第72話 譲れない想い
歩の勝利はかなりセンセーショナルなものとなった。試合はネットにも公開され、特集記事も書かれ始めた。どこの記事にも、あの一ノ瀬詩織の再来と書いてあるのが目立つ。歩は正直、ここまでのものになるとは予想していなかった。だが、仕方ない。自分の能力を隠し続けたまま勝ち抜けるほど本戦は甘くない。彼にはまだ公開していない技があるが、今後も出さざるをえないのは間違いないだろう。
「お兄ちゃんも、ネットで有名になってきたね! 七条兄妹が世界を変えるのかとか書かれてるよ!!」
「ハハハ。それはちょっと笑えないな……」
歩は試合を終えて、家に帰ると椿が何食わぬ顔でリビングにいたので驚いたが、最近は頻繁に来るので特に咎めることもなく二人で今日のことについて話しているのだった。
「それにしても、そろそろまずいんじゃないの……? 本戦でもかなりの技を公開することになるでしょ?」
「正直、隠しておきたいのはそこまでないからいいんだけど……ネットで騒がれるのはちょっと面倒だなぁ……」
「そうえば、西園寺奏から連絡あったでしょ?」
「うん……ちょっとアプローチ激しすぎて辛い……」
「全くもう! 今度私がガツンと言っておくよ!! お兄ちゃんには近寄らないでくださいって!!」
「いやぁ……それで引いてくれるならありがたいけど……」
「とにかく! 誰かがそういうことを言うのが大事なんだよ! お兄ちゃんもあまり強く言わないし、私がしっかりしないと!」
「ごめんな、椿。いつも迷惑をかけて……」
「そんなことないよ。だってもうお兄ちゃんしかいないんだもん……」
「そうだな……」
そして二人は今日も仲良く同じベッドで寝るのだった。ちなみに歩は兄妹で寝ることに疑問を感じていないのだが、このことが彩花にバレてから自分たちが仲が良すぎることに気がつくのはまた別の話である。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ふむ……流石というべきか。これは明らかに学生レベルを超えているな」
「私もそう思います。思考力、創造力、戦闘技術の全てにおいて歩は相手を圧倒していました」
要と華澄は今日の歩の試合を振り返っていた。何度見ても鮮やかな手際。相手も弱いわけではない。だが、歩が強すぎるのだ。単純なパワー的な強さではない。戦闘スキルの全てが学生とは一線を画しているのだ。
「これはもう、華澄か倉内楓しかいい勝負はできないだろうな……それで、今日は何の用なんだ? 華澄から私に話とは珍しいが」
「お父様。私は決めました。私は有栖川家の長女として、七条歩と婚約します」
覚悟を持った
「彼の了承はどうするんだ……?」
「以前勝ったほうが、なんでも言うことを聞くという約束をしました。それを使います」
「それは本当に大丈夫なのか……?」
「彼はおそらく同意するでしょう。私に勝てば有栖川家にはもう干渉されないと考えると思います。それにいずれは戦って勝つのだから、それにそのような条件がつくのはラッキーと考えるはずです」
「なるほど……それで勝算はあるのか?」
「早いですが、アレを使います」
「……そうか。お前も不完全とはいえクオリアには至っているしな。彼に対抗するにはそうするしかない。いいだろう、有栖川家当主として許可しよう」
「はい。必ず勝ちます」
そして華澄はその場を去っていく。
彼女の心には有栖川家の誇りがあった。今までは自分の意志か有栖川家の意志のどちらを優先すればいいか迷っていた。だが、両方を追求すればいいのだと彼女は考えた。歩となら結婚してもいい。それに彼はとても尊敬できる。相手には十分すぎるほどだ。家のためにも、そして自分のためにも彼女は自らの意志で選択した。
こうして、有栖川華澄と七条歩は対立することになる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「歩、今日もちょっと話したいことがあるのだけど……時間はある?」
「少しならいいけど、華澄は今日試合じゃなかった?」
「私なら大丈夫よ。すぐに終わらせるから」
「それなら試合が終わるまで待っとくよ」
「ええ。それじゃあまた連絡するわね」
そう言うと華澄は本戦に出るために、試合会場に向かう。
そして、そのやり取りを見ていた雪時と翔は、何かがおかしいと思い歩に話しかける。
「おい、歩。なんか有栖川のやつおかしくなかったか……?」
「確かに。あれは覚悟をした人間の顔ですね。歩さん、何かあったんですか?」
「最近は御三家の動きが激しくてね。おそらくは有栖川家への勧誘じゃないかな」
「え? 勧誘ってどうやって家に入るんだよ?」
「それは結婚しかないだろう。歩さんの遺伝子を欲するのは無理もない。それだけ価値のある人だからな。しかし、中々えげつないことを考えますね。優生学をクリエイターにも応用しようとしているのでしょうか」
「そうだね。今の御三家は優生思想に取り憑かれているかもね」
「その優生学とか、優生思想ってのは何なんだ?」
「人為的な手段でより優れた形質をもった人間を作ろうという考えだよ。優れた人間には多くの子どもを作ってもらい、それ以外の人には子どもを作らせない。先天的な能力こそが全てという思想。ユダヤ人の大量虐殺もこの考えがベースになってたんだ。それに今はクローンやデザイナーベイビーも優生思想の最もたるものだ。これは非常に危ういよ。すべての人間が生まれる前から区別されるんだから」
「おいおい、マジかよ……そんな世界があっていいのか……」
「人間の欲望の極致の一つだね。どこまでも高みを求めた世界。でも、そこには倫理も抑制もない。御三家はそういう世界の実現を目指しているとしか思えない。だから俺は、後天的能力理論を支持するよ。理想かもしれないけど、最近は紗季の研究のおかげもあってエビデンスも多くなってきたしね」
「さすが歩さん。よく考えていますね。これは俺もさらに精進しなくては」
「まぁとりあえず華澄の試合を見に行こうか」
そう言って3人は華澄の試合を見に行く。彼女の試合は予選と同じく、大理石フィールド。そして相手は3年の
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「かなり人が入ってるな」
「歩さんの時よりも入っているんじゃないですか?」
「やっぱり御三家の実力は誰もが見たいだろうしね」
そして、3人が席に着くと実況のアナウンスが始まる。
「さぁ! やってまいりました! 今回の試合はあの、有栖川華澄選手と渡辺光選手です! 有栖川選手の実力はかなりのものですが、渡辺選手も昨年の代表です! これはかなりいい勝負になるのではないでしょうか!!?」
「うーむ。このカードは私にも予想がつかないな。CVAも互いに相性が悪いということもないしな」
「なるほど!! それでは、間も無く試合開始となります!!!」
山下ひとみがそう言うと、試合用の自動アナウンスに切り替わる。
「選手はCVAとVAを展開してお待ち下さい」
それを聞いた二人は同時にCVAを展開する。
「「
華澄の手には双剣が、そして渡辺光の手には槍が顕現する。
槍は中世以前の全世界で使用されてきた武器。その最大の利点はリーチである。剣や刀の攻撃範囲の外から攻撃できるのは、それだけでかなり有利になる。そして、シンプルに突くだけでなく投擲術も使用出来る非常に汎用性の高い武器である。
光は槍による戦闘を極めてきた。だからこそ、彼女には御三家でも戦えるという自信があった。ショートヘアーの髪がなびき、彼女の目を隠す。だが、隠れていても彼女の目はしっかりと華澄を捉えていた。
一方の華澄はどこか気合が入っていないようだった。そして、試合開始が告げられる。
「――――試合開始」
「ハッ!!!」
光はたった一歩で間合いを詰める。槍のリーチを活かしてすでに攻撃圏内。華澄はその様子を淡々と見ながらVAを展開する。
「――――
華澄は
脳に映るのは未来の相手の動きだけではない。自分が取るべき最善の行動すら未来の一つとして認知できるのだ。あとは単純にそれをなぞるだけ。なんの労力もいらない。最高のコストパフォーマンスを発揮出来るVA。
そして、光がそのまま後方に通り過ぎて行ったと思った時には、彼女はすでに倒れていた。さらに、彼女のCVAはポッキリ二つに折れていた。
一瞬の出来事。誰もが認識できない。華澄は他のクリエイターとは別の未来で行動できるのだ。それに対応するには高度な視覚系VAか、同じ感知系VAが必要となる。
無慈悲なまでの勝利。すでに華澄も学生の域に留まっていなかった。彼女はさらなる高みへと足を踏み込んでいる。しかも、これは本当の力のほんの一部。その片鱗だけでもここまで圧倒できる。有栖川家長女の実力は世界に轟く。
「勝者、有栖川華澄」
「な、なんとおおおおお!!! 一瞬です!! 実況も解説する暇もありません!!! 渡辺選手が突撃したと思ったら、すでに倒されていました!!!!! さらにCVAも折られています!!! 圧倒的です! 有栖川家はここまでなのかぁ!!!!!!」
「なるほど。今の一撃は私にも見えなかった。有栖川はすでにプロでもやっていけるほどの実力だな……」
それを聞いて呆然としていた観客たちが歓声をあげる。金髪碧眼の美女が圧倒的な強さを示す。あのルックスに加えて、御三家という家柄。実力も申し分ない。皆は魅了されていた。彼女の全てが人を惹きつけるのだ。カリスマ。御三家故に獲得したのか、それとも先天的なものかはわからないが彼女はこうして世間に認知された。
「おい、歩。今の見えたか?」
「
「歩さんでもかろうじてなんですね……自分は全く見えませんでした」
「あれはただの
「……本戦は本当に化け物だらけだな」
こうして華澄の初戦は幕を閉じる。彼女の表情は何かを覚悟しているのと共に、邪悪なものが映っていたのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「歩、どうだった? すぐに終わったでしょ?」
「あれには脱帽だよ。特殊派生型をあそこまで使いこなしているなんて驚いたよ」
「うふふ。そうでしょ? 歩と出会ったおかげで何かを掴めたの」
あれからすぐに華澄は歩と合流し、先日と同じカフェで話をしている。だが、その内容はただの雑談ではなかった。
「それで、今日は結局何のようだったの……? 試合の感想を聞きたいわけじゃないよね」
「以前、勝ったほうが何でも言うことを聞くと言ったの覚えてる?」
「まぁそんな趣旨のことは言ったよね」
「私が歩に勝ったら、婚約してもらうわ。歩が勝ったら有栖川家は二度とあなたに干渉しない。どう? この条件は?」
華澄は以前なら婚約の話題になると迷いと羞恥があったのだが、今は違う。奏と同等かそれ以上の覚悟。それを感じ取った歩は彼女に質問をする。
「有栖川家は本当に何の干渉もしないの……?」
「ええ。誓うわ。金輪際あなたには手を出さない。自由にしてもらって構わないわ」
正直、有栖川家の干渉は一番厄介だ。有栖川要はおそらく自分の才能を欲し続けるだろう。時には非合法な手段に訴えるかもしれない。それに華澄も……ここは全てにケリをつけるためにも……
少しの間考え込んだ歩は、彼女と同様に覚悟を持って口を開く。
「わかったよ。俺が勝ったら、有栖川家は二度と干渉しない。そして華澄が勝ったら、婚約するよ。二人の間に子どもを作るのも拒否しない。おとなしく有栖川家の人間になるよ」
「そう。歩ならそう言うと思ったわ。でも、勝つのは私よ? どんな奥の手があるかは知らないけど……私もまだ隠している力がある。どちらが勝つか楽しみね。それじゃあ、またね」
そして華澄は自分の分の会計だけ済まして、そのまま去っていく。一方、歩は彼女が去った後も考え事をしていた。
詩織さん。俺は間違っていないのでしょうか。両親と、そしてあなたのためにここまできました。もう
詩織さんには多くのことを教えてもらいました。そのおかげでワイヤー使いでもここまで来れました。でも本当に間違っていないのでしょうか。俺の道は正しいのでしょうか。揺らいではいけないと思っても、彼女たちの、御三家の欲望が俺の想いを飲み込んでしまうのではないかと不安です。だからなのか、最近はよくあなたのことを思い出します。
「歩くん。君はもう自由に生きていいんだよ? 私と同じワイヤーでもここまで頑張れたのだから、大丈夫だよ。私はずっと応援してるよ。いつか、成長した姿を私に見せてね?」
最期の言葉はまだはっきりと覚えています。詩織さんを助ける一心でここまで頑張りました。でも、俺というクリエイターは邪魔なのでしょうか。皆が才能を求めます。詩織さんは力にはそれ相応の覚悟がいると言っていました。その教えの通りに、常に大きすぎる力を制御してきました。
それに
詩織さんもこんな気持ちだったのでしょうか。俺は詩織さんがいたけど、詩織さんは一人だった。それに気がつかなかった。皆が自分という人間をまるで便利な道具のように欲する。正直、頭がおかしくなりそうです。今いる友達と妹、そして詩織さんがいなければ御三家に自分を売っていたかもしれせん。
少し愚痴のようになってしまいましたが、もう少し頑張ってみます。それしか俺にはできないから。先の見えない道を進むのは怖いです。周りにはきっと強い人間に見えているかもしれません。本当はいつも不安なのに。でも、それなら最後まで演じきってそれを本物にします。いつもそうしてきましたから。そうやって、ここまで強くなったのですから。
それではまた会いましょう。絶対に助けに行きます。それでは。
そう決心すると、歩もカフェを去っていく。
華澄の覚悟と歩の想いのどちらが勝つのか。それはこの先に明らかとなる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます