短編と試作詩作ほか

名無し

そいつは160cmにも満たないような背の高さからこう言った

「ご購入有難うございます。こちらは、会話インターフェース搭載多機能セクサロイド、製品型番AIS-905です。ご命令を、マスター」

 無垢な少女のような白いゴム製の肌と赤いガラスの瞳、それから桜色のようにも見える赤毛と白い毛の混じった人工毛髪をした、わずか154cmばかりの背丈のそれは、とても事務的な口振りでそう言いました。

 話しかけられた男は、命令を要求されしばらく呆然とし、口をだらしなく開けていました。154cmの機械人形も、何も命令を待っているように何も喋らないので、しばらく静かに機械の立てるカリカリとした音が響くようでした。

「えーと…特に命令は無いんだけど、質問をいいかな?」

「なんでしょう、マスター」

ほとんど即座に機械人形が答えて、じっとこちらの瞳を覗きこんでくるので、男は眼を逸らしました。

「えーと…まず、今、『セクサロイド』って言った?」

「はい。私は女性性を恋愛対象とする、孤独な男性及び女性の性的欲求不満を解消する為に設計されたガイノイドです。マスターは、ご存知の上で、購入されたのではないですか? もしそのような事がありましたら、未使用ですから、本社へ通信してクーリング・オフする事も可能です。接続しますか?」

「あ、いや、いいよ。知らなかったのは、その、実は、君が貰い物だから。その、一応、友達…からの。僕があまりにもモテないってんで、彼はお金を結構持ってるから、そんで、何か買ってくれるって話だけで…」

「左様でしたか。では、引き続き、ご命令を、マスター」

そうして機械人形が再び押し黙るので、参ったな…と呟きながら男は頭をポリポリ掻きました。

「じゃあ、まず、ソファに座ってよ。僕も座るから」

「かしこまりました」

 男が座って、小さな機械人形もちょこんとソファに座りました。男が、機械なのにそんなに重くないんだな、技術の進歩は目覚ましい、などと思っていますと、小さな機械人形が、突然近付いて男の内腿を触ろうとするので、

「わぁっ! 違うよ、ソファに座って、ていうのは、その、これからそういう事をしたいっていう意味じゃなくて…」

「違うのですか」

「そうじゃないよっ。ええと、その、君が、疲れると思って」

「私は疲れません。疲れるのは、人間であるマスターのほうです」

「う。そりゃ、そうだ、確かに」

と、短く会話を交わしたと思うと、機械人形がしぶしぶ(男にはそう見えました)引き下がって、二人は並んでソファに座りました。

「では、私は何をすればいいのでしょう、マスター」

「とりあえずその、マスターって呼ぶのをやめてもらえないかな」

「呼び名設定の変更ですね」

ああ、うん、そうそう…と男は、少しうんざりしたふうに頷きました。

「何とお呼びすればよいのでしょう」

「ええと、そうだね、『ユウ』でいいよ」

「『YOU』、ですか? しかし、二人称代名詞を呼び名に使いますと、特に言語設定を英語にした際の混乱が予想されますが…」

「ああ、違う、違う、『ユウ』って名前なんだよ、僕は」

「失礼しました。では、『ユウ』様で」

「様はいらない」

「では、ユウ」

男はそう呼ばれて、少しドキリとしました。そんなふうに異性に親しげに名前を呼ばれた事なんて、今まで只の一度も無かったからです。

「何かご所望の用件はありますか?」

言い方を変えてきたな、と男は思いました。

「ええっと、そうだね、君の名前は?」

「AIS-905のデフォルトネームは『アリス』に設定されています。しかし特別な希望があったり、同じ名前に飽きた場合、変更する事も可能です。変更なさいますか?」

「いや、いいよ。アリス、君の出身地はどこ?」

「製品はアメリカ合衆国、マサチューセッツ州アーカム市で組み立てアセンブルと出荷がされました。しかしながら、部品は様々な所で製造されていますから、そう言った意味での『出身地』はどこと特定は出来ません」

「誕生日は?」

「AIS-905は現在毎日製造が為されていますが、私の製造日は9月の5日です」

「髪、白と赤毛が混じってる。それはどうして?」

「AIS-905のデフォルトカラーです。ご購入の際に、髪や肌、瞳の色などを指定する事が可能です。気に入らないのであれば、オプションとして別途ご購入も可能です。ショップにアクセスしますか?」

「いや、それもいいよ。その服は?」

「AIS-905のデフォルトでの付属品です。特別な衣装などを使って楽しみたい場合、同サイズのものであれば着用可能です。脱ぎますか?」

男は慌てて、いや…いや、脱がなくてもいい! と念を押すよう強く言いました。と、男はふと気付いたように、

「日本語、上手だね」

と、言いました。

「多機能ですから。AIS-905に限らず、最近の多くのヒューマノイドは多言語設定に対応しています。日本語、琉球語、英語、フランス語、イタリア語、スペイン語、ドイツ語、ロシア語、中国語普通話プートンホワ、ハングル、ベトナム語、アラビア語、ペルシア語、スワヒリ語、エスペラント語…」

「わかった、わかった。それと設定は日本語のままでいいから。会話が出来なくなっちゃう」

「会話が出来ない外国人と、行為に及ぶような状況の演出も可能です」

言われて男は頭を抱えて、ああ、そう…とだけ、言いました。

「AIS-905の特徴として、機体の外形が東欧系の少女に設定されている事があります」

 機械人形が自分から話し始めたので、男はちょっと驚きました。機械人形が続けました。

「その他の機種では、ヨーロッパ系、アジア系、黒人系の三機種が発売されています。それらもAIS-905と同じように、外見の色などを指定する事が可能です。しかし、それらはAIS-905よりも更に細かく、身体のフォルム、顔の造型、身長なども指定する事が可能なのです。ほとんど、受注生産のようなものです。それを改善する為に、AIS-905は作られました」

「つまり、廉価版なんだ。お値段も手頃に」

「はい。なので、その他の機種と違い、色以外は細かく指定する事は出来ません。ライン製造の、大量生産品ですから」

「色を指定する人は多いの?」

「いいえ。ほとんどの方が、デフォルトのまま購入なされます。拘りを持ったユーザー様は、上位機種をご購入なされますから。オプションは、別料金になります」

「ねぇ、アリス、」

 話を聞いていた男は、少し思い付いた事があって、質問をしかけましたが、やはり馬鹿げている事だなと思う所があり、一瞬息を飲み込みました。すると、その間に、機械人形が言いました。

「なんでしょう、ユウ」

男はまた少しドキリとしましたが、飲み込んだ息を吐き出すように、このように聞きました。

「友達は居ないの?」

機械人形の瞳孔が、一瞬大きくなったように男には見えました。が、すぐに、

「AIS-905の同時発売機種として、HHH-119、IIS-514、CAG-213、SL/RL-1112、SMc-1019、SH-401、AbPaK-911、などが存在します。それに、大量生産品ですから、『私』自体も沢山存在します」

と、答えました。

「ヒューマノイド同士で、話をしたりはするの?」

「AI同士の会話は理論上可能です。命令があれば、の場合ですが」

「食事とか、お風呂に入ったりとか、眠ったりとか」

「近年のセクサロイドは様々なニーズに対応する為、消化器系などは人間の構造に近く造られています。食事も可能ですが、その場合には排出も必要となります。バスルームでの行為も想定されているので、防水仕様ですが、本来は入浴の必要はほとんどありません。また、添い寝などを求める際はスリープモードに移行する事もできます」

「本を読んだり、歌を歌ったり、映画を見たり」

「AIS-905とその同時発売機種は、それぞれを特徴づける為、各機種に『趣味』の設定がなされています。AIS-905はピアノを弾く事が出来、HHH-119は様々な料理を作る事が可能です。本を読む事も、映画を見る事も可能ですが、様々な会話に対応する為に、現在までに発売された『娯楽』の基本データは、既にインプットされています」

「ピアノが弾けるんだ」

機械人形の説明を終わるのを待って、男が言いました。機械人形は頷きました。

「そうか、そうか。――じゃあ、命令させてもらうよ、アリス」

「はい、なんなりと、ユウ」

男はすぅと息を吸い込んで、機械人形はじっとそれを見ていました。男が、口をゆっくりと開きました。

「隣の部屋に、ピアノがあるんだ。それを弾いてくれるかな」

機械人形が一瞬沈黙して、男を見ました。でもすぐに、了解しました、と答えました。

「ピアノを弾く際に、何か性的なアピール等は必要ですか?」

「いや、要らないよ。ただ弾いてくれれば、それでいいから」

「分かりました」

二人は立ち上がってすこし歩き、隣の部屋の扉を開けました。部屋の片隅にはアップライト・ピアノがひっそりと佇んでいて、しかし時々手入れはされているような風貌でした。

 機械人形がピアノ椅子に座って、ギシリ、と木が軋む音がしました。

「何か、好きな曲はあるのかい?」

「初期設定では、クロード・ドビュッシーの『月の光』という事になっています」

「素晴らしいじゃないか。じゃあ、その曲を」

「分かりました」

「それとアリス、」

はい、なんでしょう。と機械人形が答えました。

「君が、思った通り感じた通りに弾いてね」

男が言って、機械人形が黙りました。何か、カリカリと歯車のような音が鳴って、計算をしているようでした。

「申し訳ありません。その命令の意味が、よく理解出来ません」

「譜面通りじゃないほうが良いって意味さ」

「アドリブやアレンジをしろ、という意味でしょうか」

男は、うーんと唸って、

「どちらかといえばアレンジって事になるのかな。少し、意味が違うけど」

と、言いました。

「分かりました。アレンジには、ジャズふう、クラシックふう、ボサノヴァふう、ブルースふう、ロックふう、カントリーふう、などがありますが、どれになさいますか?」

男は少し驚いて、

「クラシック曲なのにクラシック風アレンジとかあるのかい?」

と、言いました。

「可能です。多機能ですから」

「それは是非聞いてみたいなぁ……じゃあ、クラシック風で」

「了解しました」

機械人形は白と黒との鍵盤に、真白く細い指を置きました。男は椅子の背当て部分に腕をもたれかけて、機械人形の横顔を眺めていました。

「それでは、弾きます。想定される演奏時間は、約4分です」

 機械人形が眼を閉じて、そしてピアノのハンマーが、弱く優しく弦を叩き始めました。

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