プロローグ

第1話 2120年 4月 入学

 2120年4月某日早朝。東京都内の皇居前を多くのランナー達が走り去っていく。今朝は快晴で、朝日が心地よくさしていた。


「はっ、はっ、はっ」

 

 多くのランナーの中に一際若い青年が走っていた。彼はリズムよく皇居の前を通り過ぎて行きそのまま20分ほど走り続け、自宅へとたどり着く。


 自宅の表札には『七条しちじょう あゆむ』と電子文字で映し出されていた。


 彼は指紋認証でドアを開け、家の中に入りシャワールームへ向かう。


「ふぅ〜、今日もいい朝だ」

 

 そう言いながらシャワーを浴び、すぐさま制服へと着替える。


 そしてパンと牛乳で朝食をとりながらニュースをみる。しばらく時間が経過し、現在の時刻は午前7時30分。


「ちょっと、早いけど行きますか」


 に表示されているモニターを閉じて鞄を手に取り、姿見で全身を確認して玄関に向かう。


「おっと、コレを忘れたらしゃれにならない」

 

 彼は右耳に銀製のピアスをつけた。耳に穴はあいていないが、そのピアスはピタッと彼の耳に張り付いた。

 

 そして、ドアがオートロックで閉じるのも確認せず小走りで学校へ向かうのだった。







 2120年。現代の科学は非常に進歩しており様々な物が自動化または電子化している。例えば、電子化では紙という媒体はあまり使われなくなり書籍などはほぼ電子化している。


 しかし、紙の書籍がおいてある本屋は需要がまだ十分にあるので、昔ほどではないがそれなりに数はある。自動化の方では、ものを購入するときは人の手を介さずに買い物ができるようになったり、通販が即日配達に変わったりなどだ。

 

 そして、100年前から急激な進化を遂げてきた誰もが持つ携帯電話は、細い棒状のデバイスへと変わっている。これはこの棒状の部分から自由にモニターを出すことができ、タイピングもそのモニターに対してそのまま空中でできる。


 そのモニターは設定で周りに見えなくすることも可能。それ以外のシステムは自動化、電子化しようとも根本的な原則はここ100年でもそう変わってはいない。

 

 目に付く大きな変化といえば、一つ目に世界から戦争がほぼ無くなったということだ。その理由は世界が非常に豊かになったからである。むしろ資源はあふれる勢い。100年前に途上国と呼ばれ、飢餓や十分な治療が受けられない国でさえ、現在は当時の先進国以上のレベルで機能している。


 また宗教や思想の違いから紛争は起きたりするが、それも些細ささいなものでニュースで取り上げられることはあまりない。世界は21世紀後半から安定し始め、22世紀に入る頃にはほぼ完全に安定したと言ってもよい状態になった。

 

 そして、二つ目の大きな変化は科学兵器が創られたことである。それをもとに2120年以降、世界は歴史に残る大きな転換期を迎える。





「次の停車駅は渋谷、渋谷です。お忘れ物のないようご注意してください」

 

 電子的だが、かなりなめらかな声でアナウンスが流れる。

 

 全く揺れもぶれもないリニアモーターカーに乗っていた多くの学生は渋谷駅で降りていく。



 ――International Creative High School 東京本校。通称ICH。2080年に設置され今年で創立40年を迎える。この教育機関は全国に3カ所あり、東京、大阪、福岡にあるうちの一つである。


 その中でも東京校は最も人気がある。募集人数はひと学年200人。


 武芸科150人、医療工学科50人の枠で毎年倍率は非常に高い。


 また昔の学校のように1年は3分割されておらず、前期と後期のふたつに分かれている。そして、もちろん大学も存在する。そちらは東京にしかなくInternational Creative University 通称ICUと呼ばれている。






「お、あそこに人がたくさんいる。電子掲示板はあそこかな?」

 

 学校に到着し、人の流れのままに進んでいた歩は電子掲示板を発見する。

 

 そして、一目散にそこに走っていき表示されているものに目を通す。


「えーっと、武芸科だからAクラスから見よう……お、あったあった。Aクラスかぁ。てか、この時代になんで一斉掲示なんだろう? デバイスで確認できたらいいのに」

 

 少し疑問に思うも、自分の名前を確認した後はそのまま寄り道もせずに教室がある場所に向かう。



 ICH東京本校の校内はかなり広いので、いたるところに標識がある。その標識も全て電子化されており、秒単位で様々な情報に切り替わる。




 歩は再び人の流れに従い、エレベーターで3階へ向かう。3階へ到着し、教室へ向かう途中なぜか人だかりができていた。



 声がする方へ近づくと、金髪碧眼きんぱつへきがんの女子生徒が男子生徒に大声をあげていた。



「あなた、人にぶつかったのに謝罪もなしですか! きちんと謝りなさい!」

 

 女子生徒は興奮気味に声を上げる。顔は少々赤くなっており、怒りで興奮しているのがよく分かる。




「ッチ、すいませーん。これでいいだろ?」



「あなた、私が有栖川ありすがわ家の人間と知ってそのような態度をとるのですか? 今ならまだ謝罪を受け付けてあげますよ?」


 

 そう言うと突然、周囲がざわめき始めた。小さな声が拡散していきどよめきを生む。


「おい、あの有栖川家の人間かよ」「まさか、同年代とは……」「なんと可憐な……」

 

 有栖川家はこの学校の創設者の家系。加えて現代の日本で最も権威を保つ御三家ごさんけの一つ。


 ちなみに、御三家の名は、有栖川ありすがわ西園寺さいおんじ清涼院せいりょういんである。


 そして、その権威はこの学校であるからこそさらに重みが増す。




「ま、誠に申し訳ありませんでした!!」



 

 男子生徒は顔を真っ青にし、同級生に謝るには似つかわしくない言葉で仰々ぎょうぎょうしく謝罪をする。それほどまでに御三家は権力があるのだ。



「ふん。初めからそうしておけばいいのです」


 

 彼女は周囲がざわめいている中、悠然とそのまま教室へ入っていく。顔の赤みは引いており、満足げな顔をしているようだった。



 

 歩は一連のやりとりに軽く驚きながらも、そのまま教室に向かう。



 それから指定された席に付き、デバイスで今日の日程を確認していると前の方から声をかけられた。



「なぁ、あんた。中々いい顔してるな」


 

 顔上げるとかなりがっしりとした男が前の席から後ろを向いていた。

 


「え……そりゃどーも……てかあれ? そっちの人?」


「いやいや、ちげーよ! ただ、知り合いもいないし話をしたいと思ってな」


「なるほどね、俺は七条しちじょうあゆむよろしく。あゆむってよんでくれ」


「俺は相楽さがら雪時ゆきじだ。雪時ゆきじでいいぜ。念を押すが、男色家じゃねーぞ。」


「ははは、分かってるってー」

  

「いやいや、まじで普通だから。んじゃま、よろしくな!」

 

 というと雪時は握手を求めてきた。それに応じて


「ああ、こちらこそよろしくな」

 

 と答えた。いつの時代も席の近い者は仲良くなりやすいものである。


 

 そうこう話している間に、女性の担任と思われる教師がやって来る。


 20代にしか見えないその女性は、タイトなスカートをはき黒のスーツできっちりと全体をまとめているショートボブの美人であった。


「よーし、全員いるか? いるな、よし。あたしはこのクラスの担任になった高橋たかはしあかねだ。宜しく」


 その挨拶に大半の男子生徒は釘付けになっていた。もっとも、女子生徒も何人かいたようだが。


「じゃあ、アリーナで始業式な。はい、移動しろー。場所はデバイスで確認しろよー」

 

 そう大雑把に言うと生徒達はぞろぞろと移動していく。移動する途中、歩はきょろきょろとガラス越しに外を見ていた。




「どうした? なにかあったか?」


「いや、日本に来たのが8年ぶりだからちょっと物珍しくてね。帰国したのも入試のときだし。懐かしくてなー」


「へー。どこにいたんだ?」


「アメリカのワシントン。あ、首都のほうな? 両親の仕事の都合で」


「じゃあ、英語は完璧なのか??」


「まぁ一通りはできるね」


「うわー、うらやましいぜ。教養の英語の単位楽勝じゃん」


「そこは確かにラッキーかも」

 

 などと他愛ない会話をしていると目的のアリーナに到着した。アリーナもやはり学校同様壮大で、二階には保護者用の席も用意してある。


 この学校にはアリーナと呼ばれる場所が4カ所ある。ここは第一アリーナと呼ばれる場所で、主に祭典などに使用される。そのため広さは他のアリーナの3倍以上で内装もかなり豪華なものとなっている。


 

 そして、始業式が開始される。




「――であるからして、私は皆の創造力に期待しているよ。この学校に入学できたんだ、大いに学び、競い、そして創造してくれ」

 

 校長にしては若い男性のあいさつが終わる。


「次に新入生代表、有栖川華澄ありすがわかすみ


「はい!」


 

 明るく元気とは言わないまでも綺麗な声がアリーナに響く。育ちの良さというよりも彼女のまっすぐな性格を象徴しているような声だった。



 しばらくして入学式が無事に終了する。



 こうして、七条歩の高校生活が始まった。彼は明るい学校生活を期待しているようだったが、それが果たされることはない。


 そして、彼はこれから騒乱の日々に巻き込まれるなど今は知る由もなかった。

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