第63話 不知火彩花の軌跡 4

「アハハハハハハハハハハ!!!!! 彩花ちゃ〜ん!! やるねぇ! こんなにつとは思わなかったよ!! アハハ!」



「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」



 数十分間何もできなかった彩花は、なんとか攻撃を避け続けた。


 だが、すでに満身創痍。彼女にできることはない。敗北は誰の目にも明らかだった。




 これが、御三家。そして、世界大会準優勝者の実力。届かない。持っている技の数が違う。戦ってきた場数が違う。何より、基本的な動作の洗練さが段違い。完全に才能だけの女だと思ってたけど違う。彼女の振るう薙刀には、何千、何万と反復練習をしてきた故の鋭さがある。あそこにたどり着くまでに、どれだけの努力をしたのだろう。でも、少しだけ何かわかった気がする。彼女を見て、何かが見つかった気がする。



 そう思いながら、戦闘を続ける彩花の目の前にはすでに薙刀が迫っていた。



「ふふ。彩花ちゃん。楽しかったよ? また、試合しようね?」



 ウインクをしながら奏は薙刀を鳩尾に叩き込む。峰打による決着。彩花は最後まで本気を出させることはできなかった。



 だが、彼女は世界の広さを知った。そして、世界の最前線で戦うクリエイターの実力をその身で味わった。それだけでも十分な収穫だ。



 彼女の意識はそこで途絶えた。






 それから数日が経過し、西園寺奏は優勝した。彼女が再び日本代表となったのを見て、彩花は思わずぼやいてしまう。



「あ、奏のやつ優勝したんだ」


 今日は久しぶりの休日で、家でゆっくりしていると奏からテキストメッセージが届いた。



 あの試合の後、なぜか彩花のデバイスにメッセージが来たのだ。彼女は少し怪訝に思いながらも奏とやり取りを続けている。



「え? 彩花、あの西園寺奏と連絡先交換してたの?」


「うん。交換ていうか、何か勝手に向こうからメッセージが来たんだけど」


「そこは何か御三家特有の情報網があるのかな?」


「どうだろ。鈴音の考えは意外と当たりかもね〜。それにしても私のプライバシーが・・・・・・」



 現在は、彩花の部屋に鈴音が遊びに来ており二人で話をしていたのだった。そんな時に奏からの連絡。二人は話題をあの試合へと変える。



「でも、実際強かったよね〜。あの彩花が手も足も出ないなんて」


「確かに強かったわ。なんていうか、ただの親の七光り的な子だと思ってたけど・・・実際に戦ってみて分かったの。彼女は影でものすごい努力してるって」


「意外だよねー。御三家はそんな事とは無縁だと思ってたよ〜」


「そうね。やっぱり御三家も同じクリエイター。私たちの思い込みだったのかもね」


「あ、そうえばさ〜。私、ICHは大阪校に行く事になったんだよね〜」


「え!?」



 軽くそう言うので、彩花は驚愕してしまう。彩花も鈴音も現在は都内に住んでいる。そのため、自ずとICHは東京本校に行くと思い込んでいた。



 だが、鈴音は大阪校に行くと言っている。いまいち状況が理解できない彩花は、もう一度同じことを繰り返す。



「え、ICHの大阪校に行くの・・・?」


「うん。そうだよ」


「え。本当に?」


「ほんとだよ?」



「どうして? 何か理由が?」


「親の転勤かな〜。なんか仕事で色々あるみたい」


「うううううううぅぅぅぅ」



「ちょっと! なんで泣いてるの!?」


「だって、鈴音はずっといっしょだと思ってたからぁ。寂しいよぉ」


「彩花はこうなると、いきなり素直になるのよね。昔から変わらないね。大丈夫よ彩花。私たちは離れていてもずっと友達よ。それにデバイスもあるし、連絡はいつでも取れるじゃない」


「そうだけどぉ。私、ICHで友達できるかなぁ・・・鈴音がいないなんて・・・」


「大丈夫よ! 彩花、これからはもっと明るくなるといいわ。あなたには笑顔が似合ってるもの。私と話すときにみたいにクールなのもいいけど、もうちょっと明るい方が友達はできるわ」


「ううううううううぅぅぅぅぅぅぅ」


「試合に負けても泣かないのに、友達の引越しで泣くなんて大げさねぇ」



 そういう鈴音の目にも微かに涙が溜まっていた。二人は親友だった。知り合ったのは3年前に彩花が今の養成所に来た時だった。彼女たちはすぐに仲良くなった。それからはずっと二人一緒にいたのだ。まだたった3年の付き合いだが、互いに生涯の友人になると確信していた。


 ずっと一緒だと思い込んでいた。しかし、別れは訪れる。彩花も鈴音も悲しいのは当然だ。だが、二人とも前に進む。彼女たちには夢があるのだ。それに、これは何も死別ではない。いつでも連絡は取れるのだ。


 そう思うと彩花は少し落ち着いてきたようで、冷静に話し始める。



「・・・・・・鈴音」


「何、彩花?」


「私ね、もっと頑張るね。きっとICHでは三校祭ティルナノーグに出るよ。東京本校は競争が激しいらしいけど、頑張るよ」


「うん。楽しみにしてるよ」


「また会おうね」


「そうね。また会いましょう、彩花」



 にこりと微笑む鈴音の表情かおには寂しさと、そして嬉しさが混ざっていた。


 彩花はきっと、もっと強くなる。私なんかが予想できないくらいに。頑張ってね、彩花。私はずっと彩花のことを応援してるわ。




 こうして不知火彩花の中学時代は終わりを告げる。



 そして、彩花は無事にICH東京本校へ入学。鈴音もICH大阪校に入学した。



 二人は、互いのことを想いながらも別々の道を歩み始める。







「歩〜。ちょっと買い物付き合ってよ!」


「今日は予定もないからいいよ。じゃあ行こうか彩花」


「うん!」



 彩花は不安に思っていたが、友人はそれなりにできた。そして好きな異性も。



 彼女は歩と試合をした時に思った。この人はもしかしたら、あの一ノ瀬詩織に届き得るのかもしれない。本能で感じた。彼と彼女は何か似ている。彼が武器創造クレアツィオーネを使えるかは知らない。でも、あのワイヤー捌きや戦闘技術、そしてなにより心のあり方が似ている気がする。



 彩花はそれからずっと歩のことを考えるようになる。




「聞いてよ! 歩ってね、ワイヤー使いなのにすごい強いの! 私、ワイヤーなんて楽勝と思ってたけど普通に負けたのよ! 信じられる!?」


「え・・・・・・彩花がワイヤー使いに負けたの? その人って別に武器創造クレアツィオーネが使えるわけじゃないよね?」


「うん。ワイヤーだけだった。なんか変なVAも持ってたけど、普通に負けたの! あの衝撃は西園寺奏以来だったわ・・・・・・」



「あ、そうえば私も奏と仲良くなったよ! クラスが一緒でね〜。彩花のことを聞いてみたらすごい褒めてたよ!」


「あははは。そうえば昨日も連絡きたわね、そうえば」


「というか、ワイヤーでそんなに強いのに今まで無名だったの? 奏に聞いてみた? あの子なら色々と知ってるんじゃない?」


「聞いてみたけど知らないって。本当になんなのかしら彼は・・・」



「ふふふ。彩花はすごい明るくなったね」


「え、そう?」


「気になるの? 七条くんのこと」


「べ! 別に歩のことなんか! で、でも彼を見てると一ノ瀬詩織を思い出すの・・・・・・」


「? 似てるところがあるの?」


「なんていうんだろ。人としてのあり方っていうか、クリエイターとしての存在そのものが似てるっていうか・・・」



「なにそれ。ちょっとよくわかんないんだけど・・・?」


「とにかく! 私が気になるのはそういう理由だから! じゃあ、またね!」


「あ、ちょ――――――」




「ふぅ・・・七条歩かぁ」



 机にデバイスを置くと、そのままベッドに倒れ込む。




 彼は一体何なのだろう。ワイヤーであんなに強いなんて、一ノ瀬詩織ぐらいしか知らない。プロでもワイヤー使いはいない。例外は彼女だけだ。でも、彼女も今はいない。もしかしたら歩は、彼女に次ぐ世界的なワイヤー使いになるかもしれない。



 彼女はそんな風に歩のことを思いながら、眠りにつくのだった。




 それからは歩と話すたびに彼に惹かれていった。




「へぇ〜、歩って物知りなのね〜」


「彩花もちょっとは知識とか蓄えておいたほうがいいよ? 俺の場合は極端だけど、戦闘している時はその知識が勝敗を分けることもあるしね。あとは単純に戦術の幅が広がるかな?」



「ふむふむ。なるほどね」



 校内戦が始まるまでは、放課後はこうして二人で話すことが多かった。彼女は彼の話を聞くたびに惹かれるのはもちろんだが、純粋にクリエイターとして尊敬していた。



「歩はワイヤーなのに、よくそこまで努力出来たよね。別に嫌味ってわけじゃないけど、辛い時とかなかったの?」


「そりゃあ毎日辛かったよ。周りには努力と時間の無駄って言われるし。お前は研究者に向いてるとかいろいろ言われたよ」


「へぇ〜。やっぱり。じゃあ何がそこまで歩を頑張らせたの? 何か目標があるの?」


「うーん。プロになりたいっていうのはあるけど、今はある人を助けたいって気持ちが強いかな」


「強くなったらその人を助けられるの?」


「確信はないけど、繋がっているのは間違いないね」


「へぇ〜」



 彩花は詳しくは尋ねなかった。彼の目が、彼の声音が、そして彼の雰囲気がそうするなと言っているようだったからだ。



 この時思った。彼には誰か、家族以外の大切な人がいるのだと。そして、男性か女性かはわからないが、自分には彼のことを好きになる資格はあるのだろうかと。



 すでに彼女は自覚していた。歩のことが好きであると。しかし、それは彼の容姿が好きだとか、彼の性格が好きだというものだけではない。



 もちろんそれもあるが、彼女は憧れていたのだ。七条歩のクリエイターとしての在り方に。


 彼と戦い、そして何度も会話をして彼女は気がついた。




 私は目標となる、尊敬できる人を欲していたのだと。今まではずっと養成所で一番だった。みんな私に憧れる。でも、私の憧れる人は一ノ瀬詩織ぐらいしかいない。そしてその彼女ももういない。私は見失っていた。自分はどこに向かえばいいのか。自分は何をすればいのか。確かに友人はそれなりにはいた。だが、クリエイターとして尊重しあえる人はいなかった。クリエイターの選手として本気で高みを目指す人はいなかった。



 でも、そんな時、彼と出会った。七条歩。CVAはワイヤー。あのワイヤーだ。一ノ瀬詩織が使っていたけど、未だに蔑視されがちのあのワイヤー。でも、彼は強かった。美しかった。戦闘技術や創造力、そして思考力は何より素晴らしいが、彼の心の在り方は美しかった。何よりも、どこまでも純粋に高みを目指す彼の姿には憧れる。こんな人がいるんだなんて信じられなかった。私は彼を通して、一ノ瀬詩織を見ているのかもしれない。でも、それでも私は彼に惹かれたのだ。ずっと、ずっと欲していた仲間は彼だったのだ。今までは孤独だった。孤独に練習に打ち込んでいた。確かに友達はいたけど、彼らとは合わなかった。私はレベルが高いと言われ、独りで練習することが多かった。



 でも、ICHに入ると私以上に強くて、志の高い人がいた。私は歩を応援するけど、彼に負けないぐらい強くなりたい。彼と一緒にどこまでも強くなりたい。この恋心は報われないかもしれない。それでも彼に会えてよかった。私はこれからも彼と共に歩んでいくのだ。




 彩花は見つけた。友人であり、ライバルであり、そして尊敬し恋慕する人を。人は一人では生きていけない。誰かと繋がることで初めて、自分というものを認識できる。そして、互いに高めあっていける。彼女は心の隙間を埋めることができた。やっと、やっとたどり着いたのだ。確かに、クリエイターの選手として生きるのは辛いことも多いかもしれない。でも彼女には、今は多くの高めあえる仲間がいる。



 それなら大丈夫だ。私はもう迷うことはない。彼らと共に歩んで行こう。どこまでも広い世界へ。高みを目指して。






「それで、彩花は何しに来たんだい? 僕も葵も忙しいんだけど?」


「彩花〜、久しぶり〜。元気してた?」


「って! 葵は昨日もあったでしょ! 大丈夫なの!?」


「え? そうだったけ〜? えへへへ。ちょっとボケてたみたい。てへっ!」



「ちょ、ちょっと紗季! 葵が壊れてるんだけど! 大丈夫なの!?」


「あぁ。いつものことさ。24時間以上起床していると、葵はよくこうなるんだよ」


「寝なさいよ! てか、紗季も大丈夫なの!? 目のクマがすごいけど!」


「あぁ、大丈夫さ。僕は外見に出るだけで、頭はしっかりとしている。最低4日は連続で働けるよ」


「あんた達やばくない!? というか、私は葵に呼ばれてきたんだけど!」



「そうなのかい、葵?」


「えへへ〜。そうかも〜」




 現在は紗季のラボに、彩花と葵がいるという状況である。葵はしばらく泊まり込みで作業をしていたようで、かなり疲労感があるようだ。それを見て彩花もさすがに、かわいそうと思ったが彼女が自分の意志でやっているなら余計なことは言うまいと思った。




「で、葵は何のようなの?」



「彩花はさ」


「うん」


「歩のこと好きよね?」


「え、まぁ。まぁ、そうね。好きだけど・・・」


「おや? そうなのかい? 僕は初耳だよ。彩花が歩のことを好きだったなんて」


「あんたは前から知ってるでしょ! それで、葵はそれを聞いてどうするの?」


「うーんっとねー。どこが好きなのか聞きたくてね〜」


「え、それ答えなきゃいけないの?」


「うん。聞きたいの。お願いしますぅ」



 上目遣いでそういう葵は同性の目から見てもかなり魅力的だった。そのため彩花は少し照れながらも素直に答える。



「あー、その。なんていうの? クリエイターとしての在り方っていうか、あの向上心? がすごい好きで。憧れてるの。あそこまでまっすぐに努力できる彼が。それにワイヤーっていうCVAなのに、あそこまで強いし。なんか人として尊敬できるのよね。ど、どう? こんな感じだけど」



「ふむふむ。なるほど! 彩花もいいこと言うわね!」


「ふむ。彩花はてっきり歩のルックスに惹かれた、ただのミーハー女だと思ってたけど・・・・・・どうやらちゃんとした理由があったようだね」



「あんた達ねぇ! まぁもういいわ。それで、ルックスもそうだけど、一番はさっき言ったことね。それより二人はどうなの?」



「僕たちは同性婚する予定なんだ。もう婚約済みさ」


「え!? 二人ともそうだったの!?」


「えへへ〜。照れるなぁ〜」


「葵も照れてるし! そういうことなのね!! キャー!! これは一大事ね!! どうりでずっと一緒にいると思ったわ! なんか興奮してきた!!」


「まぁ、嘘だけど」


「うん。嘘だけどね」


「嘘なの!!? てか、紗季はともかく、最近は葵も私の扱いが雑じゃない!?」


「え〜? だって彩花って面白いんだもーん」


「そうだね。彼女は弄りがいがあるよ」


「私は昔はもっと落ち着いていたのに・・・高校に来てからはおバカキャラみたいなの定着するし・・・・・・・もう! 何なのよ!」


「「アハハハハハ!」」


「何がおかしいの!?」


「彩花が落ち着いてたなんてねぇ? どう思う、葵」


「うーん。きっと嘘ね! 彩花は昔からこんなもんよ、きっと!」


「もう、それでいいわ・・・・・・」





 彼女は沢山とはいかないまでも、仲の良い友人ができた。中学時代は鈴音と奏ぐらいしかいなかったが、今はそれなりの数の友人がいる。それに、異性の友達もいる。


 不知火彩花は人に恵まれた。両親に恵まれ、友人に恵まれ、そしてライバルにも恵まれた。



 だが、彼女が辿ってきた軌跡は決して、幸せなことだけではなかった。自分なりに悩み、それを解決しようと努力し、そして見つけたのだ。自分の欲している答えを。



 彼女はこれからも進んでいくだろう。尊敬できる友人と共に、明るい青春を過ごすに違いない。それはきっと、彼女の人生の財産になるだろう。




 こうして不知火彩花は出会った。七条歩と、かけがえのない多くの友人に。



 

 ――番外編 不知火彩花の軌跡 終了。

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