仮に君が万物の王として

編現病来

プロローグ

死認、手紙、蒼白


 両親が死んだ。



 母の髪は純白のロングヘアを携えていた。淀の片鱗は一切無く透き通る豊かな髪が僕の記憶の中で最も明確な存在であることに偽りは無い。彼女は優しく、僕を貧民街から連れ出して実子としてルミナと共に育ててくれた。

 

 外交官、父の肩書だ。頭の切れる人間であり、勤勉で加えて知識が膨大であった僕の父。普段は王都の借家に住んでいるらしいが、よく自宅に戻って、1日過ごしてまた仕事に向かう。有能な彼は僕の憧れだった。


 シャルナス・エンヴィと、シューベステン・エンヴィ。

 僕の二人への恩は尽きない、腐って死ぬだけの人生を歩む筈だった孤児を救い上げてくれた母と父。それがたとえ打算的な救いだったとしてもは感謝することを止めないだろう。

 

 僕はその死を学園の寮にて伝えられた。それは朝方であり、登校2時間前。灰色の壮15階になる建造物の下から6番目、642号室に担任であるミェリカ先生は僕にその概要を黒色の封筒付きで伝えてきた。封筒の送り主には金文字で王国騎士団と書かれ、宛名は僕と双子の妹のルミナでサインも書かれている。

先生は僕らに自宅へ帰る事を促し、僕も今回は帰るべきと思ったので分かりましたと言った。


 先生はルミナに呼んでくると言って、去っていった。

 僕は封筒の中身を読んでから、荷造りを淡々と開始した。


 さて、僕は両親の死を知ったが、精神は極めて平静だ。落ち着いている、それは僕の認識が甘いからだと思う。

 実体のある亡骸、あとはあるべき場所に居ない現実、これが揃った時に人間は死を認識する、そのどちらも成立しない状態で僕は両親の死を悲しむという行為が出来る筈が無かった。

 嘘であるはずはない、ミェリカ先生は誠実であり実直で尊敬している。

 それに手渡された封筒を開けると、中には簡潔にシューベステン・エンヴィ、シャルナス・エンヴィの死亡確認、また国家職であるので、死亡時の保険金授与の為自宅に戻ってくるように書かれてあった。騎士団又は国家を騙るのは重罪である。

 

 30分と掛からず、僕の寮室の全ては撤収された。それもその筈、僕は物を多く買う人間ではない。学園に来る際に衣服を纏めていた2つの鞄を玄関先に置く。もうこれでする事が無くなった。僕は魔術指南書の第二脳についてを呼んで暇を潰す事にする。


 魔術とは魔力を消費し、物理的法則を全て無視する。例えば原始的な摩擦によって、火が生じた場合空気を奪い去ればその火は忽ち鎮まるが、魔術は術者の力、魔力が供給される限り停止、鎮火する事は無い。

 僕の呼んでいる第二脳もまたその法則に則るが、それは周囲に変化は一切無い、仮想脳、魔術によって情報と計算の処理を分割する事により思考速度を強化する術だ。

 その基礎中の基礎である第二脳と、対象の体力、精神力、魔力を衰えさせる弱体化魔術が僕の得意とする分野である。


 コンコンと鉄の扉が鳴った、僕は扉を開ける。ルミナ・エンヴィ、僕の双子一応の妹、肩まで掛かる艶のある純黒の長髪を携える少女だ。

纏っているのは部屋着の様で、ゆったりとした白のシャツと青みがかった紺のジーンズ、優等生とは思えない風貌だがしかし僕の妹が主席であるという実相は変わらない。

 「先生が馬車を手配してくれるらしいから、私の部屋の片づけ手伝って」


 冷淡にも思える口ぶりだが、其の瞼は覚醒しているとは程遠く、半開きの様な、いまいち目覚めきっていないという印象だ。元々妹の目覚めは悪い、不愛想な老猫の様な態度で、朝は妙に冷め切った対応をする。それでも僕は兄として生活してきたからルミナの本質が、年相応の少女の物だと知っているが。

 僕は暫く戻らなくていいように、鍵を掛けて荷物を担ぐ。校則違反ではない、それでも女子寮に向かう男子に対する目は、当然好ましい物ではない。

 現在は起床し外へ出ている女生徒はまだ僅かにしかいないので大丈夫だが、見つかる前に荷造りを終えてここから去らねば、また学園に戻って来た時に変な噂が立って居たら最悪だ。

 

 ルミナの部屋は黒が基調となった中々にスタイリッシュな調度品で揃えられていた。僕の生活には適当な部屋と大違いで、インテリア用の小物やらコップまで統一されている。僕は感嘆の声を漏らすが「サヘル、玄関に置いてあるバッグ5個持ってきてくれない?」

 と言われたので、早めに仕事を済ませる事にした。


  僕は頑張った、必要以上の、というよりも完全な無駄をしてまで頑張った。魔術、第二脳を展開し最も効率の良い動きで仕事を熟す。そんな僕に足して負けず嫌いなルミナが対抗心を燃やしてくるので段々とヒートアップして1時間で終了した。荷物は多いが、運べない量では無い。

 先生がルミナの家に来た時にはすでに終了していた。

 殺風景となった部屋を見て目を疑ったようだが、切り替えて僕たちに馬車が学園前に直ぐに来ることと、費用は二人で負担してくれと伝えてくれた。その辺については問題は無い、所持金は20万エド有る、今まで食事を簡単に済ませたり、節約をし続けた結果として毎月5万の仕送りを4万づつ貯めた結果だ。

自宅までは大した距離でない、1万もかからないだろう。宿場が近いので心配はない。ルミナと僕は、先生に一礼し、鍵を掛けて目的地まで進み始めた。


 寮の各階には公共の魔力性電力で動作する昇降機が設置されているため僕らもそれを使用する、鋼と鏡で構成されたそれは、天井にも魔術性電力で作動するする球体が燦然と白色の光を広げている。

 

 個人的な感覚だが僕はこの昇降機に乗っている感覚が大嫌いだ、特に動作直後、足が着かない感覚が恐ろしい。まるで自分の体重が失われた様な瞬間は恐怖でしかないと思う。


 チーン、安っぽい楽器を叩いたかのような、軽く響く音と同時に乗り込む。出入口の上部、内部からはそこに一つ枠が空いていて、階層が変わるごとにプレートが右へと動いて数字が減っていく。丁度1になってから降りて、外へ出る。寮室は学園と併設されており、出入口は無数であるが、僕らが降りたのは学園の手前。


 前方に広がる壮大に広がる白色の壁面、清廉と潔白を象徴する学園校舎。その規模は国教である四神の一、古語で王冠を意味しガデンタール王家の祖と伝えられる、人の守護者神ケテルの礼拝堂と同等である。


 僕はその前に停まる褐色の馬車を難なく発見し、近寄ると御者が顔を出して乗ってくださいと言って来た。荷物は馬車後方に入れて僕とルミナは財布だけを持つ。僕は馬車に乗り、ルミナの手を引っ張った。


 座席は気品を感じる紅色で少し、硬い。使用されている繊維の所為だろう。御者は帽子を被った、スーツ姿の老紳士と見受けられた。

まるで貴族のパーティに招待されたような服装は流石に専門職と言ったところだろう。老紳士の風貌の男は振り向いて問いかけてくる。

 「行先はポートビレでよろしいですか」

 「はい、間違いありません」

 「分かりました、もし用事がありましたら適切な場所で停めますので、早めに行っていただければ幸いです」

 はいと僕が返事をすると、前方に繋がれた馬が動き出す。王都より南、地方都市ポートビレは僕とルミナの故郷である事は言うまでもない。


 馬車の車輪はカツカツといった子気味の良いリズムで進む。馬車の窓から外を見渡す、人の流れは疎らで早朝であるという事が理由ではない事が分かる。そもそも、王都は単純な1都市では無い。何域にも分割されている。学園はその南端、したがって進めば進む程人を見つける事は困難になる。


 舗装された道路をしばらく走ると、荒削りな壁が見えてくる。関門だ、王都内外からの馬車での移動には予め指定された交通権が必要だ。門の前に立つ騎士は交通権の提示を求め、御者は何と言う事無くそれを見せた。


 門を抜ければ、そこは舗装されていない。土が剥き出しで、路傍には雑草が生えている。入り口近くはそうでもないが、小一時間するうちに背丈の低い草から樹木が見かけるようになってきた。


 その頃になるとルミナは眠りの呪縛から解放されたように欠伸をして背筋を伸ばしている途中、目を見開く。そして何かしくじった様子で、蒼白した顔を僕に向ける。

 

 「お金が無い」

 鼻で笑ってやった。 


 

 

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