第35話 Another View 6 彼女の考察
「ただいま〜、って言っても誰もいないんだけど....」
葵は指紋認証で自動ドアをあけると、すぐさまシャワールームに向かう。
彼女は現在マンションで一人暮らしをしており、両親とは別に暮らしている。
昔からVAについての研究をし、多少なりとも成果を出してきた彼女はある程度まとまった金を持っているので、生活費などは全て自分で支払っている。もちろん、ICHの学費も全て自分で出しているのであった。
この金銭的な問題は両親ともめた結果なのだが、葵は今はもうそれほどその事は気にしていなかった。
(改めて考えると、おかしな点が多い。まずは、あの男の目的。なぜ私を殺そうとしたのか。今まで会った事も無いのに、あっちは私の事を知っているようだったし。それに加えて、一回殺されたのに戻ってきたとしか考えられない現象。しくじったわ、つい興奮して殺す事しか考えられなかった...)
シャワーで血を洗い流しながら、今日起きた出来事を冷静に振り返る。
女性特有のなだらかな身体から、血とお湯が流れていく。彼女はシャワーを出しっぱなしに、壁に頭を押し付けたまま思考する。
(でも、殺してしまったものは仕方ない... 今考えられるのは、あの奇妙な現象だけ。確かに、あの時の痛みと恐怖は本物だった... そして意識がなくなったのも... う〜ん。これ以上は今考えても、仕方ないか)
すると突然、頭に鋭い痛みが走る。
(
彼女はそのままシャワールームを出て、身体を拭いてからリビングへと向かった。
現在の時刻は5時30分。朝のニュースも放送を開始し、彼女はそれに目を通す。集中してニュースを見ていると、突然インターホンが鳴った。こんな時間にインターホンが鳴る事は普通ならばありえないが、彼女はそれが誰が鳴らしたのか分かっているようで、少しため息をつく。
「はぁ、またこんな時間に...」
半ば呆れつつも、デバイスを展開しインターホンに応じる。
デバイスはあらゆる電子媒体とリンクできるのでこのようにインターホンに応じ、そして家のドアのロックを解除する事も可能なのである。
「姉さん、鍵は開けたから勝手に入っていいよ〜」
そう言うと、玄関から20代と思わしき若いロングヘアーの女性が足をフラフラとさせながらリビングに入ってくる。
「葵〜、今日も飲み過ぎちゃったぁ〜」
かなりの量の酒を飲んでいるようで、全身からは酒特有のアルコール臭がしていた。ロングヘアーの髪はぼさぼさになっており、酔っぱらっている事が容易に分かった。
葵はすぐさま彼女の肩に腕を回し、なんとかリビングまで連れて行こうとする。
「はぁ、水でいい?」
「うん、お願い。うっぷ。ちょっと吐きそうかも....」
「ここで吐かないでよ〜」
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、コップに注ぐ。そして、葵はそれを倒れ込んでいる女性に渡す。
「はい、どうぞ」
「ううっ... ありがとう...」
そう言いながら、一気に水を流し込む。その後はずっと机に突っ伏す彼女。長い髪が机に乱雑に広がり、その様子を見た葵は彼女にある提案をする。
「シャワー浴びてきたら?」
「あぁ、そうね。そうするわ....」
フラフラとした足取りのまま、彼女はシャワールームへと向かった。
「はぁ、相変わらず姉さんは人騒がせな人ね...」
迷惑そうにいう葵だが、その表情はすこし嬉しそうにも見えた。
先ほど人間を殺してきたと言うのに、葵の精神は非常に安定していた。彼女は自分がサイコパス――反社会的な人格――であると自覚している。他人の気持ちなど分からないし、罪悪感や後悔の念などもない。また社会の規範を犯す事にもためらいを覚えないのだ。
そんな自分の事をよくしているからこそ、彼女は先ほどのように人に応対できたのだった。葵にとって、人を殺すなんてありふれた日常的な出来事の一つなのである。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「うぃ〜、あがったよーん!」
シャワーを終えてきた彼女は下着を身につけただけでリビングへとやってきた。
「はぁ... もうちょっと女らしさってものを身につけて欲しいね... 切実に...」
そう不満を漏らしながら、葵はドライヤーを持ってきて彼女の髪を乾かし始める。
「おっ、悪いね〜。いつもの事ながら葵のブローは気持ちいいよ〜」
「いや、ブローにそこまで違いとか無いでしょ」
「いやいや、血のつながった妹にされるだけでそれはプライスレスなんだよ〜。葵は分かってないな〜」
「まぁ、妹って言っても
「もう葵は〜。そういう現実的で冷めたところは可愛くないな〜」
「はいはい。
「あぁ... あんたの外面は... もはや演技レベルだよね... ていうか別人?」
「まぁ、どっちの私も本当の私だよ? でも外面はある程度作らないと面倒な事も多いしね〜」
他愛な会話をする二人だが、そこには長年の付き合いだからこその親密さがあった。
葵の自称姉と言っている彼女の名前は、
葵ほどではないが小夜も同年代の中ではずば抜けて研究者としての実績を残している。専攻はCVA学の中でも、CVA属性学を専攻している。現在は
「で、今日は何しにきたの?」
唐突に葵が小夜に尋ねる。小夜は少しけだるそうにその質問に答えた。
「研究が長引いてね〜。で、こんな時間になったから近くの葵の家で仮眠でも取ろうと思って、来ちゃった。迷惑だった?」
「いや、別に良いけど... でもいつもくるときは、アポとれって言ってるよねぇ? その頭には何が入ってるのかなぁ?」
そう言うと葵は小夜の頭を抱え込み、力の限り締め上げる。
「ちょ、いたいいたい痛い!!!! ごめんってば!!!! あー、次からはちゃんと連絡しますううううううううううううう!!!! あがががががっががががが!!!! 痛い痛い!! ギブギブ!!」
「そ、よろしくね」
葵は腕の力を急に緩め、小夜をフローリングに投げ捨てた。どさっという音と共にくぐもった声が室内に響いた。
「ぐふぅ.... 葵はやっぱり武芸科だけあって力強いね...」
フローリングに突っ伏しながら、そう言う小夜。しばらくそのままの状態だったが、立ち上がるとおもむろにソファーに腰かける。
一方、葵はいつの間にかキッチンに移動しており、朝食を作っていた。
「聞いてよ葵〜。今、
「ふーん、まぁ
調理の片手間にそういう葵だが、会話はしっかりとしようと思っていたのだった。というのも、以前上の空で返事をしていたらかなりしつこく絡んできたので、そうならないように会話はしっかりとしようと心に留めていたからである。
「ほら、私って他の人と同じ事したがらないじゃない? だから誰もがしないような研究がしたくてさ〜。その方が絶対楽しいと思ったけど... やっぱり辛いよおおおおおおお。助けてよ〜、葵〜!!」
「何回も言ってるけど、私の専攻はVA学だから無理です。CVA学の中でも、
葵は調理したベーコンエッグを皿にのせ、そのままダイニングテーブルへとそれを運ぶ。
「ほら、姉さんの分も作っといたよ。どうせ飲んでばっかりで、ろくに食べてないんでしょ」
「おぉ〜、助かるよー。最近、忙しくてあんまり固形物はお腹に入れてなかったからちょうどよかった〜。それに葵の作る料理は美味しいしね!」
そういうと、小夜はソファーから立ち上がり軽くスキップをしながらテーブルに移動してくるのだった。
「いただきます」
「いただきま〜す!」
二人とも黙々と朝食を取り始める。
現代はこのようにわざわざ調理をしなくても、高品質の既製品が食事の主流となっている。
しかし、やはり手作りの需要は未だにあり、このように自炊をする人も多くいる。
既製品は栄養のバランスが取れているものが多いのだが、葵はそれでも自分で料理を作るのが好きで、毎日自分で食事を作っているのであった。
「そうえばさ、葵は私に何か聞きたい事ないの?」
「え...? どうしてそう思うの?」
実際に、葵は小夜に聞きたい事があったのだが、彼女が疲れているのを考慮して今日は聞く事をやめておこうと思っていたのだ。
しかし、突然自分の内心をあてられた葵は少し動揺してしまう。
「ん〜? なんとなくかな〜。長い付き合いだしね、何となく分かるよ」
にっこりと微笑みながら、小夜はそう言った。
「姉さんにはかなわないなぁ。無駄に年齢は重ねて無いね」
「ちょっと〜、毒吐くなら聞かないぞ〜」
「冗談だって、それにご飯と住居まで提供してるんだからそれくらいいいでしょ」
「うぐ... それを言われるとぐうの音も出ない...」
小夜は思わず食べる手をとめてしまう。葵はその様子をじーっと見ていたが、小夜は話題を再び戻した。
「まぁそれはそれということで! で、ほら話したい事あるならいいなよ!」
葵はしばらく考えた後、自分の悩みを
「...............姉さん。時間操作系のVAって存在すると思う?」
「......ん? 時間操作系のVA? それは.... どうだろ....? でも常識的に考えて、それは存在しないと思うよ。VAで外的事象や物体に干渉できるものはまだまだ少ないし。それに時間に干渉するって言っても、いろいろあるしね」
「そう、だよね... やっぱり普通は無いと考えるのが普通だよね」
そういうと葵の表情は徐々に暗いものになっていった。
そもそもVAは、正式名称のVital Abilityという名の通り人間という生命がクリエイターに進化または変化する過程で生じた副産物である。そのため、その能力は身体に関連するものが過半数を占めている。時折、外的事象や物体に干渉できるものもあるが現在の時点で確認されているVAはほとんどない。
外部の情報を得てそれを自分の身体で読み込むもの、例えば、
つまりは、外的事象や物体
そのため葵は悩んでいたのだ。常識的な考えが当てはまらない現象はいくらでもある、しかし時間という非物資的な概念が関わっている現象はかなり高度なテーマとなる。そもそも、時間と言うのは絶対的なのかそれとも相対的なものなのかと言う概念さえも未だにはっきりしたものは無いのだ。
葵はいつもは自分でそのようなことを考えるのだが、今回ばかりは重すぎる内容だったため小夜に相談したのだった。
ちなみに、クリエイターは人類が進化した姿と考えられているが、やはりキリスト教などの宗教の影響もあって進化論は未だに否定される傾向にあるので、世界的にはクリエイターは人類が変化したものと定義されている。
「時間といっても、葵が言いたいのは相手の体内時間を狂わせるとかいった人体干渉計のVAの話しじゃないよね?」
「うん、私が言いたいのは時間旅行とか時間跳躍の話。でも、やっぱりないよね。う〜ん....」
「ないと考えるのが、普通だね。というより、なんでそんな事思ったの?」
普通の人間ならば、ここである程度の動揺が見られてもおかしくないのだが葵は平然と嘘をつくのだった。
「最近読んだ小説が時間関係のものだったから、それの影響でちょっと思っただけ。そんなたいした事じゃないよ。聞いてくれてありがと」
先ほどの戦闘のことはいっさい触れずに、葵はこの話題を打ち切った。小夜もこれ以上聞くつもりはないようで、再び朝食を食べ始めた。
「いえいえ、聞くぐらいお易い御用だよ。でも、確かに研究とかしてるとなんでもCVAとかVAに応用できないかな〜って考えちゃうよね〜」
それから軽く世間話をしつつ、朝の時間を二人で過ごしたのだった。
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