第96話 有栖川華澄 覚醒



「アハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!」



 狂気。まるで何かに狂っているかのように叫びをあげながら、CVAを振るう華澄。彼女はこの殺し合いを楽しんでいた。すでに理性で抑えられるモノではない。


 興奮。脳内ではドーパミンが異常なほど分泌される。すでにCVAとのシンクロ率は90パーセントを超えていた。馴染む。異常なほどに馴染む。CVAを振るうたびに脳内にはさらなる心的イメージが湧いてくる。今まで三又の矛など使ったことはない。使用したとしても、木刀や真剣のばかりで、ここ数年は自らのCVAである双剣だけであった。



 だが、その長年連れ添ってきた双剣以上にこの矛は馴染む。両手でしっかりとその武器を振るたびに、自分に適応していく感覚に陥る。そんなことはありえない、と理性が言う。だが、本能は違う。本能は彼女の身体を、脳を、完全にこのCVAに適応させようとしてくる。まるでそこに導くように、彼女がそこに辿り着けるようにCVAが意志を持っているかのように、華澄は進化していく。



「ほらほらァ!!!! どうしたのッ!!!」


「ッく!!!!」



 相手の男は短剣でなんとか華澄の攻撃を防ぐが圧倒的に不利なのは間違いなかった。先ほどまでとは攻撃の練度が違う。まるで、何十年もその武器のみを使い、達人と呼ばれる域にまで達した者の如き振る舞い。相手の男はLegendary-Armsの存在は知っていた。しかし、それがクリエイターをどのようにするのか、ということは知らなかった。いや、それはきっとこの世界の誰もまだ知りえないのかもしれない。



 そして、徐々に彼女の鮮やかな金色の髪が純白に染まり、さらに瞳も碧色から金眼へと変化していく。Legendary-Armsの発動条件にはクオリアに不完全だとしても至る必要がある。そのため、彼女はその副作用が出ていた。と言っても色素変換は戦闘においてマイナスにはなりないが。




(クリア。まるで世界が止まっているかのような感覚。右に、左に、横に、縦に、この矛を振るう。振るう。振るう。振るう。振るう。振るう。未来が確実に視える。視える。視える。視える。視える。視える。あぁ、なんて美しいのだろうか。あぁ、なんて鮮やかなのだろうか……)



 華澄は確かに相手を殺すためにCVAを振るっていた。しかし、彼女の思考は何かよく分からないモノに支配されていた。高揚感と形容すれば、それまでなのだが何かが違う気がする。クリエイターの根幹に届きそうなきがする。本能でそう悟っていた。しかし、未だに入り口でそのそこにはたどり着けそうもないというのが彼女の今の結論。



 人の、クリエイターの根幹。人間は進化して来た。環境に適応して来た。しかし、クリエイターの存在は異常だ。異常な進化だ。進化論が認められていないところではこのような話は不毛だろうが、気がついている者も存在する。クオリアはその存在理由を教えてくれる。その頂に辿り着いた者はそう本能で悟るのだ。



 華澄の場合は御三家の宿命がそうさせた。彼女が背負っている重荷が、そして生存本能が彼女を進化させたのだ。



「フッ!!!」



 矛を軽く振るう。もちろん、その射程には相手はいない。だが、その先端から射出される水のような液体は確実に相手の体を射抜こうとする。



「ぐっ!!!!」



 相手はそれをなんとか弾き返すも、その威力によって手首の骨を骨折。さらに追撃がかかる。



(なるほど、これはウォーターカッターのような役割をしているのね)



 華澄は本能ではなく、理性によって自分のCVAの特性を徐々に理解していく。彼女はカッターと理解したが、その本質は切るではなく直撃した箇所をその圧倒的な水圧によって吹き飛ばすというのが正しいだろう。



 脳内には加圧される水の流れて行く方向のイメージが無意識のうちに構成されて行く。先ほどは矛の一箇所から射出したが、今回は三又のすべてから射出するようにイメージする。狙うは脚。頭部を破壊してもいいのだが、相手には聞きたいことがあると考え、死に至らしめないように加減を試みる。



 狙うは脚。だが、それを悟られないように、矛自体では相手の上半身を狙いにかかる。そして、相手が攻撃を躱した瞬間に矛の方向を脚に向ける。



「ハアッ!!!!」



 力んでしまい声が思わず出るも、相手は反応することができずにそのまま後方に右脚が転がっていく。膝から先は完全になくなり、相手はそのまま切断された脚とともに後方へと転がっていく。



「逃さないッ!!!!」



 暗闇へと吸い込まれるように転がっていく相手に追撃を加えるため、そのまま直進する華澄。だが、その先には……



「いない……? そんな……」



 何もいなかった。切断した脚も、転がっていった相手もいない。さらに確実に出血しているはずなのにその痕跡すら存在しない。



 自分は悪い夢でも見ていたのだろうか。しかし、彼女の手にはしっかりと三又の矛が握られているし、付着している血痕も紛れもない本物である。



「どう……し……て……??」



 自問をする前に彼女の意識は途切れ、そのまま受け身を取ることさえできずに倒れこむ。痛みはない。感覚は何もない。そして、そのままね眠りにつくように彼女は意識失うのだった。




 § § §




「ここは……?」



 目を開けると天井が広がっていた。それもよく見知った場所。



(そう……あれから倒れて……いつもの病院に運ばれたのね)



 有栖川家が経営している病院。華澄はあの戦闘の後にここに運ばれた。なぜ彼女がこの場所を知っているかというと、昔から怪我をするたびにこの病院を利用していたからだ。



「……起きたか、華澄」



 パタン、と呼んでいた本を閉じると兄である有栖川諒は華澄に話しかける。



「にい……さん?? 兄さんが私を……?」


「そうだ。俺がお前を見つけてここまで運んだ。もちろん、家族には伝えてある」


「そう……」



 ぼんやりとした意識の中で華澄は思索に耽る。あの相手は誰だったのか。自分に起きた現象はなんだったのか。あの呑まれるような、自分が全能とさえ考えてしまうほどの力。また、いきなり消失した相手。鮮明に思い出すことができる。だが、あれは夢だったのだろうか。そう考えていると諒はその思考を呼んでいるかのように唐突に話始める。



「華澄、お前に起きた出来事は夢じゃない。現実だ」


「現実……?」


「お前は、LAにたどり着いた。それが事実だ」



 淡々と話す兄には以前のような親しさはない。出ていってしまった兄。いつまでも尊敬できる、優しいと思っていた兄。だが、家を出て行きそれきりなんの交流もなかった。でも今はこうして自分のために何かを伝えようとしてくれている。なぜだが、そのことに少しだけ懐かしさを感じる華澄であった。


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