。しっしっ。


 誰も私と口をきいてくれないし、誰も私と一緒に歩いてくれない。


 ――あの……。

 ――あっちいけ! 近寄んな!


 みんなが私を拒否する。嫌悪する。虐げる。


 ――私を見てよ……。

 ――うるさい! お前なんて大ッ嫌いだ!


 みんなが私を忌むべき物だとみなして目を背けようとする。


 ――あれに関わると**になっちゃうんだって……。

 ――えー? それホント? だったらヤダなぁ……。

 ――あ、こっち見てる……。

 ――うわ、本当だ。目合っちゃったよ……最悪。


 私の声は届かない。


 私の匂いは誰にもわからない。


 私の姿を見る人は誰もいない。


 なんで? と問いかけても、答える人は誰もいない。


 なんで、なんでなの? 私は何も悪いことしてないのに、どうして……。


 ねぇ……誰か……教えてよ……。


 私の言葉を聞いて、答えてよ……。


 お願いだから、教えて。私にはわからないの。わからない……。


 だから、ねぇ、私はどうすればいいの?


 私はお姉ちゃんじゃない。お姉ちゃんと正反対の存在になったのは仕方のないこと。何度もなんども自分にそう言い聞かせる。


 私はお姉ちゃんみたいな人気者にはなれない。私はただ、お姉ちゃんに近づくための抽選から溢れちゃった人たちと一緒に、人が群がるお姉ちゃんの姿を遠巻きに見詰めているだけ……。


 でも、除け者にされちゃった人たちも、私のことを嫌いだって言うんだ。


 結局のところ、どうやったって私は一人ぼっち。誰にも好かれず、誰にも認めては貰えない。


 極稀に、私とぶつかる人がいる。大抵そういう人はふらふらとおぼつかない足取りで歩いているから、ぶつかっちゃうんだ。そういう人は、私と目が合うと一瞬驚いたような顔をして、次の瞬間には化け物でも見たような、そんな顔をする。私がその出会いに「袖擦り合うも他生の縁」といった思いを抱くと、その人は脱兎の如く逃げ出しちゃう。でも、どこに行っても、どこに逃げても、意味はないんだ。どこにも逃げ場なんてないよ。だからさ、私を認めて、受け入れて……自分の境遇に慣れなくちゃ。妥協して、迎合して、仕方ないんだって割り切って、どうしようもないんだって諦めなくちゃ。……じゃないといつか、死んじゃうよ?



 どうして、そんなに怯えるの?


 どうして、そんなに私を避けるの?


 どうして、そんなに私を憎むの?


 私は、あなたたちのことがこんなにも好きなのに?


 ダメ。ダメだよ。


 私から離れちゃダメだよ。


 イヤだ。イヤだよ。


 お姉ちゃんのところにいっちゃイヤだよ。


 あなたが幸せになるのは、イヤだな。


 独りにしないでね。


 置いてかないでね。


 頭のてっぺんから、つま先まで、ぜーんぶ、私のモノだよ。


 髪も、耳も口も目も、誰にもあげないよ。誰にも渡さないよ。全部全部、私のモノだから。 


 好かれないから好意を押し付けるし、認めてもらえないから無理やり認めさせるんだ。でも、私は悪くないよね? 私がこうするのはみんなのせい。“幸福”なお姉ちゃんのせいなんだよ。


 お姉ちゃんのせい。お姉ちゃんのせいなんだ。私じゃない。お前が悪いんだよ。


 嫌い。嫌いだよ。お姉ちゃんなんて大嫌い。幸せなお前が許せないんだ。大嫌い。


 きっと今日も嫌われて、罵倒されて、散々なことをされて……。そしてまた、誰かとぶつかって。


 ……ああ、私とぶつかっちゃった可哀想なあなた。


 人って生き物はさ、いじめとか、そういう相手の尊厳を踏みにじる行為を嫌悪して非難するよね?


 でね、人は私のことを“不幸”って呼ぶんだけど……



 あなたは私に同情できる?

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不幸にも、私は嫌われ者なのです。 鵠真紀 @amaharu0612

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