Counter Criminal Creators Division
第74話 C3
倉内楓の衝撃の試合があった翌日、歩は紗季に呼ばれてICHに足を運んでいた。今日は試合もなく、本来ならば家で休息を取ろうと思っていたのだが大事な用があると言われたのでやむなく来たのだった。
紗季のラボにやってきた歩はさっそく本題に入る。
「それで、何か大切なことでもあるの?」
「すまないね。わざわざ来てもらって。それでだけど、本題に入る前に聞きたいことがあるんだ」
「いいけど……何を聞きたいの?」
「歩は情報が欲しいんだよね?」
「そうだね。詩織さんのためにもクリエイターの情報は多ければ多いほどいいよ」
「……それなら僕が所属している組織に来ないかい?」
「以前、長谷川小夜さんの件でお世話になったところ……? 紗季はそこで主に研究しているんだっけ?」
「今はICHでの研究が多いけど、専属契約を結んでいるのはそこだけさ。名称はC3(シースリー)。Counter Criminal Creators Divisionの略称だよ。犯罪者クリエイター対策課だね。一応警察組織の一つだけど、今はほぼ独立して形だけだね。入る条件はただ一つ。有能であること。年齢は問わないし、性別も関係ない。そこでならきっと君のプラスになると思うよ。というより、正直なことを言うとうちの班長に歩を勧誘しろと言われているんだ」
「班長って言うのは……?」
「知っていると思うけど、名前は
「あの石川司が警察組織に……?」
「警察と言っても、もはや別の組織だよ。主に犯罪者クリエイターに対応する荒っぽい集団。僕は研究者として入っているけど、歩は正式な戦闘メンバーになれると思うよ。まぁ、入隊試験はあると思うけど……」
いきなりのことで歩は戸惑っていた。あの一ノ瀬詩織に次ぐ、日本人で有名なクリエイターが石川司である。
プロのクリエイターには、ランキングというものが存在する。Association of Creator Professionals が管理しているランキングで、ACPランキングと呼ばれている。これはもともとテニスのランキングを真似たもので、制度としてはほぼ同じものである。また、世界大会に出るにはランキング上位である必要がある。そして国内ランキングでも上位になる必要がある。
石川司は日本人の中で初めて、世界ランキング10位以内に入ったクリエイター。後に一ノ瀬詩織が世界と日本ランキングで1位になるのだが、それまでは日本を代表するクリエイターであった。
そんな有名人が現役を突然引退したと思ったら、警察組織に入ってるとは思ってなく歩はかなり驚いてしまう。しかも、そこに紗季が所属している上に自分が勧誘されている。
普通ならば疑問に思っても仕方ないのだが、あの紗季が所属している組織というだけで信頼できるのは間違いない。
また、情報がさらに得られるのは大きい。公的な組織でのデータベースを使えば、さらに情報を手にできる。そして、個人的な研究もさらに進めることができる。
そう考えるとさらなる詳細を紗季に尋ねるのだった。
「そこは本当に信頼できるの……? それに主に何をしている組織……?」
「信頼はできるよ。僕が保証する。変なしきたりとかもない。必要なのは力だけ。組織としては元々は犯罪者クリエイターを相手にしていたんだけど、今は主に
「……それならとりあえず行ってみようかな。入隊のことは行ってから考えるよ」
「よし、じゃあ行こうか。ここからそれほど遠くないからすぐにつくよ」
そう言って紗季と歩はラボを後にするのだった。
ICHをでて電車に乗り、二駅ほど移動し10分ほど歩いたところにC3は存在する。と言っても建物自体はそれほど大きくなく、主に地下がメインの場所となっている。
紗季は建物に入ると指紋認証と虹彩認証をしてロックを解除する。現代社会では主にこの二つが鍵として採用されている。
「いきなり地下に行くんだね」
「そうだね。トレーニングルームは地下2階と3階。研究施設は4階から6階だよ。僕のラボは4階だからそこに行こう」
二人はそのままエレベータで地下4階へと向かう。
扉が開くとそこには、至る所に研究のための道具が置いてあった。明らかにICHよりも良いものが使われているのは明らかだった。脳とCVAをスキャンするものもあれば、遺伝子操作のための機械もある。
歩はそれに圧倒されつつも、奥へ進むのだった。
「ここが僕のラボだよ。と言ってもICHとあまり変わらないから、召集される以外はそんなに来ないけどね」
紗季が椅子に座ると、目の前には一気に50以上のモニターが展開される。デバイスを常時設備されている場所で、彼女が座るだけで立ち上がるようになっているのだ。
「今はクオリアの研究で、データはこっちにまとめているかな。まぁ、クラウド上で共有できるからそんなに関係ないけど」
「いやぁ、驚いたね。中々の施設だよ。それに何より広いね……」
今まで見てきた施設の中でもトップクラスの環境。綾小路紗季だからこそ手にできた場所。そう考えると、とても感慨深いものがあった。歩は紗季のことを昔からよく知っている。だからこそ、彼女の躍進には喜ばずにはいられないのだ。
「あれ? 紗季ちゃんは今日なんか用事あったけ??」
すると奥の方から髪の長い女性がやってきた。白衣を羽織っており、手には何やら紙の書籍をたくさん持っている。また大きな胸のせいで白衣の前のボタンを止めることができずに、開きっぱなしになっていた。
そして、ARグラスを外しながら彼女は二人に話しかけてきたのだった。
「こんにちは。
「どうも、初めまして。七条歩です」
「こちらこそ初めまして。
「紫苑さんですね。こちらも歩と呼んでもらって構いません」
「じゃあよろしくね、歩くん」
「えぇ」
「それにしても、あなた男ウケそうな顔してるわね……それに髪もセミロングだし……まさか!! そっち系の人なの!!!?」
紫苑がいきなり興奮し始めるので、かなり戸惑ってしまう。紗季はやれやれといった顔でその会話に入るのだった。
「すまないね。彼女は男性同士の絡みが好きなんだ。いわゆる腐女子というやつさ。と言っても、女子という年齢じゃないがね……」
「何よ! ホモが嫌いな女子はいないのよ!! 全く、紗季ちゃんも早く目覚めればいいのに!」
「いえ、僕はヘテロセクシャルなんで。すいませんが」
「まぁいいわ。それで、歩くんは班長に会いに来たの?」
「今日は紗季のラボを見る予定でしたが、石川さんは今はいるのですか?」
「あー、今はちょっと出てるわね〜。もう少しで帰ってくると思うわ。それまでここのラボでも見ていく? 私はCVA学専攻なの。どう?」
「ぜひ! 最近はCVA学も興味があるんですよ! いやぁ、研究者の方にラボを見せてもらえるなんて嬉しいですね」
「それなら研究データも見る? 今は
「本当ですか!!? 脳とCVA関係の論文はまだ少ないので、ぜひとも見たいです!」
「……紗季ちゃん、この子は一応戦闘メンバーとして勧誘したのよね? 研究者チームじゃないわよね?」
「以前も言いましたが、彼はかなり博識ですよ。そこらへんの研究者よりも知識量は上です。一人の研究バカとして扱った方がいいですよ」
「あ……なるほどね。了解したわ」
「じゃあ、僕は自分のデータをまとめてるから。歩は紫苑さんについていくといいよ」
「本当に今日来てよかったよ! じゃあ紗季、また後で!!」
「はい。じゃあ、歩くんはこっちね〜」
「はい!!!」
歩は目をキラキラと輝かせながら、スキップでもしそうな調子で紫苑の後についていくのだった。
「ここが私のラボね。と言っても紗季ちゃんのところと設備は変わらないけど。見たいのはデータよね。今出すからね」
紫苑はデバイスを操作すると、大きなモニターを1つだけ映し出す。
「はい、これね。見てもいいわよ」
「ありがとうございます!! どれどれ……」
歩はそれから10分ほど集中して彼女の論文を読むのだった。
彼は普段から速読をする習慣がある。しかも、VAのおかげもあって処理速度が速い。そのため、普通ならば1時間かかるものを10分ほどで読み終わってしまった。
「なるほど。ニューロンの変化ですか。それとホメオスタシスの限界値を超えると、
「そうね。まだ、7割ってとこね。というより……歩くんは紗季ちゃんに聞いていた以上にすごいわね。この論文のこともよく理解しているわ。研究者になるつもりはないの?」
「そうですね……できれば、どちらもできればいいと思っています。選手としても研究者としてもクリエイターでいられるのなら、それがベストかと」
「あなた……本当に高校生? なかなか発想がぶっ飛んでるわね……でも、私はそういうの好きよ。やっぱりどこか頭のネジが飛んでいる方がいいものね!!」
「自分では普通のつもりなんですが……」
「え? それはギャグで言っているの??」
「え? 真面目に言っていますが……?」
「ふぅ。あなた重症ね。おとなしく紗季ちゃんと結婚しときなさい。あなたを理解できるのは彼女だけよ。そうじゃないと私みたいに取り残されるわよ……」
どこか遠くを見ながらそういう紫苑の言葉には確かな重みがあった。彼女はすでに20代後半。研究に人生を捧げすぎて男性経験は未だにない。交際の経験もない。だからこそ、彼女はそのように忠告するのだった。
「まぁそのことは今後考えますよ。今は
「あぁ。良いわね、若いって……おばさん眩しくて辛くなっちゃうわ」
「そんなことないですよ。紫苑さんはまだ20代前半ですよね? それにとても美人でスタイルもいい。付き合いたい男ならたくさんいますよ」
「20代前半!! ほ、本当にそう思う……?」
「えぇ。俺が保証しますよ」
「歩くん………キャッ!!?」
潤んだ瞳で歩を見つめるも、紫苑はいきなり脳内に死のイメージが流れてくるのを感じた。しかし、それは加減されたもので痛みは伴わない。それでも恐怖は恐怖だ。紫苑はいい気分になっていたのに、いきなりの恐怖で思わず背筋が凍ってしまう。
そして、この能力を使用できるのはただ一人だけだった。
「やっぱりこうなっていたか。紫苑さんも気をつけてくださいよ。この男は天然で口説きますからね。頭にクリエイターのことしか入っていませんから、変な気を起こさないでくださいよ?」
「ちょっと! だからと言って、私に
「いえ、これは純粋にムカついただけです。それに加減してますし。全く、いい歳して高校生に手を出さないでください」
「ううううぅぅぅ。やっぱりおばさんはダメなのねぇ!!」
そのまま紫苑はその場を小走りで去って行ってしまう。
「え、いいの? 紫苑さんどこかに行ったけど……?」
「いいよ。いつものことだしね。数分もすれば戻ってくるさ。それに班長も帰ってきたみたいだし、紹介するよ」
「まぁそう言うならそっとしておこう。それで何階に行くの?」
「今はトレーニングルームにいるらしい。地下2階の方だね。行こうか」
そうして、歩は世界でもトップクラスのクリエイターである石川司と出会うことになる。
「おぉ。紗季か。それで、そいつが七条歩だな?」
「ええ、そうです。彼はC3に興味があるようですよ」
「そいつはラッキーだな。これほどの人材がどこにも所属していないのは珍しいからな。おっと、自己紹介がまだだったな。俺は石川司。C3のトップをやらしてもらってる。と言っても、主に戦闘がメインだがな」
180センチ後半もある巨体で、握手を求めてくる。短髪に刈り上げた髪は非常によく似合っており、彼の性格を表しているようだった。
「どうも初めまして。七条歩です。石川選手に会えるなんて、本当に嬉しいです」
「おいおい。そんな他人行儀の態度はよせよ。司でいい。な、歩?」
「……それでは司さん。俺のことを勧誘したそうですが、それはどういう意図なんですか?」
鋭い視線で尋ねる。いくら紗季の紹介とはいえ、組織に所属するとなるとそれなりのリスクも出てくる。何より、歩は隠したいことがあるのだ。
自分の戦闘技術向上と、情報の獲得。そして、
だが、この人が信用できなければ何の意味もない。以前は清涼院家と個人的なつながりを持ったが、あれは公的な契約ではない。一方で、こちらは契約関係になる。だからこそ、厳しい目で質問するのは当然だった。
それを理解しているからこそ、司ははっきりと歩に告げる。
「理由は3つ。1つ目は純粋にお前の力が欲しい。2つ目は
「……詩織さんのことを知っているんですか?」
「なんだ、聞いてないのか? 俺とあいつは同じクラスの同級生だぞ? それとお前の担任の高橋茜もだ。よく3人でつるんでいたもんさ」
「そう……なんですか。詩織さんはなんて言ってたんですか?」
「歩くんをよろしくだとよ。あいつは昔からそうだ。肝心なことは人に任せてよ……それに俺もまだあいつに勝ってないんだ。なぁ、歩。お前は詩織を助けたいんだよな?」
「はい。それが俺の戦う理由です」
「なら、俺と一緒に来い。うちにいれば最先端の情報が手に入る上に、俺が時々だが訓練に付き合ってやるよ。詩織に頼まれたしな。どうだ、正式にうちに来るか?」
「歩、別に断ってもいいんだよ? 君は君の意志で決めるといいさ」
紗季がそういうが、歩の心はすでに決めていたのだった。
「……まだ迷いはあります。でも、詩織さんもきっとあなたについて行けと言うはずです。これから宜しくお願いします」
「おう! 任せとけ。それで、端的に言うとお前には戦闘チームに加入してもらう。一応うちは犯罪者クリエイター対策課だからな。今はその中でも
「それは二つのチームに同時に在籍するということですか?」
「お前の場合、どちらでもやっていけそうだからな。それでいいだろう。ただ、金は2倍にならないぞ?」
「構いません。お金のためにやっているわけではないですから」
「じゃあ、一応お前の力を俺の目で見ときたい。CVAはあるな?」
「はい」
こうして歩はC3に加入することになったのだった。この出会いは後に彼の運命を大きく変えることになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます