第99話 決戦



「……よし、行くか」



 あえて口に出してしまうのは、興奮故だろうか。実際のところ、歩は自身の胸の高鳴りを抑えることができなかった。



 負ければ有栖川家に入らなければならない。その重圧プレッシャーは計り知れない。しかし、彼は何よりも……華澄と戦えることが楽しみだった。



 本気を出しても叶うかどうかわからない存在。もちろん、自身の強さにはある程度の自負はあるが絶対に勝てるとは言い切れない。



「ははは……ちょっと不謹慎かな?」



 そう言いながら、歩はゆっくりと歩みを進めるのだった。






 今日は、校内戦の中で最も注目が集まるカード。


 七条歩 対 有栖川華澄


 この試合は今までの中でも最高の賑わいを見せていた。


 もちろん、観客席もすでに満員。中継放送される数もまた、過去最大。それほどまでに二人の対決は盛り上がっていた。



 かたや、御三家の中でも最高傑作と謳われる少女。その人気は強さだけでなく、ルックスもまた起因となっている。



 そして、かたや、異次元の強さを誇る新星……七条歩。ワイヤー使いながらも、近接戦闘、特に体術でも相手を圧倒できる。また、目立つのは葵との戦いで見せた体術であるが、見るものにはその本質が理解できていた。



 それは創造力と想像力。あらゆる状況を仮定しながら行動し、自分に最適の行動を創り出す。CVAだけでなく、VAも彼の強さを引き出しているのだ。



 そして、二人の紹介が終わると同時に戦うステージが発表される。



「さぁやってまいりました!!! 今回の実況も私、山下ひとみが担当し、解説はいつもの如く、高橋茜先生です!!」


「あ〜、よろしく……」


「先生も元気出してくださいよ!!! ま、ともかく先に今回のフィールドを紹介しますね!!! それはなんと……森林フィールドです!! 半径10キロあるフィールドで、至る所が木々で埋まっています! さて、先生は今回の戦いをどう見ますか?」


「……未知数だな。正直のところ、あの二人の実力の底を図ることはできない。互いにまだ本気を見せていないようだしな」


「有栖川選手は確かに本気を出していないように思えますが、七条選手もですか? 長谷川葵選手との戦いで見せた体術が本気なのでは?」


「まぁ、そうとも取れるかもしれないが、奴の本質はそこじゃない。ま、それも今回の試合ではっきりするだろ」


「ふむふむ、なるほど。それでは、観客の皆様、今しばらくお持ちください!!!」



 そして、観客席では彩花と紗季が隣り合わせで座っていた。今回はかなり混み合っているため、いつものメンバーが全員隣合わせで揃うことができなかったのだ。



「紗季……あんたはどう見るこの試合」


「そりゃ、僕は歩の勝ち以外考えられないね。たとえ、狂姫きょうき……倉内楓が相手でもその考えは変わらないよ」


「……あんたはいつも通りなのね。あー、でも私はどっちが勝っても負けても複雑……」


「なんだい、君も歩に肩入れしていると思っていたけど?」


「んー、でも華澄も大事な友達だし……」


「なるほど。友情と恋愛、どっちを取るかと言われると迷うタイプの人間なんだね」


「あんたはどうなのよ?」


「僕は……どっちでもないさ。それに例えそうなったら、君と同じように葛藤すると思う」


「……なんか今日は珍しく素直ね」



 キョトンとした顔でそういう彩花。彼女はてっきり、そんな考えはくだらないと一蹴されると思い込んでいた。だが、紗季はそれを否定しないどころか、共感もするというのだ。




「僕も人間ってことさ。理性で物事を客観的に見るのもいいけど、時には感情に身を任せるのも悪くない」


「ふーん。はぁ……本当にこの試合どうなるのかしら」


「それをこれから見届けようじゃないか」



 そういうと、二人は黙り込んで今に始まろうとしている試合に集中するのだった。



 § § §



「負けない……負けない……負けない……負けない……負けない……負けない……私は絶対に負けない……勝つ、絶対に勝って……私自身を証明してみせる」



 ブツブツと独りごとを呟く華澄は内心穏やかではなかった。だからこそ、自己に語りかけるように勝利を願う。



 今までの人生でここまで入れ込むことなどなかった。もちろん、手を抜いてきたわけではない。しかし、どこか当事者意識がなかった。家のためという想いが強すぎたのだ。


 今回はそれとは打って変わって、家の事情だけでなく自身の思い入れも強い。自分の全てを否定するかのような存在である七条歩。何も彼個人が憎いわけではない。しかし、彼に負けるということは今までの努力が足りなかったことを認めることになる。それだけは嫌だった。今の自分の自信を支えているのは才能だけでなく、不屈の努力のおかげだと思っている。



 否定なんかさせない。私は自分自身をここで証明してみせる。そして、有栖川家にさらなる栄光をもたらす。



 それこそが私の使命であり生きる意味。



「さぁ、行きましょうか……」



 まばゆい光を浴びながら、華澄は森林フィールドの所定の位置へとゆっくり歩いていく。観客の声はかすかに聞こえるも、今は目の前のことに集中しなければ。


 そうしなければ、あの七条歩に勝つことなどできない。



 互いの想いをかけた戦いが今、始まる。

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