異世界図書館へようこそ/著:三萩せんや

角川スニーカー文庫

第1話 青年は老図書館と共に異世界に召喚され



 クソみたいな学生生活を送ってきました。

 具体的に言うと、ネトゲで廃人生活。

 そのせいかは分かりませんが、どうやら僕は就活に失敗したようです。


 さて、そんな他人からすればどうでもいいシケた話は置いておいて、もう少しマシな話をしようと思う。じゃないと僕がつらい。

 ……とは言っても、こちらも気が滅入るような話である。

 東京都世田谷せたがや区○☓坂にある古い図書館・寺澤文庫図書館の廃館が決まった、という話だ。

 館長は、寺沢博信ひろのぶというじいさま。

 僕、寺沢優一ゆういち祖父じいさまでもある。

 そのじいさまが、死んだ。

 国道を通すためだとか。老朽化が進んだからだとか。利用者が激減してるだとか。 何やかんやの理由はあるのだが、それらの理由から図書館を守り続けていたじいさまが一ヶ月前に死んだことこそが、この明治時代に設立されてから一〇〇年以上経つ老図書館の廃館を決めた最大の原因だった。

 

 じいさまも馬鹿だよね。


 このネットで何でも調べられるような時代に、古びた図書館とか、本なんていう、そういうアナログなものに、心血を注いでさ。働き過ぎてさ。

 僕みたいに何の役にも立たなさそうな図書館なんてものを、病気になって、体調もどんどん悪化して、食事もとれなくなって痩せ細って起きれなくなって……それなのに、最後まで守ろうとしてさ。

 結局、何にも残せないでやんの。

 ……本当、馬鹿な人だよ。



 春。四月。図書館最後の日。

 ぱりっとしたスーツを着た新社会人たちが、恐らく入社式やら何やらで未来への希望のような何かをキラキラまとい、胸を張って歩いている。

 それを眼鏡越しで脇目に見て「はいはい社畜乙」なんて思いつつ、道端に落ちて色褪せた桜の花びらを踏みつけながら、僕はこの日、人々から捨てられた寺澤文庫図書館へとやって来た。

「相変わらず立派な見た目だな」

 西洋の古い洋館を思わせる赤レンガ造りの図書館を見て、僕は思わず呟いた。

 『君は何だかパッとしない』だとか、『全然印象に残らないね』だとか……就活で散々聞かされた僕という人間への、そんな残念な評価が脳裏を過る。

「久しぶりだな……中学以来だから、七年? 八年かな? 昔はよく来てたんだけどな」

 最近ひとり言が多い。話す相手がいないからだろう、あんまりよくない傾向だ。

 ……で。

 僕が何故、長いこと訪れなかったこの図書館へとやって来たかと言うと。

 これもまた、じいさまのせいである。

 じいさまが残した遺言状のせいとも言う。

 つまり。

 じいさまは、図書館最後の日に、僕にこの図書館の閉館を任せたのだ。

 お前どうせ暇だろ。じゃあ図書館頼んだから、みたいな感じで。

「まったく、僕が就職してたらどうする気だったんだか……無責任極まりないね」

 閉館し誰もいない図書館のしんとした空間に、戸締まりをする僕の声が虚しく響く。

 館内には本が普段通り残っていて、明日も開館できそうな状態だった。じいさまが、「取り壊されるまでの間、きれいな状態でこの図書館を残したい」と言ったからである。

 じいさまも訳が分からないことをする。昔から変人ではあったけれども。

 さて。

 見れば見るほど、古い古い図書館だった。

 本棚や机なんかの色や傷のつき方で、使い込まれてきた年数が何となく分かる。

 頑張って働いてきたんだろう。

 働くことを世間に許してすらもらえなかった僕には、少し羨ましくも思える姿だ。

「不採用…………無職かぁ……」

 ……ま、まあ、いいんだよ。

 就職? 毎日あくせく汗水垂らして働くのとかご免だったし。時は金なり、自由になる時間が手元には、ほらたくさん。じいさまが残してくれた遺産も少しあるから、少しは生きていけるし?

 いいじゃん、無職でニートライフ。悪くない。またネトゲ三昧な生活もできる。

 ……けどさ。

 家族も、もういない。友達もいない。

 彼女もいないし童貞だし無職。ネトゲ以外に、趣味も特技も何にもない。

 うわあ……

 考えないようにしてたんだけど……僕をこの世に繋ぎ止めるものなんて、実は何一つないんじゃないかな。就活に失敗ってさ、つまりそれって、世間に必要とされてなかったってことだろうし。

 あはは……本格的にやばいな。

 異世界とかあるなら、もう喜んで行きますって感じだよ。

 ……分かってるんだけどさ。そんな世界はないってこと。

 子供の頃からそんな未知の世界に憧れて、僕はもう二十二歳です。身体だけは立派な大人。一度もそんな世界の気配は感じられなかった。

 現実が全てなんだ。もう、十分、分かっている。

 この図書館に来ていた頃は、もっと楽しかったんだけどな。

 おかしいな、どこで生き方を間違えたんだろう……

 そこまで考えて、僕はふと思い出した。

 じいさまが薦めてくれた一冊の本が、この図書館にあったことを。

 この図書館で、十五年以上も前に、最初に借りた本のことを。

「ええと、どこだったかなー。確かこの辺だった気がするんだけど」

 僕の背よりも高い本棚の間を歩くが……うわ、全然どこにあるのか分からない。

 タイトルごとに並んでるわけでもないし、書いた人ごとに並んでるわけでもないし、図書館って何でこんなに本探しづらいんだろう。ありえない……

 僕の図書館スキルが足りないだけなの? みんなは普通に探せるの?

 ……無理だこれは見つからない。そう、諦めようとした時だった。


 見つかった。


 目の前にあった。

 まるで、見つけてくれとでも言っていたように。

「これだよ、これ……『恐竜のほん』」

 パラパラと本をめくる。当然なんだけど、中身は昔のまま変わらない。

 僕は、こんなに変わってしまったのにな。

 『恐竜のほん』を手に、僕は図書館の入り口を閉めて帰ることにした。

 帰ってももう誰もいないんだよな、晩飯どうしよう、太勝軒たいしょうけんのラーメン食べて帰るかな、などと考えながら、図書館のエントランスホールまで来た時だった。

 突然、手元の本が光り始めた。

「は? 何だこれ……」

 ポカーンとしていると、本が僕の手を離れて宙に浮き、パラパラと勝手にめくれ始めた。

 そうして一つのページでピタリと止まる。

 ……超怖かった。

 明らかに怪奇現象じゃないですか。

 でも……今後の人生を考えるより怖いことなんてないだろう、と僕は思った。

 何より興味をそそられたのだ。

 僕はそっとページを覗き込む。

 キラキラと、ある一箇所の文字列が輝いていた。

「“ペルム”?」

 そこに書いてあった文字を読む……はて、何だっけそれ?

 首を傾げた次の瞬間だった。

 図書館が揺れ始めた。

「うわっ、地震っ!?」

 しかも、結構デカいんですが。

 緊急地震速報さん鳴ってないよ何やってるんですか仕事してくださいマジで。

「う、わ、わ、ぁっぶなっ――」

 危ないって自分で言ったのに、引きこもりの運動不足が祟ったのだろうか。

 全く足の踏ん張りが利かず、僕はたたらを踏んで、瞬間、ドンッというとびきり馬鹿デカい衝撃が起きて、僕はそのまま横っ飛びに吹っ飛んで――ガツン、と頭に衝撃。

「う……」

 視界暗転、意識がブラックアウトし――



 ――目覚めたら……僕は図書館の中にいたし、いろいろとその後の過程は端折りますが、何と言うか、結論だけ言うと……


 ……そこは、どうやら異世界ってやつでした。

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