第97話 有栖川華澄 焦燥
華澄は焦っていた。その理由は、あの日使えたはずのLAが使えなくなっていたからだ。来る日も、来る日も、あの時の感覚を思い出しながら、CVAを振るう。だが、どうあがいてもあの日のようにLAを使うことはできなかった。それどころか、LAにフェーズシフトすることすら出来なかったのだ。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
汗を流しながら、その場にペタンと座り込む。双剣も今は手放しており、彼女はすっかり疲れ切っていた。
(どうして、どうしてなのかしら……あの日の感覚が蘇らない。記憶にはある。でも、それを意識して扱うことができない)
葛藤していた。彼女はあの日、病室で兄に言われたことが脳裏によぎっていた。
「お前は、LAにたどり着いた。それが事実だ」
その言葉を言ったきり、兄はどこかへ言ってしまった。相変わらず、自分には冷たいのだなと思うも、その言葉には何か別の意図があるような気がした。そもそも、CVAのフェーズシフト自体が謎に包まれている。あれから、それについて調べるもフェーズシフトに関しては一般的なことしかわからなかった。ましてや、LAなどという概念は全く分からない。しかし、論文を調べてみるとLegendary-Armsの概要について纏めたものが存在した。
「Legendary-Armsか……」
大の字になって天井を見つめながら、華澄はそう呟く。
Legendary-Armsとは、フェーズシフトの一種。しかし、それはただのフェーズシフトではない。生み出されるCVAは何かの物語に出てくるものが原点となっている。そして、その能力はその原点を模倣する。いや、本物以上に本物の力を発揮する可能性すらある。
そのように纏めてあった文章を見て、彼女は自分が生み出したLAについてもっと良く知る必要があると思った。
(まずは……原点を知るところかしらね……)
そう考えると、スッと背筋の力だけでバネのようにその場から立ち上がり、そのままトレーニンルームから出て行くのだった。
これは、華澄が歩に出会うほんの数ヶ月前の出来事であった。
§ § §
「はぁ……」
ベッドにカバンを投げると、そのまま自分もベッドに倒れこむ。華澄は衝撃を受けていた。というのも、ワイヤーというCVAであそこまで戦えるクリエイターを初めて見たからだ。
(七条、歩……彼は一体……)
今まで全くの無名のクリエイター。しかし、その実力はあのタイムアタックを見ただけでも明らかだった。話したときは気丈に振る舞っていたが、内心は穏やかではなかった。クリエイターは良くも悪くも、CVAに左右されてしまう。CVAはもはや体の一部なのである。つまりは、CVAの性能でその強さの上限がある程度見えてしまう。もちろん、例外はある。しかし、あの七条歩という男はどこか異常だと分かってしまった。
「彼なら……何か知っているのかしら……」
天井を見ながらそう呟く。天井から通されているLEDの光が彼女を照らし出す。服は乱雑になり、艶やかな金髪の髪もボサボサだった。
でも、今はそんなことよりもどうやったら強くなれるのか、ということが何よりも重要だった。
彼に相談したら、という考えもあるにはあったが……それは御三家のプライドが許さなかった。
葛藤。焦燥。
家を出て行った兄がいない今、この有栖川家を支えるのは自分だと、使命のように思っていた。いや、使命というよりは宿命と形容した方が適切かも知れない。
そして、華澄はデバイスを開くと、彼とよく似た一ノ瀬詩織の試合データを再生する。
一ノ瀬詩織。突然現れた無名の選手。しかし、その実力は圧倒的。ワイヤー使いなのに、CVAをさらに生み出せる異能中の異能を扱うクリエイター。その能力の全貌は未だに明らかになっていない。彼女は生み出したCVAと元から備わっているワイヤーを巧みに使いながら世界大会を疾風の如く駆け上がって行った。
その姿に華澄は憧れた。魅せられていた。
そして、きっと、あれは一種のクリエイターの極地なのだろうと思った。思えば、あれほどのクリエイターが今まで無名なのはおかしい。つまりは、彼女はあの能力を開花させるまでにそれなりの時間を要したということが伺える。
素直に尊敬した。そして、自分もいつかあの高みに。あの輝かしい舞台で、自分の名を高らかに表現したかった。生まれてきた意味を示したかった。
だが、その憧れの存在は優勝したと同時に忽然と姿を消した。
そんな矢先に現れたのは、彼女に酷似した七条歩。彼ももしかしたら、一ノ瀬詩織と同様の能力を持っているのかも知れない。
世界大会の映像を見ながら、華澄は漠然とそう考えていた。
「一ノ瀬詩織に七条歩……似ている……けど、何か違う……?」
世界大会の映像を見ながら分析していると、類似性はあると気がついた。しかし、その根幹はどこか違うような。直感だが、華澄はそう思った。何よりも戦い方が違う気がした。同じワイヤーでも、一ノ瀬詩織は生み出したCVAをメインに、そしてワイヤーをサブにしていた。だが、歩はワイヤーを極めたような感覚があった。まるで自分の手足のように、いやそれ以上に巧みに操る姿は一ノ瀬詩織を上回っている。クリエイターとしての本能がそう感じたのだ。
「いつか私も……」
こうして、彼女は歩と出会うことで良くも悪くも大きく変化してくことになる。
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