第2話 命の恩人? それは、美女じゃなきゃ



 俺は夢を見ていた。

 見ていたのは悪夢だ。

 悪夢……というか。

 それは、わりとつい最近、というか一時間前ぐらいに起きた実際の出来事だった。


 場所は俺の通っている高校の敷地内、校舎の裏手だ。

 日陰で、ジメジメした場所で、いかにもそういう事が起きそうな場所だった。


「おい、財布出せよ」

「俺ら今月、金ないんだわ」


 視線の先では、女の子がガラの悪い先輩に囲まれて脅されている。


「おいおい、マジかよ」


 ベタな展開がここに、という感じで俺は成り行きを見守る。

 ちょっと気分転換にさすらってみるかとか思ってたらこれだよ。

 途中で四つ葉のクローバー不意に見つけちゃったりして、今日は何か良い事あるかもとか思った瞬間これだ。


 裏切られた!


 物語だとこういう場面に、颯爽とイケメンがかけつけてかわいそうな女の子を助けたりするのだが、あいにくここはクソみたいな現実だ。

 絡まれてる女の子の元に助けなんてこない。

 周囲にその光景を見ている奴はいなかった、俺以外には。


 頭を抱えたい。

 というかもう抱えてた。


「俺がやるしかねーのか、これってそういう流れ?」


 おいおい、マジか。

 気配を殺しながら、ガラの悪い先輩さん達を観察する。

 制服についている校章の色で、学年が分かる。

 あそこにおわすのは、この学校の年上さん達だ。

 彼等は結構な体格をしてらっしゃった。

 プロボクサーも顔負けだ。

 その筋のいけない暴走集団にでも加わっていそうなガタイだった。


 立ち向かったところで、やせっぽちの俺なんか瞬殺されてしまうだろう。

 女の子は、そんな先輩たちに怯えながらもどうにかしてその場から逃げようとする。


「あの、友達と約束があるので」

「おい、話はまだ終わってねーだろ」

「逃げんなよ」

「は、離してください!」


 だが先輩達は、女の子が逃げださないように腕を掴んで引き止めた。


「お金がないってんなら、しょうがねぇあれで我慢してやるよ」

「どうせ暇なんだろ、今日一日俺らと付きあえよ」

「そんな……」


 あーもう見てらんねぇ。


「おい、そこの雑魚! その手を離せ」


 ここは行くっきゃないだろ、見て見ぬふりなんてしたら男がすたる。

 なるようになれという心境で、俺は飛び出した。

 唐突な第三者の登場に先輩方は一瞬あっけにとられつつも、復帰が早い。

 こっちを睨みつけて来て、ガン飛ばしてきた。こえぇ。


「あ、なんだとこら」

「下級生が何の用だよ」

「用がなくちゃ声をかけてはいけませんの?」なんてそんな軽口叩けるような雰囲気ではない。


 並んで立つと対格差がよく分かって、無駄に状況ヤバいのが分かったからだ。

 やっぱりこいつら恐ぇーし、体でけーな。


「どっちが上か教えてやるよ」

「うらっ!」


 なんて、呆けてる場合じゃない。ピンチだ。いや、たった二人だけど。

 俺、ただの高校生だよ? よそうぜ、平和の国の学び舎で。


「がっ、ぐふっ」


 なんて、通じるわけがなかった。


「ごはっ」


 タコ殴りだ。

 顛末?

 このまんまだよ。


 ここから華麗な逆転なんてないし。

 俺は格好悪く殴られまくった。

 女の子は逃げてくれたけどな! せめてもの救いだぜ。


 けどその後は散々だった。

 教師に見つかったのだが、先輩達の睨みに怯んだその教師は「こいつが失礼な事言って突っかかって来たんだ」って話を鵜呑みにしてるし。「えぇー」とか言ってる間に俺は反省文を書かされるし。「違うんですよ。いやマジでほんとに」とかこっちがいくら訴えても、教師は聞いてくれないし。「あいつらに詳しく聞けば分かるから、もう一回話をしてーっ」とか叫んだら、先輩たちいないし、教師にはすっげー嫌そうな顔されたし。


 あーあ、だから普通なんて嫌なんだよ。ホント。

 出来る事なんてたかだかしれてるし。

 特別になりてーなぁ。

 そんな苦い思い出と思いと共に、夢は終わり、俺は覚醒していった。





「なーんで、あんな所に人が倒れてたのかしらね? 応援? とてもそうには見えないけど」

「さあ。本人に聞いてみるのが一番、手当が早かったから目覚めるのにそう長くはかからないはず」


 美女の声がする。

 意識が覚醒するなり俺はそう思った。

 美女だ。艶やかで、だけど幼さを残しつつちょっと背伸びしたようなそんな声と、無機質なだけど抑えきれない他者を慮るような慈愛の声。二人分。


 彼女らは間違いなく美女だ。


 こんなセリフ吐いといて、いい年したおっさんとかありえない。

 美・女! 美女がそこにいる!

 俺の意識、起きろ!

 がばっ。


 目をかっ開いて、ばね仕掛けのおもちゃの様に体を勢いよく跳ね上げる。

 そして、可愛らしい声の主達を己の瞳に焼き付けようと思い、首を巡らせるのだが……。


「おっふ!」


 衝撃がきた。

 起きた瞬間顔面に何かがと飛んできたのだ。グーパンチ×2だった。

 俺、美女に殴られたん!?


「野蛮人、嫌らしい目で何をしようとしたのかしら?」

「三千世界の婦女子を襲っていそうな目つき」


 直後発せられた二つの声に、俺は反射的に言い返す。


「俺、そんな目してた!?」


 遺憾である。


 だが、そんな事はすぐどうでもよくなった。

 反論する為に、暴力を振るった美少女(想像)へと目を向ければ、そこには美少女(本物)がいたのだから。


 か、可愛い。

 おっさんとかじゃない。

 ちゃんと美女だった。


 でもやっぱり暴力はひどかった。

 つい先ほど俺を殴った拳を解いて、ヒラヒラ振っている少女が安堵したように喋る。


「まあ、起きられるなら。大丈夫そうね」


 一人はツインテール美女だ。

 背は小さめだが、人形のように可愛らしい顔立ちをしている。

 体格はちょっと、可哀相……だが問題ない。可愛いから。


「どう、体に不調は?」


 で、行儀よく背筋伸ばしてじっとこちらを見つめている子。


 もう一人は短髪美女だ。

 背は普通。体格は……おおう立派だな。モデルなみのプロポーションに、発育の言い胸部装甲をしてらっしゃる。顔立ちは怜悧ともとれる印象だ。素っ気なさげなセリフから察せられるが、やはり無表情キャラ。


「平気だ。あんたたちが助けてくれた?」


 尋ねれば肯定の頷きが二つ返って来た。


「そうよ、感謝してちょうだい」

「人が倒れていた。助けるのは当然」

「ありがとな。すげー助かった」


 まあ、起きた直後のやり取りはアレだったが助かったのは事実だ。

 二人がいなかったら、雪原で凍死は必須。そこだか分からんがここまで運んでくれなかったら、永遠に夢の国で現実にさよならしてただろうからな。


 心をこめて誠心誠意、礼を告げる。

 ちゃんと頭を下げるのも忘れてないぞ。

 余裕が出来たので部屋を見回してみる。


 美女二人がいるというのに、なんとまあ無機的な部屋だこと。

 部屋の調度品が、ベッド(上に俺、乗ってる)、イス二つ(美女二人座ってる)、机(引き出しとか何もない)、ぐらいだ。

 事務的な感じがするので、どこかの病院かなんかだろうか。


 しかし残念だ。

 ここ、美女之私室ラッキースポットとかじゃないんだな……。


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