第3章 Qualia-Nature or Nurture-

ICH 東京本校 校内選抜戦 本戦 1

第64話 御三家

「それでどうだ? 今年は外部からの招待を拡大しないか?」


かなめさんの言う通り、それはいい案だ。西園寺家は賛成です。あまねさんはどう思います?」


「うちの家も歓迎ですわ。是非ともそうしましょう。私も楽しみですわ」



 デバイスを通じてオンライン会議をしているのは、現御三家当主の3人。



 有栖川ありすがわかなめ清涼院せいりょういんあまね西園寺さいおんじ伊織いおり


 有栖川要は50歳を過ぎているが、それなりに若い容姿を保っている。御三家筆頭の有栖川家はメディアへの露出が激しいので見た目にも気を使っているのが伺える。



 清涼院周は60近い最年長の女性だが、その美貌は衰えることを知らない。未だに20代後半にしか見えない容姿はメディアでも頻繁に取り上げられている。



 そして、西園寺伊織。30歳にして、西園寺家当主となった若き天才。現在は研究者としてだけでなく、企業経営などにも取り組んでいる。




 また御三家にはそれぞれ特色がある。




 有栖川家は東京を母体とする御三家の一つ。御三家の中では最も力を持っている。主な研究部門はCVA学。そして企業経営もしている。その全てはクリエイターに関連するものである。また厳格な家で、幼い頃からクリエイターとしての厳しい教育がなされる。しかし、その教育は実戦を主としており学問的な知識などはあまり授けない方針である。三校祭ティルナノーグでは、優勝者を何人も輩出している。



 西園寺家は京都を母体とする御三家の一つ。主にVAの研究をしている。他の御三家とは異なり、研究を主としている。その為、ICUやICHの教員や研究者となることが多い。三校祭ティルナノーグに出場するものはゼロではないが、稀。




 清涼院家は九州を母体とする御三家の一つ。御三家の中で、最も自由奔放。他の家とは異なり、世襲制を積極的に行っておらず、結婚などは自由にさせている。研究部門もはっきりと決まっておらず、オールラウンドになんでもしている。




 そして、この3人はこうして定期的に会議を開いてる。


 今回の議題は校内戦の本戦前に毎年行われるパーティーについて。



 学年代表戦が終わると3連休に入る。そこで御三家が集まることでお互いの近況報告と共に、質の良い選手について話し合うのだ。もちろんそのパーティーには提携している企業の重役なども呼ばれる。



 だが、今年は以前より多くの外部からの参加を促そうとしている。



 その目的はたった一つ。



「それで、要さんの目的は彼・・・・・・ですよね?」


「うふふ。そうね、要さんがそんなことを言うのはそれしかないわね」


「もちろんだ。先ほどの発言は彼を呼ぶための建前。二人も見ただろう、あの実力を」


「彼は一ノ瀬詩織の再来なのでしょうか」


「どうなのかしらね〜。武器創造クレアツィオーネが使えるかどうかは分からないし」


「問題はそこではない。武器創造クレアツィオーネなどアレの副産物に過ぎない。未だに私たち御三家ですら辿り着けていない領域。あの七条歩がそこに至っているかが問題なのだ」


「――――――クオリアですか。正直、本当に存在するかも怪しいですけどね」


「でも、今はあの綾小路紗季がクオリアについて研究しているらしいわよ?」


「彼がもし、クオリアに至っているのなら是非とも御三家に引き入れるべきだ。華澄の夫にしてもいい」


「あら? お嬢さんの気持ちは無視していいの?」


「そうですよ。うちだって奏がいます。クオリアに至っていなくとも、西園寺家は彼の才能を歓迎しますよ」


「うふふふ。二人ともお熱ね〜」


「そういう周さんはどうなんですか?」


「ん? うちはどっちもでいいわ〜。お二人が彼が欲しいならお譲りしますわ」


「相変わらず周さんは自由な人ですね」


「あらあらあら〜? もう、そうやって褒めると私も本気にしちゃいますよ?」


 二人の視線が交わる。もちろんそれは恋愛的なものではない。お互いに牽制しているのだ。家のパワーバランスが崩れないように、どこかの家が極端に突出しないように。


「ふむ。とりあえずは外部参加を拡大し、華澄に彼を招待するように言っておこう。他の友人たちも呼ぶように言っておくか」


「それはカモフラージュのためですか?」


「それもあるが、どうも華澄の友人は有能なものが多い。この機会に少し話しておくのもいいだろう」


「うふふ。要さんはとても熱心ね」


「それではまた後日に」


「ええ、楽しみにしていますよ。西園寺家も外部から何人か連れてきましょう。それでは」


「またね〜。うふふ」



 そういうと、デバイスのモニターが消える。


 有栖川要は欲していた。あの才能を。彼は七条歩を欲しているが、最も切望しているのはたった一つ。



「詩織。もうすぐなんだ。彼はきっと君と同じ領域に至っている。待っていてくれ、必ず助けるよ」



 彼はそのまま書斎を後にした。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――





 学年代表選は終わりを告げた。一年の代表は有栖川華澄、七条歩、水野翔の3人。もちろん3年の倉内楓も本戦への出場を決めている。



 そんな中、歩は複雑な気持ちだった。なぜならは彼は華澄と戦っていないからだ。歩は全勝で学年代表選を勝ち抜いた。しかし、華澄と試合は不戦勝。どうやら彼女は御三家で何かトラブルがあったらしく、試合当日は欠席したのだ。



 華澄は歩以外には負けていないため2位通過。翔は歩と華澄にしか負けていないため3位通過となった。



「歩さんどうしたんですか? 体調でも悪いんですか?」


「おや、珍しいね。歩が体調不良なんて」


「そうね。そういうことろはちゃんとしてると思ってた」



 現在は学食で昼食を取っている最中。今回は歩、翔、紗季、葵の4人である。他のメンバーは用事があると言って席を外している。




「いや、華澄と戦えなかったのがちょっとねー。めちゃくちゃ準備したのに、本戦に持ち越しとか・・・ちょっと萎える」



「歩さん! 元気出してくださいよ! きっと大丈夫です! 本戦は思い切り戦えますよ!」


「そうえば、水野くんも本戦に出るのよね? 普通にすごくない?」


「なんだ、長谷川。当たり前じゃないか。あの歩さんの弟子なんだぞ? ここで勝ち抜けないようでは弟子失格だ」


「はははははは! 相変わらず元気だね! これは彩花と相良くんもさぞ、悔しいだろうね!」



 彩花と雪時は翔に接戦の末に敗北した。本来ならば、翔は負けていたはずだった。だが、彼は歩と出会い努力に努力を重ねた。それも歩にも匹敵するほどの努力。戦闘知能が劇的に上がった翔は、知能と戦闘技術で二人に勝ったのだ。




「翔は本当強くなったよね。これは俺もいつか抜かれるかも」


「何を言いますか! 俺なんてまだまだ。もっと精進して、歩さんと肩を並べられるぐらいになってみせます!」


「あはは。そこは追い抜かないんだね」



 呆れながらそういう葵だが、やはりその表情はどこか楽しげだった。



「あ、歩。ここにいたのね」


「華澄? そうえばなんか久しぶりだね」


「これを渡したかったの。他のみんなもどうぞ。歩は妹さんの分も渡すわね」


 そういうと華澄は全員に招待状を渡す。今時、紙の招待状など古すぎるのだが、御三家は未だに昔からの伝統を守っているのだ。



「え、なにこれ?」


「明日から3連休でしょ? 毎年、本戦前にはなぜか知らないけど、御三家のパーティーがあるのよ。今回は友人も誘っていいってことだから、みんなを招待しようと思ってね。じゃあ私はまだ用事があるからこれで!」


「あ、うん」


「ふむ。歩さんは参加するんですか?」


「どうしようか。しかも急だなぁ。もう少し前もって言ってくれればよかったのに」


「僕たちもどうしようか、葵」


「わ、私は行ってみたいわ! せっかく華澄が誘ってくれたんだもの! いきましょう! ぜひ!」



 華澄は色々と忙しかったようだが、今のメンバーとも既に仲良くなっており葵ともそれなりに親しい。


 葵は人に飢えている。今までは友達なんて一人もいなかったのにまさかパーティーに招待されるなどとは夢にも思っていなかったのだ。


 御三家のパーティーだから嬉しいのではない。友達に誘われたから嬉しいのだ。



 ここにいる3人は彼女がなぜそう言うのかよく理解している。だからこそ、葵の楽しみを奪うわけにはいかない。



「葵がそういうなら行こうか。たまには息抜きも必要だ」


「そうだね。僕もそうするよ」


「歩さんが行くのなら、俺も行きます。長谷川、よかったな」


「うん! みんなありがとう!」



 葵は満面の笑みでそう答えると、皆に感謝するのだった。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「ハァ!!!!!!!!!!!」



 薙刀を振るう彼女の姿はまさに圧巻。どこにも隙はない上に、その動きは完璧に洗練されていた。


 西園寺奏。彼女はさらに成長していた。校内戦も順調に勝ち上がり、代表までは目前。今も毎日のように訓練に明け暮れている。



「っく!!!」



 彼女の相手をしている少し老けた男は一応元プロなのだが、奏の技術は完全に相手を上回っていた。


「―――――私の勝ちよ」


「いやはや、参りました。奏様はお強くなられましたな」



 そういう初老の男性はどこか嬉しそうだった。彼は昔から彼女のことをよく知っている。だからこそ、その成長には感動せずにはいられない。



 西園寺奏は天才だ。世間ではそう言われている。だが、彼はよく知っている。彼女は誰よりも努力家なのだと。他の同年代の子どもが遊んでいる時から、彼女はCVAを扱っていた。もちろん、遊びたいという気持ちもあっただろう。だが、奏は既に幼い時から御三家としての自覚があった。日本を背負うのは自分だと。ならば、誰よりも強くならなくては。その想いで彼女はここまで来た。




 それを思うと感動で涙が出てくる。その姿を見て奏は少し驚いてしまう。



「ちょ、ちょっと! 何泣いてるの!? 大丈夫!?」


「いや、これは感動の涙なのです。奏様、どうか三校祭ティルナノーグを制覇してください。私は楽しみにしています」


「う〜ん。どうなんだろうね〜」


「おや、珍しい。いつもの自信はどうしたのです?」


「あなたも見たでしょ、東京校のあの人」


「あぁ。七条歩殿でしたかな?」


「どう見る? 今まであんなクリエイター見たことある?」


「ふむ。彼は一ノ瀬詩織に似ていると思いきや、前回の試合では体術メインでしたな。しかもあれは相当なもの。私ですらあの体術の相手はできないでしょう」


「そうなのよね〜。それがちょっと心配で。歩くんとは、彩花が仲がいいみたいで話を聞いてるんだけど・・・・・・」


「おぉ。不知火殿ですか。先日も遠方からはるばる遊びに来てくれましたな。それで彼女はなんと?」


「それが努力家で研究者並みの知識があるってことしかわからないみたいで」



「ふむ。ワイヤーというCVAですからな。彼もさぞ努力したのでしょう。知識があるのはそれで戦闘能力を補うためでしょうか」


「初めて見るタイプのクリエイターだから、ちょっと疑問でね〜」


「もしや、彼は武器創造クレアツィオーネを使えるかもしれません」


「それは私も思う。御三家はきっと、彼が一ノ瀬詩織の再来と喜んでいるでしょうね。お父さんに彼に興味はないかって言われたし」


「おや、それは婚約しろという意味ですかな?」



 初老の男性は少し目つきが鋭くなるも、極めて冷静にそう尋ねる。



「どうなんだろ。でもうちのお父さんは野心家だからそういうことかもね。それに華澄ちゃんもきっと、そう言われてるわ」


「清涼院はともかく、西園寺と有栖川は彼の遺伝子を欲するのも無理はないでしょう。それに御当主様は研究者でもある。興味を持って当然ですな」



「お父様は綾小路紗季の後天的能力理論が気に入らないみたいだからね。先天的な能力を説明するために優秀な遺伝子が欲しいんでしょ」


「クリエイターもそこまでいくと、道具みたいですな。まるで実験動物。これはいつか問題になるかもしれません」


「私もそう言ってるんだけど、言うこと聞かなくて。学生の女の子に手柄を取られたのが気にくわないんでしょ。そういうとこは本当、器が小さいっていうか」


「ははははは! なかなか、毒舌ですな! 今のは聞かなかったことにしましょう!」


「ふふ。ありがと」



 奏は後天的能力理論を支持している。なぜならば、彼女は自分が本当に天才ならこんなに努力しなくてももっと強くなれると思っているからだ。



 血反吐を吐く思いで、何もかもを捨てて、自分というクリエイターを極限まで高める。どこまでも無駄を削ぎ落とし、突き詰めるような過酷な努力。今はそれも習慣化しているため、そこまでの苦痛は感じない。だが、これだけしても勝てない相手はまだまだいる。


 去年、御三家の伝手で倉内楓と戦った。三校祭ティルナノーグの準優勝者。相手に不足はない。彼女は勝てると思っていた。



 自分に勝てるものはもう日本にはいない。だが、負けた。完膚なきまでに。しかも相手は属性具現化エレメントリアライズを使用していない。純粋な日本刀による剣技と完全領域フォルティステリトリーと言うVAだけで完封された。



 彼女は最後にこう言った。


「あなた、まだあの領域には届いてないようね。でも素質はあるわ。きっとそのまま努力を続ければ辿り着けるかもね」



 あの領域とはなんだ? クリエイターにはまだ何かあるのか? わからない。私はそれなりの知識はあるが、研究者のような専門的な知識はない。なんなのだろう。でも彼女は言った。努力を続ければいいと。ならば今までと変わらずCVAを振るうだけだ。



 奏はその想いを胸に今も努力を続けているのだった。







「――――――フッ!」



 一閃。日本刀がひらひらと舞う木の葉を真っ二つではなく、細切れにする。鮮やかすぎるのその技術。繰り出したのは、去年の三校祭ティルナノーグ覇者。清涼院せいりょういんまこと。ICH福岡校の3年にして生徒会長である。



 腰まである長い黒髪に、和服を着ている彼の姿はまさに昔ながらの侍のようだった。



「お見事です。まこと様」


「あぁ、いたのかなぎ。気がつかなかったよ」


「邪魔をしてはいけないと思い、気配を消していました」


「それで、何かようかな?」


「明日のパーティーの件なのですが・・・・・・・」


「あぁ、そのことか」



 そして、誠と凪は話を続ける。



「ふぅ。とりあえず予定はわかったよ。ありがとうわざわざ知らせてくれて」


「い、いえっ! 滅相もございません!」



 彼女の名は上杉うえすぎなぎ。代々、清涼院家に仕える家系の長女である。仕事は清涼院家の経営する会社で秘書をしている。また、それに加えて誠の世話もしている。


 誠はもういい歳なのだから必要ないと言うが、凪は何かと理由をつけて彼の世話をしたがる。というのも彼女は誠に惚れているからだ。



 だからこそ、未だに話をするときは顔が赤くなってしまうのだった。



「それにしても、今年はいい選手が多いみたいだよね」


「そうですね。御三家の他の方々も順調に勝ち上がっているようですし。あとは、あの七条歩という謎の少年ですね」


「彼の家は調べたけど、特に何かあるわけでもなかった。両親が死亡している以外は特筆すべきとこはない。だが、あの実力は間違いなく全国クラスだ。楓も喜んでいるだろうね」


「倉内様は戦闘が大好きですからね。去年の決勝も死闘でした」


「あれはもう二度としたくないね。お互いに死ぬとこだったよ。なんとか勝ててよかったけど、実力は伯仲してた。最後は運で勝ったからね」


「何をおっしゃいますか! あれは誠様の実力です!」


「ははは。ありがと」




 七条歩は御三家に認知された。それが良いことなのか、悪いことなのかは誰にもわからない。



 御三家と理想アイディールの台頭。今年の三校祭ティルナノーグはどうなるのか。世界はどうなっていくのか。



 こうして、騒乱の日々が幕を開ける。

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