第51話 決戦前夜

「やぁ、待ってたよ」


「すいませーん、ちょっと遅れちゃいました」


 今の状況は紗季がカフェのテーブル席に座っており、そこに椿がやってきたという形となっている。


 椿は前日に紗季から呼び出され、渋々ながらもやってくるのだった。なぜならそれは歩についての話だからである。


「それで、今日はどんなご用事ですか?」


「歩のことだよ。どうも気合が入りすぎな気がしてね」


「あぁ。あの女の件ですね。正直、胸糞悪いですが仕方ないですよ。お兄ちゃんはああなったら止まりません。それは紗季さんも知ってますよね?」


「そうだけど、ね。少し心配なんだよ」


「何がですか? お兄ちゃんは負けませんよ? 誰よりも強いんです。ジュニアの世界覇者が言うんだから間違いないですよ」


「それはかなり主観的だと思うけど・・・ それより、僕が言いたいのは彼の心の問題だよ」


「それは・・・ 確かに・・・」


 紗季は頼んでいたコーヒーを一気に飲み干すと、さらに話を続ける。


「歩はどこまでも誠実で実直な男だ。それは椿ちゃんも認めるとこだろう。でも、やっぱりあの人のことを引きずっている」


「そうですね・・・ 詩織しおりさんの事ですよね?」


一ノ瀬いちのせ詩織しおり。前回の世界大会覇者にして、歩の師匠である彼女は・・・ きっと楔のように歩の心を締め付けているんだろう」


 一ノ瀬いちのせ詩織しおり。前回の世界大会覇者にして、初の女性覇者。そして特筆すべきは、彼女のCVAはワイヤーなのである。


 そして、一ノ瀬詩織と七条歩にはワイヤー以外にもある共通点があるのだがそれを今知っているのは紗季と椿のみ。


「でもお兄ちゃんが、彼女を糧にして頑張れるのならいいんじゃないですか・・・?」


「本当にそう思うかい? 今の彼はどうも焦っているように見えるよ。あの心の強さは昔からのものだけど、今の歩は・・・ どうにも引っかかってね」


「私も・・・ 思うところはあるんです。でも、なんて言ったらいいか・・・」


「とりあえずは、気に留めといてくれよ。今は椿ちゃんが最も歩に近いんだ。今日はそれを言いたくて」


「分かりました。それで・・・ 今日は紗季さんのおごりですよね?」


 ニヤッとしながら品のない表情かおでそう言うが、紗季はあっさりと了承するのだった。


「いいよ、今日は僕が呼んだんだしね」


「やったー! ありがとうございまーす!!!!」


 そして、それから椿はケーキを注文しまくるのだが紗季はその様子をニコニコと見守っていたのである。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「おい、相良さがら。ちょっと調整付き合えよ」


「えぇ。またかよ・・・ まぁいいけどよ・・・」


 翔と雪時は、歩を通じてそれなりに仲良くなっており、最近はよく二人でリーグ戦に向け模擬戦をしている。


「よし。じゃあ行こうぜ」


「はいよ」


 そして、とぼとぼと翔の後についてくのであった。






「おらああああああああッ!!!!!!!!」


「フッ!!」


 バスタードソードを振るうも、雪時はそれを難なく躱す。


 しかし次の瞬間、バスタードソードが急激に切り返され、再び雪時を襲う。


「くそっ!!! 何だそりゃ!? 物理的にありえねぇだろ!!?」


「ふ、あり得るんだなこれが」


「ここは使ってみるか・・・ 没頭フロー


 没頭フローに入った雪時は、CVAとVAのパフォーマンスが一時的に急上昇する。以前に比べかなり馴染んでいるようで今回はすぐに使用することができたのだった。


 そして、没頭フローで強化された加速アクセラレイションを使うことで相手の攻撃を何とか回避する。


 一方、必中と思った一撃を回避され、翔は敢えて声に出して反省をする。


「くそ、まだまだだな。俺も・・・ 歩さんに教えてもらってるのに、こんな状態では顔向けできない。精進あるのみか」


 二人は互いに一旦距離をとる。


「さぁ、仕切り直しと行こうぜ。俺の新しいハンマー捌きを見せてやる」


「あぁ、俺も歩さん直伝の体捌きを見せてやるよ」


 

 それから一時間ほど、二人は戦い続けるのであった。




「ふぅ。いい練習になったな」


「お前は最近俺をよく誘うよな。何か意図があるのか?」


 二人は現在、第4アリーナの休憩室におり、スポーツドリンクを飲みながら会話をしている。


「いやない。強いて言うなら、お前ぐらいしか相手してくれる奴がいない」


「前に取り巻きみたいのがいなかったか?」


「あいつらは離れていった。今は孤独に鍛錬する時だからな。それも仕方ないだろう。強くなるには一人で没頭する時間も大事だ。あいつらは今の俺みたいに自分を限界まで追い込む気はない。それに無理に付き合わせるのも悪いしな」


「・・・お前って、歩と戦ってから本当に変わったよな。そんなに感銘を受けたのか?」


「あれは感銘なんてレベルじゃないな。本能が歩さんについていけと命じたんだ。あまりスピリチュアル的な話は信じないが、あれは運命だったな。歩さんに弟子入りしたおかげで俺はさらに強くなっている。このまま、謙虚にコツコツと努力を積み重ねるさ」


「まぁ、そうだな。継続は力なりだからな!! 俺も残りの試合頑張るかー!!」


「そうえば、次の歩さんの試合はあの長谷川葵だが・・・ 実際どうなんだ? すでに戦った身としては」


「そうだな。とりあえず、あの凍結グレイシアとかいう属性具現化エレメントリアライズはヤバイ。汎用性が高すぎるし、攻撃も一撃一撃が重い。それに加えて、あの爆発技。大鎌を振るだけで爆薬をフィールドにばら撒いているようなもんだからな。正直、あれをどう攻略するのか楽しみだな」


「なるほど。確かに、あれを相手できるとしたら一年の中では有栖川華澄と歩さんくらいだろうな。しかし、どうも歩さんはあの女にストーカーというか、かなり執着されているらしい。正直、俺の手で鉄槌を下したいが歩さんは自分でなんとかすると言っていたからな。きっと、大丈夫だろう」


「そうだな。あいつならなんとかするだろう。しかし、女性関係のトラブルは怖いな・・・ あいつ無駄にモテるから大変だろうな」


「なんだ? 羨ましくないのか?」


「うーん。少しはそういう気持ちがないわけでもないが・・・ あのレベルまでいくともはや同情しか覚えねぇよ・・・」


「歩さんに女が群がるのは仕方ないだろう。あの人は最高に魅力に溢れた人だからな。ワイヤーというCVAなのにあそこまで強い。それだけで女が気にかけるのは無理もない。加えてルックスも中性的でいいしな。やはり、我が師匠は完璧だな。ふっ」


「お前の歩推しもなかなかすごいな・・・」



 少し呆れながらそういう雪時だが、彼はそのままどこか楽しそうに会話を続けるのだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「どう思う紗季?」


「うーん、正直戦闘的な対策は専門じゃないからなぁ。僕の意見を聞いてもしょうがないと思うよ?」


「そんなことないですよ!! 紗季さんの意見は大事です! だってお兄ちゃんが聞いてるんですから!!」


「いや、それは根拠としていいものなのかい・・・?」


「ははは。でもとりあえず、率直な意見を聞かせて欲しいな」



 椿と紗季はカフェである程度時間を潰すと、医療工学科にある紗季のラボへと移動し、歩と合流するのだった。


 明日は葵との試合。本来ならば、一人で黙々と対策を立てるのだが今回は様々な事情があるため紗季の意見を求めに来たのだ。


 ちなみに、椿が着いてきたのは予定にないことで歩は彼女が紗季と一緒に来たことにかなり驚いていた。


「うーん。とりあえず、凍結グレイシア固有属性形態オリジナルエレメンツはこれ以上にも技があると見た方がいいだろうね。先日の試合では、防御系の技と攻撃系の技、両方を使用していたしね。もう少しバリエーションがあっても不思議ではないだろう」


「なるほど。確かにそうだけど、彼女の方は負担はないのかな? 属性付与エンチャント系とはいえ、属性具現化エレメントリアライズはかなりの負担がある。持久戦に持ち込むべきか迷ってるんだよね」


「私は、あの人に持久戦は持ち込まない方がいいと思うよ。全属性蝶舞バタフライエフェクトを使ってるからわかるけど、属性具現化エレメントリアライズを使ってる時って、全体的にCVAもVAもパフォーマンスがちょっとだけ上がるんだよね。だから下手に持久戦に持ち込むと、逆にお兄ちゃんがやられちゃうかも」


「そうだね。データでも属性具現化エレメントリアライズはものにもよるけど、CVAもVAもある程度強化されるものが多いね。彼女との試合で無駄に長引かせるのはやめたほうがいいだろう」


「なるほど。そこはじゃあ調整しとこうか」


 デバイスを操作しながら、葵との戦闘への考察を書き込んでいく。そのデータはもはやクリエイター一人のデータとは思えないほど膨大であった。


 今までもこうして対戦相手のデータはまとめていたが、いつもはこれほどではない。


 彼はそれだけ葵との試合に全力で臨むつもりなのだ。負けは許されない。どこまでも勝利を追求するその姿はもはや、異常と言って過言ではない。


 しかし、椿も紗季もそのことはなかなか言えずにいるのだった。


 言及してしまえば、歩の邪魔になる。彼のひたむきな成長を妨げるなんて烏滸おこがましいことはできない。だが、その一方で心配する面もある。


 二人はいつもハラハラしながら歩のことを見ているのだが、彼はそのことには全く気がつかずに純粋に勝利を求めるのだった。



「問題は、俺の技をどこまで使うかなんだよな。ARレンズとの調整もあるし、そこはよく考えないと」


「確かにそれは大事な問題だ。君の場合は戦闘で切れるカードが多い分、どれを使うかよく考えないといけないからね」


「お兄ちゃんは器用すぎるよね・・・ どんだけ技を開発すれば気がすむのってくらい色々持ってるもんね」



 椿は若干呆れながらそういうが、その言葉には彼女なりの尊敬の念がこもっていた。


 どれだけの努力をすれば、そこまでの技を創り上げることができるのか。どれほどの想いがあれば、そこまでの努力ができるのか。


 いくら兄妹とはいえ、そこは根本的に相入れないのであった。


「まぁ、VAはいつも通り使うかな。複眼マルチスコープ支配眼マルチコントロール俯瞰領域エアリアルフィールドは学年代表選レベルだと必須だからね」


「でも基本的にそのVAがあれば、大丈夫なんじゃないかな? 僕としては問題は創造秘技クリエイトアーツだと思うんだよね」


凍結グレイシアを突破するには、何かいるかもね。お兄ちゃんの色彩秘技ファルベリオンアーツもなかなかいいけど、相手は属性具現化エレメントリアライズだし、色々と考えないとね」


「あぁ、これは前途多難だな・・・」


「お兄ちゃん! 元気出してよ! お兄ちゃんが負けたらあの人の言いなりなんだよ! 正直あんな約束するのは最悪だと思うけど、しちゃったんだから勝たないと!!」


「歩、君が言ったんだからちゃんと勝ちなよ? そうでないと本当に大変なことになるからね」


「うん・・・ 頑張ります」


 それから3人は夜までずっと話し込むのであった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「ふふふふふ。歩、待っててね。もうすぐあなたは私のもの・・・」


 大鎌のCVAを撫でながらそいう彼女は、完全に狂っていた。



 明日の試合が待ち遠しくて仕方がない。彼女の心には負けるなどという言葉はない。勝つのは自分だと。たとえそれが歩出会ったとしても。



 彼女には属性具現化エレメントリアライズがある。その能力の存在が彼女をそう思わせてしまう。


 あの圧倒的な強さの前に勝てる者などいない。だから、明日の試合が終われば自分はやっと救われるのだと思い込んでいる。



「はぁ・・・ もう、本当に待ちきれない・・・ 歩は私に試練を課したのよね? 愛故にそうしたのよね? そうよね? 歩は意味のないことはしない。だってずっと、ずーっと私を褒めてくれたんだもの・・・・・・ 褒めて褒めて、そして私という個人を認めてくれた。彼だけが認めてくれたの・・・ だから、頑張らなきゃ。頑張って、褒めてもらわなきゃ・・・」



 やはり彼女が求めているものは彼、本人ではない。褒めてくれる人、自分を認めてくれる人を欲している。


 どこまでもいびつな承認欲求。それが彼女をさらに駆り立てる。



 際限のない欲望。もはやそこに自分の意志などない。彼女はなぜ自分がそうしているのかということもわからない。理性など存在しない。


 あるのは本能だけで生きている獣のような、考えのみ。


 葵はそのことに全く気がつかずに、CVAを手入れし明日の試合の準備をする。



 決戦前夜は互いに、相手のことを考えていた。


 一方は、必ず勝つために。そしてもう一方は、相手を手に入れるために。


 こうして、彼と彼女は激突することになる。その先に何が待っているのかも知らずに。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「はい、わかっています。彼女のコントロールはほぼ完璧です。私が授けた技も問題なく使えているようですし。はい、はい。それでは失礼します」



 長谷川はせがわ小夜さよはICUにある自分のラボでとある人物と通話をしていた。


「はぁ・・・ 葵も本当にかわいそうな子よね。でも仕方ないわ。私たちの理想を成し遂げるためですもの。それなりの犠牲は必要。彼女には生贄いけにえになってもらうしかないわ」



 彼女の正体は理想アイディールの特殊工作員。



 小夜がそうなったのは、ICHである人物と出会ったからだ。


 それからはずっと理想アイディールの目的を果たすためにひたすら努力をした。辛い日々だった。しかし、彼女の想いは今の葵と同等かそれ以上に執念じみたものだった。



 その想いが本当に自分の内から生じたものではないとも知らずに、彼女は進んでいった。


 しかし、それは問題ではない。誰かに操作されていても彼女は今に満足しているのだ。誰かに操作されていても自分のこの想いは本物である。たとえ、錯覚だとしても自分が満たされているのならそれでいいのだ。



 無意識的にそう考えているからこそ、彼女はここまでのことができた。



 昔から仲が良かった、妹のような可愛い存在を手にかけた。罪悪感はあるし、罰せられても文句は言えない。


 だが、止まらない。もう理想アイディールは進んでしまったのだ。それならば彼女も進むしかない。


 葵のことは本当に心から愛している。あの両親に育てられたかわいそうな葵をなんとかしたいと思い、小夜は健気に彼女と交流を深めた。


 きっと、小夜の存在がなければ葵は自殺していたかもしれない。当時は彼女を利用するなど考えていなく、純粋に救いたかった。


 今はその想いすら利用してしまった。あの頃に戻りたいとは思わない。過去は過去だ。自分は、今を、そしてこれからの未来を生きていく。


 そのために葵を利用したのだ。今更どうしようもないと、小夜は考えている。だがそう思うことはすでに後悔していることなのだが、彼女は気がつかない。


 その身を焦がす想いが彼女の思考を鈍らせる。



「葵・・・・・・ 明日の試合ですべてが終わる。きっとあの七条歩を手に入れることができる。そう、私は成功する。大丈夫、大丈夫よ・・・」



 様々な人物の思惑が交錯する中、七条歩と長谷川葵は戦うことになる。



 世界は変化せずにはいられない。それはいつの時代もそうである。誰かが切り拓いていくことで、人類はさらなるステージに進んでいくのだ。



 こうして、七条歩は本格的に騒乱の日々へと巻き込まれることになる。

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