第125話 Re:set


 奔流する粒子。金色に輝き続ける歩の風貌は、人間のものとは思えないものだった。真っ白な髪に、真っ白な肌。双眸は金色に輝き一点を見つめている。



「……クオリアネットワーク。やはりあなたが真の核でしたか……」



 D-7は苦しげな表情でそう答える。


 彼の計画にはクオリアネットワークが欠かせなかった。クリエイターの根幹である意識を断ち切ることで、彼、彼女らを滅ぼすことがようになるからだ。詩織は核ではないとすでに承知していたが、歩が核であることの確信は得ることはできていなかった。まだ憶測を出ないものだったが、こうして彼を見つめるとひしひしと伝わってくる。



 同じ存在だからこそわかる。彼は全ての意識とつながっている。この世界に存在するクリエイターの意識の根幹と。無意識に感じているそれを意識的に感じることで、D-7は覚悟を決め歩と相対する。



「……」



 歩は黙ったままスッと右腕を掲げる。



「?」


 一連の所作が理解できないD-7だが、警戒は最大限まで高める。こうなったクリエイターはどうのような行動をとるのか、どのような行動を取ることができるのかそれが全くわからないからだ。



「*******」



 何かよくわからない音が聞こえたと同時に、D-7はとてつもない圧力を感じる。


「……まずいッ!!!!」



 しかし、時はすでに遅かった。右に咄嗟に避けたものの、D-7の右腕は肩から下がバッサリと切り裂かれていた。



「*******」



 またもや歩が何かを唱えると、その千切れた右腕が粒子へと還っていく。パラパラと舞う金色の粒子はそれだけ見れば非常に幻想的で美しい光景だった。だが、その場には大きな血溜まりができていた。ぼたぼたと溢れる血の勢いが止まることはない。



 歩はそのまま追撃をせずに、ぼーっと上を向いている。


「*******」


 変わらず、理解できない言語で何者かと会話しているようだった。あれはおそらく、内に秘めている意識と会話しているのだろうと、D-7は見当をつける。



(クオリアネットワークは人体の構造を全て把握しているのか? いや、しかしあの能力は一体どうやって……)



 D-7は腕にワイヤーを巻きつけ何とか止血しながら、思考に耽っていた。はっきり言って理解不能だ。どうやって腕を切断したのか、どうやって右腕を粒子にしたのか全く理解ができない。これが真髄に至ったクリエイター。七条総士が完成させた真のクリエイター。意識を全て統合し、この世の全ての能力を把握したクリエイター。歩以外の、D-7と詩織は彼に比べれば些細な力しか持っていない。そのことをD-7は改めて思い知る。



 D-7は知らなかった。歩の覚醒の引き金となったのは、詩織の死なのだと。もともと、D-7と詩織は歩のバックアップかつリミッターだった。そして、どちらかが死ねばその意識は歩に統合され、彼の覚醒に至る。



 そこまで知りなかった彼は追い詰められていた。頭によぎるのは死の二文字。このままだと確実に、七条歩に殺される。その未来しか見えない。そして、覚悟を決めたD-7はある能力を解放する。



「……私もタダではすみませんが、ここは痛み分けといきましょう」



 スーッと大きく深呼吸すると、彼はこう囁いた。


「……概念転換パラダイムシフト予測不能カオスセオリー



 瞬間、歩とD-7を中心に大きな渦が発生する。



「「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああアァァァァぁああああああああああアァァあああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァアアアアアアアアア」」



 互いの全身の皮膚という皮膚にひび割れのようなものが入っていき、大量の出血。さらには、眼、鼻、耳からもとめどなくドバドバと血液が溢れ出してくる。



 二人とも尋常では痛みに耐えながら、D-7は最後の仕上げにかかる。



「……遮断シャットダウン創造者クリエイター



 右手を伸ばしグッと握ると、その場に倒れこむ二人。歩は意識を失ったようで、その場にぐったりとしている。一方のD-はかろうじて意識を保っていた。



「はぁ……はぁ……成功……しましたか……」



 彼が発動した概念転換パラダイムシフト予測不能カオスセオリーというVAは世界で唯一、D-7のみが使えるものである。


 詩織は物理に特化したクリエイターで、一方のD-7は人間の精神に特化したクリエイターだった。精神掌握に記憶操作は十八番であり、彼の能力の根幹である。そして、今回使用した概念転換パラダイムシフト予測不能カオスセオリーは相手のクリエイターとしての機能を完全に失わせる能力である。さらに今回は重ねてクオリアネットワークを作動させないために、一部の記憶も奪った。だが、この能力には多大な犠牲が伴う。身体的な犠牲もあるが、今回1番の痛手となったのはその脳である。



 前頭前野の欠損。それこそが最大の痛手。クリエイターの能力の源である脳の一部。前頭前野が欠損してしまえば、以前のように能力は使えることはできなくなる。しかし、それを決行する必要があった。そうしなければD-7は歩にあっさりと殺されていたに違いない。



「……うううぅぅぅ、あああああ……」



 痛む身体を起こし、歩にとどめを刺そうとする。今の彼らなば、歩を殺すことはできる。だが、彼の前には二人の男女が現れた。



「D-7……歩は殺させない」

「私たちの命に代えてもね」



 そう、そこにいたのは歩の両親だった。仮初めの親。歩を観察するために用意されたただのコマ。彼、彼女は歩に興味などないと思っていた。しかしながら、こうして立ちはだかる姿を見て、やはり人間とは理解できないものだと痛感する。



「……あなたたち、死にますよ? 今の満身創痍の私でも、ただの人間は容易に殺せます。その脳を直接焼き切ることだってできる……」


「「……」」



 二人とも黙って何も言わない。


 そうか、覚悟はとっくに決まっていたのか。



 そして、D-7は迷いなく己の力を振るった。




 § § §



「ぐ……ううぅぅぅううう……はぁ……はぁ……」



 目の前に転がる二つの死体。死んでも尚、歩を守ろうというのか。どうして、そこまでできるのか。なぜ、仮初めの存在だというのに本当の子どものように彼を愛することができたのか。



 二人とも一瞬で脳を焼き切った。手応え一瞬で現れ、二人とも血を吹き出して倒れ込んだ。



「ここは……引くしかないですか」



 D-7は周りからバタバタと人が駆け寄る音を感じ取った。本当はこの日に全てを終わらせ、クリエイターという存在を排除するつもりだった。だというのに、なんの因果だろうか、詩織に邪魔をされ、歩には覚醒を許し、とどめを刺すことはできなかった。収穫は、詩織の死と歩の両親の死と歩の能力の封印。はっきり言って、割りに合わない。こんなはずでは……と思うも、D-7はどこか悦びを感じていた。



 そうだ。世界よ、もっと抗え。私がお前らを……お前たちを殺し尽くしてやる。それこそが、私のたったと一つの願い。あの人と交わしたたった一つの願い。正義たりうるのはこの私なのだ。



 そう願いながら、D-7は満身創痍の身体でなんとかその場から逃げ出すことに成功した。



 こうして、D-7と歩の対立は明確なものとなる。



 少年は願った。どうか、この美しい世界が共存できるようにと。


 男は願った。どうか、この醜い世界が元に戻るようにと。



 互いの願いは本物だった。そこに善悪は存在しない。それを決定するのは他者であり、本人たちはそれを善と思い行動している。



 これこそが始まり。そして、再び歩とD-7はぶつかり合おうとしていた……。



 § § §



 過去編はここまでです。次回からは時系列は元に戻り、最終決戦となります。おそらく年内にはこの物語を完結できると思います。どうか最後までお付き合いください。

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