第7話 笑顔



 追いついてきた理沙が信じられないといった風に呟く。


「水奈があんな風に笑ってるなんて……」


 視線の先で、確かに水奈は動物達に笑いかけていた。

 見間違いなどではない。


 いつも無表情の進化系とか派生形みたいなのしか見てこなかった俺から見たら驚きだ。


 その笑顔は、どんな凍てついた強固な氷もとなしてしまいそうな、暖かなもの。

 水菜という人間の優しい心の芯が、表れたかのようなものだった。


 そんな仲間の様子を理沙は、心から嬉しそうに見つめている。


「そっか、動物好きなんだ……そっか」

「良かったな」


 言う相手が違うとか言うなよ。

 これでいいんだよ。


 今回は水菜と俺のだったんだけど、譲ってやるよ。バーロー。


 しかし、せっかくあった良い事も長続きしなかった。

 穏やかな時間を引き裂く様に、人々の悲鳴が上がったからだ。


 そっちの方へ視線を向けれて見れば、そこにはつい先日もみたような化け物が一体暴れ回っていた。


 舌打ちと共に理沙が吐き捨てる。


「こんな時に!」


 奴は、ナイトメアだ。

 あの脅威が再び俺の目の前に現れていた。

 理沙は水菜へと声をかける。


「水奈! 本部に連絡しておくわ。そっちは……」

「分かってる。私は前へ、それと……」


 そして、水菜は俺を見て、非情な言葉をかけてきた。


「貴方は人々の避難をお願い」

「え、いや俺も戦……」


 何の為にここまで訓練に耐えてきたのかって話だが、レベルがまだ違い過ぎる。

 訓練こなすだけで潰れる新人を前に出す方がおかしいのだ。


 水奈の下した指示に反論したくなるが、いまだまともに訓練すらこなれない牙ではどう考えても戦力にはならない。


 胸の内に満ちる様々な感情を飲み下す。


「ぐ、わ……分かった」


 それに、周囲の人達を放っておけないのは事実だ。

 避難は誰かがやらねばならない。


 果たして、あの二人と肩を並べられる日は来るのだろうか。


 そう思いながら俺は、二人とは反対の方向へと走りだした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る