He is to be Arms Creators

第126話 約束の場所へ



「……そうか、語っている間に思い出しました……詩織さんは死んで、俺は……俺はクオリアネットワークの核となったんだ。そうだ……詩織さんは死んで……死んでいるんです……」



 病院のベッドで過去を語り尽くした歩。彼は思い出した。全ての記憶を、そして自分が人工的に生み出された存在だということに。


 この場にいた、司、紫苑、紗季は驚きを隠すことをできなかった。


 それと同時に理想アイディールの目的も明確となった。司たちがやってきたのは、D-7の情報を歩の過去と照らし合わせることで、少しだけでも情報を得たいという気持ちだった。だというのに、こんな核心的な情報を得られるとは思ってもみなかった。


「そうか……詩織は、死んでいるのか」

「はい。目の前で死んだのを見ました。そして、俺の中にある意識の中にもいません。クオリアネットワークは未だに閉じられたまま。未完成のままです」

「そうか……いや、そうか……」



 司は詩織に懸想していたわけではない。恋心を抱いているのは、別の人物だからだ。それでも、彼女は大切な友人だった。誰よりも大切な、友だった。彼女はきっとどこかで生きている。そう信じ続けていた。いや、そう信じたかったのだ。無意識に詩織の死というものを避けてきた。そして、向き合うときがきた。彼女の死体はきっともうない。葬式もできないし、彼女の墓もない。そんな中で、彼は気持ちに整理をつける。区切りをつける。彼女の死はショックだった。しかし今は進むしかない。それしかないのだ。D-7なる者の真の目的を知った今、止めることができるのは自分達しかないのだから。



「……司さん、きっとD-7は俺との一騎打ちを求めています」

「上に掛け合うなと?」

「この問題は俺たちだけでつけるべきだ。というよりは、彼に立ち向かえるのは俺しかないでしょう。これは傲慢でもなんでもない、純然たる事実です。そして、俺が最後に立ち向かうのは、倉内楓になるでしょう」



 その名を聞いた途端、紫苑と紗季は声を揃える。


「「倉内楓??」」


「そう。生徒会長、倉内楓。彼女は一ノ瀬詩織のスワンプマンだ」

「「「………」」」



 3人はその言葉を聞いて、黙り込む。


 スワンプマン。それは、1987年にアメリカの哲学者が考案した思考実験である。概要はこうだ。



 ある男が沼にハイキングに出かける。この男は不運にも沼の傍で突然雷に打たれて死んでしまう。その時、もうひとつ別の雷がすぐ傍に落ち、沼の汚泥に不思議な化学反応を引き起こし、死んだ男と全く同一形状の人物を生み出してしまう。

 この落雷によって生まれた新しい存在のことを、スワンプマン(沼男)と言う。スワンプマンは原子レベルまで死んだ瞬間の男と同一の構造をしており、見かけも全く同一である。もちろん脳の状態も完全なるコピーであることから、記憶も知識も全く同一である。沼を後にしたスワンプマンは死んだ男が住んでいた家に帰り、死んだ男の家族と話をし、死んだ男が読んでいた本の続きを読みながら眠りにつく。そして翌朝、死んだ男が通っていた職場へと出勤していく。



 これが歩が言ったスワンプマンの概要である。



 そして、それを知っていたことを踏まえて……一番に口を開いたのは紗季だった。



「つまり、倉内楓は一ノ瀬詩織の記憶を持っていると?」

「完全なものじゃないと思うけど、不完全なクオリアネットワークではそこまで分かる。俺と詩織さんの思考は完全に統一された。だというのに、今もクオリアネットワークにその意識はない。俺が感じられる詩織さんの意識は、倉内楓の中にある。これは確実だ……」

「なるほど。会長が、スワンプマンだったのか……それならあの学生離れした強さも理解できる。それで……なんの因果か知らないけど、歩と彼女の試合は明後日だろ?」

「うん、そうだね」



 歩はじっと虚空を見つめる。


 相対するのは詩織なのだ。倉内楓という存在がどのような精神構造をしているのか、詳細までは分からない。それでも、彼は詩織と向かい合わなければならない。故人となった彼女と、自分を守るために死んでいった彼女と向き合う必要がある。それはたとえ歩であっても、避けたいと思ってしまうほどに辛い現実であった。



「歩……棄権はするつもりは?」



 司はそう聞くも、彼の目を見ればその言葉は杞憂だと分かってしまった。



「いえ決着は、俺たちここでつけないといけない。もう誰も死なせたくない。行きますよ。大丈夫、絶対に生きて帰ってきますよ」



 そういって笑う彼の顔はどこか乾いたものだった。



 § § §


「ねぇ、D-7」

「なんですか? おっと、今は詩織ですか?」

「いや、もう思考の統合は終わったわ」

「ということは……」

「そう、倉内楓は私で、私は倉内楓……そして他のみんなももう用済み」



 彼女がパチンと指を鳴らすと、その場に7人の死体がドサっと何もないところから現れる。


「そうですか。七聖剣セブンスグラディウスは役目を終えたのですか」

「えぇ、完全な私が……彼に勝つの。そう七条歩に……」



 もともと、七聖剣セブンスグラディウスを生み出したのは全てスワンプマンとなった詩織のバックアップ要員のためだ。そして最終的には意識と能力の統合のために殺す予定だった。その時が今になったのだ。これは歩と詩織の意識の統合を元に考えられたもので、D-7はあの時の苦渋をしっかりと今後に生かしていた。今度こそ、クリエイターを根絶やしにするために彼は時を待っていた。



 詩織の脳構造のデータは持っていた。それは彼女を殺した際に念のために回収していたものだった。そこから、彼はスワンプマンを生み出した。精神構造を意のままに操るD-7には容易なことだった。そのために数多くの人間を実験動物のように扱ってきたが、何事にも犠牲は付き物だと割り切ってきた。



 そうして、やっとここまできたのだ。



 今までは前座。全てはこの完全な一ノ瀬詩織を生み出すことを目的としていた。D-7はすでに前頭葉の欠損により、以前のような能力を使えることはできない。だが、スワンプマンとしての彼女ならば……完全体と同じ能力を持つ彼女ならば、世界中のクリエイターを根絶やしにすることは可能。



 さらに、彼女の記憶は歩に対して憎しみを持つように仕向けている。記憶の操作も当然のように行い、今の詩織は歩を自分たちのを妨げる障害であると認識していている。



「あぁ……早く殺したい。ねぇ、今行ったらダメ?」

「だめ……ですよ。貴方達の戦いはパフォーマンスでもあるのだから。今回の戦いはおそらく世界的にも注目されている。いや、そう仕向けている。マスメディアの操作も終わっています。あの場で七条歩を殺し、世界に宣戦布告するのです。さらにはクオリアネットワークも我らの手中に収めましょう」

「ふふふふ。D-7は欲しがりねぇ……でも、その考え嫌いじゃないわ。殺し方は何でもいいの?」

「脳は残してください。できるだけ完全な状態で。あとは好きにどうぞ。四肢を切断しても、眼球を潰しても、腹を刺して腑を引きずり出しても構いません。私が欲しいのは彼の脳だけですから」

「ふーん。分かった。じゃあ、脳みそは残して殺すね」

「えぇ……よろしくお願いします」



 D-7は室内から空を見上げる。彼は何もサイコパシーが異常に高いただの異常者ではない。ある程度の良識も持ち合わせている。己のしている行為が、人を貶め、冒涜しているのだと自覚している。この世界のクリエイターを殲滅したあとは、自分も死ぬつもりでいる。



 彼は己の罪が許されないと分かっていても、進むしかなかった。それが彼に残された最後の想い、いや理想だったからだ。

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