第33話 考察と約束

 

「実は――――――――極限集中アブソリュートゾーンを使ったんだ... ごめん、紗季...」


 そう言って頭を下げる歩。今までとは異なり今回は心から申し訳なさを感じているのか、かなり深く頭を下げる。


「それは... 歩が理想アイディールの連中と戦ったときに使ったのかい?」


 一方、紗季は謝罪についてではなく使った時について言及してきた。


「やっぱり、紗季は知ってるか。そうだよ、あのときに使わざるを得なかったんだ。言い訳じゃないけど... たぶん、使ってなかったら... 最悪死んでたと思う」


 歩は声が少し震えており、顔つきもかなり暗くなっていた。紗季の方はその発言を聞き、手をあごに当ててうなりながら考え込む。


「うーん、なるほどね。まぁ極限集中アブソリュートゾーンを使った事はもう終わった事だからいいよ。でも、気をつけてくれよ歩。アレはまだ詳しく解析できてないし、どういった副作用があるかも分からないんだ。今後は慎重に考えてから使ってくれよ? ただでさえ、歩はアレに入るが命に関わるんだから」


「そうだね... 今後はもう少し考えてから使うよ」


「てか、歩ならアレを使わなくても他の創造秘技クリエイトアーツでどうにか出来たんじゃないかい? 僕が知る限りでも、群を抜いて凄いやつがいくつかあるじゃないか」


「いやー、実はあの時は冷静じゃなくて極限集中アブソリュートゾーンに入るしか活路が無いと思ってたんだ。今考えると、リスクの低い創造秘技クリエイトアーツを使うべきだったね」


 反省の念も込めてそう言うが、紗季はその言葉に驚いたようで目を大きく見開いていた。


「え... 歩が冷静じゃないなんて珍しいね... さては、そのときに有栖川家のお嬢さんがやられたんだろ? 君は自分のことではあまり動揺しないはずだからね」


 紗季は自分が的を射た事を言ったと思っていたが、歩から返ってきた返答はその予想に反するものだった。


「それもあるけど、相手は氷結世界グラツィーオスフィア神速インビジブルを使ってきたんだ。データ上では知ってたけど、実戦で使用された事にかなり驚いたのが一番の要因かな」


「それは... 本当かい...? その二つを同時に使えるクリエイターとなると世界でも限られてくると思うけど...」


 紗季はにわかには信じられないようで、発言の後半は歩ではなく自分に言い聞かせているように言う。


 氷結世界グラツィーオスフィアとVAの組み合わせは当たり前と思うが、その中でもレア度SのVAとなると話しは違ってくる。


 通常、クリエイターにはCVAとVAを使える能力使用限界値――キャパシティ

 という物が存在する。


 例えば、あるクリエイターのキャパを100とすると、氷結世界グラツィーオスフィアは80も容量を必要とするので残り20でVAとCVAを操作しなければならない。


 だからこそ、属性具現化エレメントリアライズ使用中は使用できるVAはおのずと基礎的なキャパの少ないものに限られてくる。


 属性具現化エレメントリアライズ中にキャパの大きいVAを使用できるクリエイターもいるが、それは本当に稀な存在なのである。


 そのような理由から、紗季はありえない組み合わせと思い驚愕せずにはいられなかったのだ。



「そのことも含めて今日は紗季に会いにきたんだ。これを見て欲しいんだけど」


 歩はデバイスを起動し、モニターを紗季に見せるためにプライベート設定を解除する。歩のモニターに映っているのは、あの時戦った竹内たけうち直継なおつぐのデータだった。


「この竹内たけうち直継なおつぐと戦ったんだけど... 明らかにプロ時代のときより強くなっていたよ。というより、強くなりだね。あれから改めて、調べてみたけど理想アイディールは予想以上に大規模な組織だと思うよ」


 映し出されたデータを見つつ、紗季は唐突に思い出したように話し始める。


「あ、そうえば、その竹内直継はまだ生きてるんだろ? 面会は無理なのかい?」


 そして、歩は少し顔をしかめてその疑問に答える。


「無理だね、有栖川家が経営してる病院に入って厳重に管理されてる。しかも、国もこの事で動いてるみたいだ。当事者と言っても、一介の高校生じゃ相手にされなかったよ」


「なるほど、そう言う事か... ちょっと、待ってくれ歩。調べ事なら、僕のIDを使って国のデータバンクを見た方がいいはず」


 紗季もデバイスを取り出し、竹内たけうち直継なおつぐについて調べ始める。モニターを一気に20ほど展開し、高速でモニターにタイピングをする。歩はデフォルトで多面ウインドウは3に設定しているが、紗季は20に設定している。彼女は一度に20以上のモニターの情報を処理できるほど、脳の処理速度並外れて速いのだ。


 そして、彼女は既に日本だけでなく世界有数の研究者なので、アクセスできる情報量は一般のクリエイターよりもはるかに多い。通常はアクセスできない国立機関のデータバンクも研究の為にアクセス事が出来るのだ。


 データバンクは主に、一般向けの者と研究者向けの者が存在する。一般向けはかなり情報が限られており、今のように特定の個人を調べるには向いていない。


 一方、研究者向けのデータバンクは情報量が桁違いに多い。非公開にされているVAが掲載されているのはもちろん、今までの歴史上で発現したCVAとVAはほぼすべて網羅されている。またアップデートも定期的に行われているので、ここにアクセスできるだけで世界最先端のクリエイターについての情報を得る事が出来るのだ。


 ここにアクセスできるのは実績のある科学者、または国の中でもトップレベルのクリエイターだけである。


 しかも、紗季がアクセスできるのは国家機密とまではいかないまでも、そこに迫る研究者さえも知り得ないデータにアクセスできる。それだけ世界的に認められた研究者というのは優遇されるのだ。



「竹内直継は、たしかにこれまでの実績を見てもいわゆる中堅で、突出したものはないね。隠していたとしても、この潜在能力ポテンシャルからして属性具現化エレメントリアライズとレア度SのVAを使えるのはおかしいね」


 紗季は大量のデータを処理しながらそう答える。歩もデバイスで操作をしているが、紗季の話しはしっかりと聞いており会話を続ける。


「そうなんだよ。神速インビジブル氷結世界グラツィーオスフィア内だけで使えるとは言ってたけど...」


「なるほど、氷のおかげで摩擦係数はかなり低くなるからね。それを応用して加速アクセラレイション神速インビジブルまで引き上げるのは理論上可能だね。ただ、氷結世界グラツィーオスフィアを使えるのは、かなり気がかりだ。僕の専攻はVAだからCVAについてはそこまで詳しく分からないけど、属性具現化エレメントリアライズは後天的でなく、先天的なものと論文で発表されてるから、やっぱり何か引っかかるね...」


 一旦モニターを操作する手をとめ、思案する。だが、答えは出ないようで唸り始める紗季。そんな様子を見て、歩はある可能性を提示する。


「紗季、これはあくまで可能性なんだけど... クリエイターはある程度カスタマイズ的なことができるんじゃ... つまりは後天的に能力を自由に獲得できる可能性があると思う... 俺のVAとCVAの能力から考えても、その線は捨てきれないと思うんだ」


「Genetic Manipulation――――遺伝子操作か... それもCVAとVAを後天的に獲得できるほどのものか... 確かにクリエイターは今までの人類と基本的な部分は同じだから遺伝子工学の理論を応用できるけど... 加えて幹細胞、そのなかでもES細胞の技術を応用すれば、理論上は可能... とうとう、この時代にその技術を実際に応用するやつがでてきたか。僕もその可能性は考えてたけど、歩に言われて確信に変わったよ。理想アイディールはおそらく、クリエイターを意図的に改造カスタムしているね。ただ、まだその技術は全てのクリエイターに応用できるほど体系化できるレベルには至って無いと思うよ」


 紗季は自分に言い聞かせるのも含めて、歩言われた考えに自分の考察を付け加えて意見を述べる。互いに、かなり緊張しているのか空調が効いていないわけではないのに、汗が滴っていた。


 それだけ、この話題は危ういものなのだ。


 クリエイターのあり方そのものを変えてしまう、CVAとVA操作理論の体系化。そうなれば、これから作りだされるのはより人工的な人類になってしまう。人間がなんでも操作してしまう世界の危うさは環境問題をみても容易に分かる。現在は環境問題は昔に比べて改善に向かっているが、未だに問題はある。


 それが、人間そのものに当てはめるとかなり危険だという事が分かる。それは倫理的、宗教的、生命的な問題が絡んでくるからだ。特に宗教関連は過去の歴史から見ても、戦争に発展しかねない非常に危うい懸念事項である。


 この時代になってもいまだに、人工的な人間―――つまりはクローン技術を使用し優秀な人間を人工的に創るということは禁止されているのだ。



 その危険性をよく分かっている二人だからこそ、緊張せずにはいられないのだ。先ほどの雑談とは異なり、異常なまでの緊迫感のある空間。しかし、歩は会話をやめない。実際に理想アイディールと戦った歩だからこそ、人工的なクリエイターの存在の脅威を理解している。


 その脅威の源を探る為にも、紗季にさらに疑問を投げかける。


「紗季はどうしてそう考えるの...?」


「考えてもみなよ。そんな恐ろしい技術が完全に理論的に体系化されてるなら、理想アイディールの被害はもっと大きかったはずだよ。初めて表舞台でテロを行うなら、絶対に成功させたいはずだからね。歩の実力を軽んじているわけではないけど、きっとあの事件は歩の手に負えなかったはずだね。もし、そんな技術があるならだけど。そうなっていないという事は、まだ実験段階だろう。おそらく、理想アイディールの今回の台頭は、前座だね。研究者的にいうと、臨床試験って、感じかもね」


 興奮しているのかかなり早口でそう言う紗季。歩はその事を聞いて、自分なりに解釈をする。


「確かに、その考えは理にかなっているね。あの時20人ほど理想アイディールの構成員がいたんだけど、竹内だけだったね。実力が突出してたのは」


「だろう? なら、まだこっちにも利はあるよ。不完全な理論を使う、それもクリエイターに応用するなんて恐ろしい事はそう何度も出来る事じゃない。おそらく、全体の10パーセントも実験は進んでいないだろうね」


「なるほど。やっぱり紗季に会いにきて良かったよ。凄く参考になった。それと、これはよく分からないんだけど... どうやら、相手は俺が目的だったみたいなんだ...」

「? どういうことだい?」


 先ほどの会話からは全く予想もしない方向の話題を振られて、思わず首を傾げる。


「実は、あいつと戦う前にうちの家に来たんだよ。そのときは牽制だったみたいだけど。あと、理想アイディールの名前を聞いたのは初めてかって聞かれたよ」


 歩はあの日からずっとこの事が気になっていた。理想アイディールの大局的な目的はクリエイター至上主義の世界の実現。それははっきりしている。しかし、そこに歩が必要となると話しは複雑になってくる。自分が、一体何の役に立つのか考えても答えは出なかった。



 だからこそ、今日は紗季のもとを尋ねたのだった。というのも、歩が知る限りで、最も知性が高い彼女なら何かしら意見を言ってくれると思ったからだ。


 加えて、この話しは有栖川家と国に口外しないように言われていたが、紗季なら信頼できると思ったのもここにやってきた理由の一つである。


「歩... まさか君の能力の事じゃないかい...? あれは君を含めてクリエイターの中でもまだ二人しか発現していない能力だ。きっと、それを狙ってるんだよ」

「やっぱりか..... 薄々は感づいていたけど、確かにアレを利用すれば確かに色々と応用が利きそうだからね。これは三校祭ティルナノーグにも影響出るだろうなぁ...」

「でも、知ったからと言って僕たちが特別何かしないといけないってわけじゃないと思うけどね」


 そういうと、紗季は立ち上がり近くにあるソファーに腰かけた。


 今までの緊張した雰囲気を緩和する為にも、少し位置を変えようと思っての行動だった。そして、足をぶらぶらさせながら歩の話を聞く。


「でも、知ったからには何かしないと最終的には自分たちに返ってきそうなんだよなぁ... それに今後も俺に接触してくる可能性はゼロじゃないだろうし...」


「そうだね。歩が狙いなら、今回の校内戦も介入してくる可能性はゼロとは言えないね。それにしても属性具現化エレメントリアライズ、しかも広域干渉スフィア系を後天的に獲得できるとは中々興味深いね。僕の専攻はVAだけど、CVAもまだ解明されてない部分が多そうで面白いと思わないかい?」


 今までの会話の流れを変えて、CVAについて言及する。紗季の専攻はVAだが、やはり研究者として不可思議な現象には興味があるようで、声が少しだけ大きくなる。


「そうだね、興味深いのは同意。今確認されている広域干渉スフィア系は、氷結世界グラツィーオスフィア煉獄世界カサルティリオスフィア水爆世界アクリシアスフィア雷煌世界グランツレイスフィアの4つだけど、それのどれか一つでも後天的に獲得できるなら夢のようだ」


「僕は研究者だから、特にどれかが欲しいってわけじゃないけど選手達には魅力的だろうね。でも、属性具現化エレメントリアライズの中でも一番汎用性が高く、威力も高水準な広域干渉スフィア系がなんのリスクも無しに得られるとは思わないけど...」


 そう言いながら少し表情が暗くなる紗季。会話の後半部分は歩に話しかけているわけではなく、自分に問いかけているようだった。


 一方、歩は何か思い出したようで紗季に問いを投げかける。


「あ! そうえば、紗季が発表した論文の中でVAを含む全ての能力は後天的に獲得するものだって言ってなかった?」


「ん? あぁあれのことか。個人的にはあの理論は間違って思ってないと思うけど、まだ浸透するには時間がかかると思うからね。今はとりあえず一般的な考えを言っただけさ。でも理想アイディールがこの理論をすでに実践するレベルまで理解できてるのか...? あれには、まだ改善の余地があるし... うーん...」


 紗季の過去発表した論文の中に後天的能力について言及したものがある。


 The Acquired Ability Theory――――後天的能力理論。


 そこにはCVAを除く全ての能力は後天的に獲得できるという記述がある。それは属性具現化エレメントリアライズやレア度がEX以上のVAも含まれる。今まではそれら全ては先天的なもので努力しても獲得できないものと思われてきた。


 紗季はVA研究が専門で、当時はレア度の高いVAを所有しているクリエイターに共通するものは何かということを研究していたが、答えはなかなか見つからなかった。そこで発想を変え、実はVAは後天的なものだからそもそも共通する遺伝子などは存在しないのでは? と彼女は考えた。


 そこでVAは全て意識的にせよ、無意識的にせよ後天的に獲得できるものだという理論を多くの実験結果から導き出した。この内容からわかるように、全てのVAは先天的なものはではないということは努力次第で誰もが様々な能力を獲得できるという夢のような話であった。


 またVAだけでなくこの理論ではCVA以外の全ての能力は後天的であるという仮説も述べている。それは属性具現化エレメントリアライズ創造秘技クリエイトアーツなども含まれる。


 この論文の内容はクリエイターの世界に大きな衝撃を与え、紗季は世界的に認められたクリエイター科学者となったのだ。


 ちなみに、CVAはある程度遺伝するというのはすでに科学的に証明されている。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 


「でも、広域干渉スフィア系が何かしらのリスクを負ってでも得られるなら... きっと、属性付与エンチャント系と放出エミッション系も既に実現可能かもなぁ...」



 その事を聞いて紗季は疲れきったのか、ソファーに横になる。これまでの会話の情報量はかなり多かったため、朝から研究をしてきた彼女は疲労のピークにきていた。


「はぁ、この話題は話していてキリが無いなぁ。まぁこの事は心に留めておくよ。またなんかあったら僕のとこに来なよ? 歩なら、出来る限り時間を作るからさ」


「ありがとう、紗季。これからたぶん校内戦で忙しくなると思うけど、時間があるときにまた来るよ」


「確かこれからリーグ戦だろ? 歩の試合は出来るだけ見にいくようにするよ。極限集中アブソリュートゾーンの件もあるしね。しつこいようだけど、今後は出来るだけ使用を控えなよ? アレは僕でさえまだ概要がよく分かってないんだから」


「校内戦で使うような機会は無いと思うけど... でもよっぽどの事が無い限り使わないようにするよ。それに紗季が見に来るなら、なおさら負けられないな」


「おや、僕に見られるとやる気が出るのかい?」


 にやにやしながら尋ねるも、歩はいたって真剣にその言葉に返答した。


「そりゃそうだよ。昔なじみの女の子に応援されて、やる気のでない男なんていないさ」


 そう言う彼の表情はとても凛々しく、目もやる気に満ちているようでかなり鋭くなっていた。


 歩の真剣な表情をみた紗季はどこか懐かしそうな顔をして、ソファーから立ち上がる。


「よいしょっと。ふぅ、まぁそれなら見にいく甲斐があるね。頑張れよ、歩。君ならきっと代表になれるよ。そして、三校祭ティルナノーグ制覇も成し遂げられる。何たって僕が認めた男だからね」


 そういうと、右手を差し出す。その彼女の小さな右手には、その手には収まりそうも無いある想いが籠っていた。そして歩も立ち上がりその手を握る。


 二人がこうして直接会い、言葉を交わすのは実に2年ぶりの事だが、そんな事を感じさせないほど親密なやり取りであった。


 歩はここに来るまではかなり緊張していたが、今はその影もみられない。


「必ず三校祭ティルナノーグで優勝するよ。自分の為にも、あの日の真相を知る為にも。そして、を助ける為にも....」


 彼は今までの中でも特別、決意に満ちた表情をしていたのだった。


 一方、紗季は羨望、嫉妬、悲哀など様々な感情が混ざり合ったような何ともいえない表情をしていた。

 

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