第100話 七条歩 VS 有栖川華澄 1


 

「……試合開始」



 試合開始のアナウンスが告げられる。


 そして、それと同時に華澄がその場から消える。アナウンスが終わったのを認知した瞬間に、加速アクセラレイションを発動したのだ。目の前の木々をうまく躱しながら、彼女は歩の方へと向かっていく。



 一方の歩は、その場からゆっくりと歩き始めるだけで特に何かをするわけでもない。これには観客たちもざわめき始める。




「おーっと、七条選手は余裕のつもりでしょうか!!? 悠然と歩き始めました! これはどういうことですかね、先生?」


 ひとみがそう話を振ると、茜は少し考える素振りを見せてその質問に答える。



「おそらく、先手を取るのを諦めての行動だろう。有栖川には未来予知プレディクションがあるからな。どうあがいても、七条のVAでは後手に回らざるを得ないのが現状だ。だからこそ、真正面から立ち向かうつもりだろう」


「な、なるほど! これは接敵が楽しみですね!!」




 茜の解説は的を得ていた。歩は始めから先手を取るのを諦めている。そして、彼は華澄の未来予知プレディクションの練度はすでに世界でも数本の指に入ると考えている。だからこそ、後手に回ることを選んだ。


 未来予知プレディクションには及ばないも、複眼マルチスコープ支配眼マルチコントロール俯瞰領域エアリアルフィールド の3つがあれば先手は取れなくともなんとか対処はできる。



 今は俯瞰領域エアリアルフィールドを発動させながら、華澄の姿を捉えようとゆっくりと歩いている。また、それに重ねて複眼マルチスコープも発動。


 

 完全に後手に回ることを前提として、歩は準備を始める。



「スゥー、ハァー」



 ゆっくりと深呼吸をして自身のCVAとVAの調子を確認する。



(よし、パフォーマンスは落ちていない。クオリアによる影響ももうほとんどない。これならやれそうだ)



 歩はそのまま目を閉じると、彼女がやってくるまで瞑想に入るのだった。


 

 § § §



(そろそろかしら……)


 双剣を低く構えがながら走ってきた華澄はそろそろ接敵することを感じ取っていた。進化した未来予知プレディクションの副産物的なもので、彼女は周囲にあるCVA粒子をかすかにだが感じ取れるようになっている。



 そのため、自分は歩よりも優位に試合を進めることができる。そう思い込んでいた。


 しかし、事はそう上手くはいかない。



「なッ!!!」



 思わず声が出てしまう。なぜなら、発見した歩が立ったまま目を閉じているからだ。周囲を探る様子も何もない。殺気すら感じない。



 舐められているのか? それとも何か別に策が?


 しかし、何を考えようとも無意味だと悟る。


 自分には彼ほどの思考力はない。そう認めているからこそ、華澄も歩に向かってゆっくりと歩いていく。




「……華澄は怒りに身を任せて突撃してくるかと思ったよ」



 緋色の双眸をゆっくりと開きながらそう言ってくる歩。もちろん、答える義理などない。だが、華澄はその会話に応じる。それは油断や驕りなどではなく確かめたかったのだ。彼が何を意図しているのかを。



「そうね。少し前までの私ならそうしていたかもね。でも、もう違うのよ。背負っているものがあるの。それのために私はこんなとこで止まるわけにはいかない」


「俺も君に負けるわけにはいかない。自分の意志も持っていないクリエイターに負けることは許されない」


「言うわね……じゃあ、どっちが正しいのかはっきりさせましょッ!!!!」



 消える。華澄の姿が忽然とその場から消え去る。



 もちろん、それを補足していないわけはない。歩は複眼マルチスコープ支配眼マルチコントロール俯瞰領域エアリアルフィールドの3つを同時に発動することで、彼女の未来予知プレディクションに対抗する。



「はあああああああああああッ!!!!!」



 雄たけびを上げながら、華澄は歩へと切りかかる。未来予知プレディクションを発動していることで、次の動きは完全に読んでいる。



 だが、ぎりぎり……本当にぎりぎりのわずかなところで避けられてしまう。それでも攻め続ける。華澄は自身の利点をよく知っていた。だからこそ、果敢に攻め続けるのだ。




(さすがに気が付いているかッ!! 未来予知プレディクションに対抗するためにはVAを同時に3つ発動しなければならない。そしてそれはかなりの消耗につながっていると……やはり、一筋縄ではいかないかッ!!)



 そう考えると、歩は避けながらも両手のワイヤーを一気に伸ばす。そして、ワイヤーで木々を切断することで華澄にちょうど当たるように調整する。



「くッ!!!!」



 未来は手に取るようにわかる。木々がどのような角度で倒れてくるのかもすべて把握している。だが、その量が多すぎて未来を見ても特別何かできるわけではない。



 ここはすべての木々を最も効率よくかわして、歩から目を離さないことが重要だろうと考え行動に出る。



 華澄は後ろや左右を全く見ることなく、倒れてくる大量の木々を躱すと地面を思い切り蹴り、歩の腹部へと自身の双剣を伸ばす。



「はぁああああああッ!!!!」



 一閃。


 油断していたわけではない。考えなかったわけではない。だが、華澄の成長ぶりは歩の予想をわずかに超えていた。



 腹部にはかすかに切られた跡が残っていた。出血はしないが、ぱっくりと服が切られているのがわかる。



(これほどまでなのか……いったん様子を見るか)



 歩はさらに木々を大量に切断すると、その場を素早く離脱。



「逃がさないッ!!!!!」



 それを完全に読んでいた華澄はその後を追うように再びその場から消える。



 そして二人は、森の更なる奥へと進んでゆくのだった。



 

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