第103話 七条歩 VS 有栖川華澄 4


「ななななな何とぉー!!!! 有栖川選手のCVAが変化しましたあああああああああ!! しかも、見た目も純白に変化!!! これはどうなっているんだァあああああ!!!!」



 実況の山下ひとみが驚愕の声を上げる。それに伴って、観客たちのざわめきも徐々に広がっていく。


 見たことのない現象。CVAが変化するのは一般的ではないとしても、前例はある。しかし、姿が白く変化するなど見たこともないし聞いたこともない。知っているのは、この世界でも少数の人間のみ。



 暴かれた真実。これはもはや隠しようがない。クリエイターは新たなる次元へと到達したのだ。そう、ここにいる人間全てが無意識的に思った。



「これは……この試合、きっと誰もが予測できない展開になるだろうな」



 解説の茜は具体的な言及を避け、抽象的に言葉を発する。


(完全到達者同士の戦いか……これは、死闘になるな……)



 奇しくも、彼女の予想は的中することになる。



 § § §



「アハハハハハハハ!!!!! 最高ッ!!! たまらないわッ!!!!」



 LAを振るう華澄はもはや圧倒的だった。LAだけでなく、VAの精度も最高値を彼女にもはや死角はない。


 三又の矛を振るうたびに、確実に歩の体を傷つけていく。



「ぐッ!!!」



 確実に追い詰められている。全てのVAを最高出力で発動しているにもかかわらず、華澄の攻撃はさらに鋭さを増す。



 右に躱す、そう考え体が動いた瞬間にはすでに攻撃が迫っている。これほどまでに追い詰められるのは初めての経験だった。


 歩の持ち得るVAでさえ、もはや相手にならない。



 そう……有栖川華澄は、クリエイターの先へと到達しているのだ。



「……解さないわね。あなたも発動しないの? クオリア……使えるんでしょ?」


「……」



 なんとか距離を取ると、彼女は何食わぬ顔で問いかけてくる。圧倒的優位に立つからこその余裕か。それとも、対等な勝負を望んでの言葉か。しかし、今の歩の思考はそんなことは全く考えていなかった。



(LA……それには必ず原典がある。三又の矛、さらにはわずかに滴る液体。透明なところを見ると、水……と推測するの妥当だろうか。三又の矛と水、導き出される答えは……トライデントに間違い無いだろう)



 歩の推測は的を得ていた。



 華澄が顕現させているLAはトライデント。ギリシャ神話の海神、ポセイドンがもつトライデントは嵐や洪水を巻き起こし、風と水を自由在在に操ることができる。



 だが、その効果は伝承通りだとは歩は思わなかった。必ず、彼女固有の特殊な能力を持っているに違いないと推測する。



 そもそも、クリエイターは創造者だ。ただ単に伝承をなぞるだけなら、クリエイターとしては二流もいいとこだ。一方、一流のクリエイターは常に創造することに余念がない。創造に想像を重ねて進化し続ける。その頂点が、クオリア。歩と華澄が至っている領域なのだ。



「潔く認めよう。君のそれは間違いなく世界最高峰のCVAだ。原典から考えても、トライデントは脅威だ。今の俺には対処できる方法がない」



「ふふっ……なら、出しなさい。さぁ、世界最高の戦いをここで行いましょう?」



 そういうと、華澄はトライデントを歩に向けた。



 瞬間、目にも留まらぬ速さで、歩の後方の木々が爆ぜた。しかし、それは爆発ではない。華澄が放ったのは水を圧縮し、ウォーターカッターのようにしたものだ。もちろん、その速度は並みのクリエイターでは捉えることはできない。



 頰からつうーっと、血が滴る。かすった程度だが、その脅威は間違いなく死に至るものだと確信。彼は覚悟を決め、あの夜と同様に力を解放する。



「……さぁ、死闘の始まりだ」


 わずかに、いや間違いなく高揚しながらそう呟くと歩の両手に嵌められているグローブは全て粒子に変換され、さらにその粒子は数を増していく。



 発生した粒子は異常な発光を見せ、歩の体を包み込んでしまう。



(クオリア、解除プロセス進行。第一の制御、解放。第二の制御、解放。第三の制御、解放。クオリアへ……完全到達。クオリア完全解放、完了。クオリア、アクセス権を実行。今回は第二の制御をリード。……完了。思考制御、問題なし。身体への影響も問題なし。すべての創造過程終了。行動に入る)




 そして、全ての粒子が一気に収束するとパッと砕け散るようにその粒子は霧散していく。徐々に現れるその姿に、華澄は感嘆の息を漏らす。



「うふふふ。あはははは。アハハハハハハハ!!!! これよッ!!! これが七条歩の真の姿ッ!!!!! 私は本気のあなたとこうして殺し合えることに誇りすら感じるわッ!!!!」



 彼女の声がモニターを通じて、全世界に発信される。すでに観客達のざわめきは無くなっていた。もはや、これは言葉を失う次元の戦闘である。だからこそ、皆は彼、彼女の異常さに呑まれていたのだった。




「ふぅ、こんなものか」



 両手を軽く払うと、彼の手には先ほどとは異なり真っ白な薄いグローブが一瞬で現れる。



「? まさか、まだワイヤーで戦う気なの??」


「お喋りはここまでさ、華澄。さぁ、盛大に殺し合おう」


 

 右手を差し出し、煽るようにくいくいと手招きをする。もちろん、そんな簡単な挑発に乗る彼女ではないが、今はそんなことはどうでもよかった。



 ただ力のままに目の前のクリエイターを屈服させたい。



 華澄はそれしか考えていなかった。



「フッ!!!!」



 一瞬、間違いなく1秒以下の出来事。華澄は離れていた距離をわずか1秒以下で詰め、その矛を振るう。振るわれる矛は歩を切り裂く。彼女の脳にはVAにより、さらに高度な未来が見えている。



 だが、その未来は実現しない。



「……武器創造クレアツィオーネ



 ……歩は自身が持ち得るを、今ここに発動した。

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