第11話 風張の姥捨て庵
かつてこの阿仁地区には、この地で最も古い『天竜山福厳寺』という曹洞宗の寺があった。
阿仁川に架かる風張橋から見える夕景の山々。
N「ある日、福厳寺に訪れた青年僧が、あまりに非凡であったがために、次代住職にと推挙されていた。その青年僧の容姿も美貌秀麗で、多くの女性から、われもわれもと想いを寄せられたことも重なり、長く寺に修行する僧たちの嫉妬すら買うようになっていた」
暮れ往く夕陽を、男と女と車椅子のシルエットがゆっくりと移動していった。
N「思い余った青年僧は、前世の宿業によるものとして、穴を掘らせ…『われ女一代の守護神となる。一度われに頼むならば、吉凶を問わず不浄を論ぜず、瞬時にしてその場に行く』との言葉を残して、21日間の断食ののち、終生を結んだという」
人里離れた風張庵の巣を一羽のクマゲラが飛び立った。
N「その所縁の場所といわれる所には風張庵という社が建っているが、いつの頃からか誰が云うともなく『
日没の風張庵の社に続く長い階段を、老婆を背負った男が登って行った。女は折りたたんだ車椅子を持って男の後に続いた。二人は息を切らして社の境内に辿り付いた。周囲を気にしながら、女は車椅子を広げた。男はその車椅子に老婆を下ろした。男は老婆に哀しげな視線を向けるが、老婆は空を見て無言だった。星が輝き始めていた。
女 「あなた!」
女が男を急かした。
男 「ああ…」
二人は急いでその場を離れた。老婆は遠く去っていく二人にゆっくりと視線を送った。その目に涙が溢れていた。
声 「哀れよのう…」
老婆が驚いて振り返ると、若い僧が立っていた。
僧 「あなた様のことではありません。あなた様をここに捨てていったあの者たちのことです」
老 婆「・・・」
僧 「風張庵へようこそ!」
老 婆「風張庵…」
そこに4人の老人たちがやって来た。藤島杵治、庄司作蔵、松田昭子、亀山菊夫らだ。老婆は無関心の体で再び夜空に視線を逸らした。
僧 「あなたが元気になるまで、今日からこの方々が、あなたのお世話をさせて頂きます」
老 婆「私は息子に捨てられた身でございます。今の今、私の命はないも同じになりました。折角ですが、どなたのお世話にもなるつもりはありません」
僧 「ご心配なさることはありません。この方々もあなたと同じようなご事情を抱えてここに来られました」
老 婆「私と同じ…」
僧 「お釈迦様ご不在の世が長く続いて、人心が乱れているのです。決して彼ら若者たちを責めてはなりません」
老 婆「責めるなどと…この世での私の役目は終っただけですから…私は喜んで彼岸に渡らせて貰います」
僧 「この世の去り方によっては、あの世が必ずしも極楽とは限りませんよ」
老 婆「あの世に行って帰って来た人の話は聞いたことがありません。きっとそれだけあの世という所はいいところだからです」
僧 「あなたをここに置いて行った彼らの罪を、このままにして宜しいのでしょうか? あなたは親として彼らに罪の自覚をさせる責任があります。あなたはまだあの世に行く資格はありませんよ」
老 婆「・・・」
僧 「彼らは不安に怯えているがために、このような過ちを犯してしまうのです。なれば、それなりの躾を施して、彼らを悟りに導いてやればいいのです」
老 婆「躾?」
僧 「ご心配召さるな。2~3日のおつもりでご滞在なされ。ところであなた様の…」
老 婆「私は佐藤カネと申します」
藤 島「カネさん…あんたの二軒隣に住んでいた
カネは疑心暗鬼に藤島に振り返った。
カ ネ「杵冶? 生ぎでだが…なして?」
藤 島「おれだぢ、まだまだこれがらだよ!」
庄 司「おれだぢが変わらねばな、カネさん!」
カ ネ「おめは根性悪の作蔵?」
松 田「庄司さんはこごさ来てがら、大した正直者になったしよ」
カ ネ「昭子? おめ、同級生の昭子だが?」
松 田「こごさ来てがら若返ったんで見違えだべ、ははは」
カ ネ「おめが生ぎでるわげがね。医者にも家族にも見離さえでこごさ棄てらえでたべ」
亀 山「んだよ! したども、こごには何でも治せるお医者さまがえるがら」
カ ネ「かまど
亀 山「おれだぢがお手本にならねばな! 死ぬ前に子どもだぢの躾っこは、ちゃんとさねばな!」
藤 島「そのためにもまずこごで体
カ ネ「年を取れば、みんなこうなるのは苦だども、これ以上、息子や嫁さ迷惑掛げるのはもっと苦だ」
僧 「あなたはその車椅子から立ちます、明日! 息子さんの躾のために! この町の躾のために!」
藤 島「んだよ、カネさん! 明日立ぢ上がって、親を棄てるような子どもば、きちんと躾ねば、極楽さは逝げるもんでね」
松 田「御上の施しさばりシッポ振ってるこの町の “ほえど” 連中も、みんな躾けねば駄目だ!」
藤 島「さあ、中さ入ってカネさん!」
藤島は車椅子からカネを抱き上げ、老人たちと庵の奥に消えていた。
僧がじーっと車椅子を睨むと、突然、車椅子が火を噴き、一瞬で破壊された。僧は満足して奥に向かおうとするが…その足が止まった。
× × × × × ×
森に面した風張庵の裏は、開発工事の途中だった。伐採された樹木、削られた土肌、休止中の土木重機が放置されていた。その奥の一角に強い逆光を受けて、鹿らしきシルエットが立っていた。そこに僧が駆けつけて対峙した。遅れてゾクギ団・緑、黄、ピンク、青が現れた。
僧 「こいつのせいで一向に工事が進まん…今日こそ、こいつを仕留めろ」
シルエットは光を放って消えた。
僧 「追え!」
× × × × × ×
佐藤一男と妻の若子が警察署で捜索願いを出していた。
警察官「いつ居なくなったのに気が付かれました?」
一 男「朝、起きたらいませんでした」
警察官「まだ昼ですよ。どこか用事で出かけられたのでは?」
若 子「黙って出ることなんてないので…」
警察官「思い当たる行き先とかは?」
一 男「…ありません」
警察官「(妻に)ないですか?」
若 子「ありません」
警察官「認知症とかは?」
一 男「特に…」
若 子「あ、でもこの頃よく物をなくして、私に知らないかと…」
一 男「そうなのか?」
若 子「え? …ええ…そうよ」
警察官「とにかく、この書類に記入して…写真ありますか?」
若 子「今、手元には…急いで来たもので…」
警察官「じゃ、あとで持ってきて下さい」
一男と若子夫婦が警察署から出て来た。
一 男「物をなくしておまえのせいにするって本当か?」
若 子「ああいうふうに言うしかないでしょ」
一 男「・・・」
× × × × × ×
ゾクギ団・緑、青、ピンク、黄が森の中で鹿を追っていた。
N「ここは地元では古くから 『
霧が濃く立ちこめ、ゾクギ団らの足が止まった。
ゾクギ・P「囲まれたらしいわね」
フォレシカが現れた。ゾクギ団・緑がいきなり発砲するが、フォレシカは
白 狼「…うせろ」
ゾクギ団・青、黄、ピンクが白狼に集中発砲し、命中しているが、白狼はビクともしなかった。フォレシカの目が光ると、森が唸りをあげて震撼し出した。
ゾクギ・青「何ごと!」
次の瞬間、ゾクギ団は森に弾き飛ばされ、岩や樹木に叩き付けられた。
白 狼「懲りねえやつらだ」
フォレシカと白狼は去り、森が鎮まった。
× × × × × ×
夷館の森の中の隠れ家で、気を失っていたゾクギ団・ピンクの意識が戻った。
達 哉「気が付いたか…」
ゾクギ団・ピンクは慌てて起きあがり、武器を取ろうとするがない。
達 哉「武器は全部預かってるよ」
ゾクギ・P「・・・!」
達 哉「他の仲間はみな死んでたよ」
ゾクギ・P「・・・!」
達 哉「マスクを取れよ…今取らないと永久に人間には戻れなくなるよ」
ゾクギ・P「・・・!」
達 哉「そのマスクは呪われている…このままバケモノなんかになりたくないだろ」
ゾクギ・P「・・・」
達 哉「オレもゾクギ団だったんだ」
ゾクギ・P「・・・!」
達 哉「おまえ…あの庵で何が起きてるか知ってるんだろ?」
ゾクギ・P「・・・」
達 哉「棄てられた年寄りを、ゾクギ団戦闘員に改造するなんて、やり過ぎだろ」
ゾクギ・P「・・・!」
達 哉「なんだ…知らなかったのか?」
ゾクギ・P「・・・」
達 哉「そのうち、おまえのジイちゃんとかバアちゃんも、戦闘員にされちゃうのかな…でも、あんなとこに棄てられるわけないか」
達哉が立ち上がると、ゾクギ団・ピンクは構えた。
達 哉「付いて来な」
闘争的なゾクギ団・ピンクに構わず、達哉は隠れ家の一室を出て行った。ゾクギ団・ピンクは警戒しながら後に続いた。ゾクギ団・ピンクは、深い森の中、達哉の後ろを歩きながら逃走経路を模索していた。気を見て達哉から離れ脱出を計った。森の中を走っているゾクギ団・ピンクの行く手に達哉が姿を現した。
ゾクギ・P「・・・!」
達 哉「さよならも言わないのかい?」
ゾクギ・P「・・・」
達 哉「分かってると思うけど…戻ったら殺されるだけだよ」
ゾクギ・P「この場所を報告するわ」
達 哉「やっと口を利いてくれたね」
ゾクギ・P「・・・!」
達 哉「この場所を報告するというのはいい考えだ。キミが逃げるのも止めないよ。でも、きっとこの場所までは辿り着けないと思うよ」
ゾクギ・P「・・・?」
達 哉「ここを見つける前に、夷館の森の主に見つかってしまうさ、さっきのようにね」
ゾクギ・P「夷館の森の主?」
達 哉「フォレシカ…」
ゾクギ・P「フォレシカ?」
達 哉「全ての善なるものに、聖なる力を復活させる森の主…」
ゾクギ・P「・・・・・」
達 哉「ボスに報告するにしろ、もっと敵情視察してからでも遅くはないと思うけど?」
そう言って達哉は森の奥に歩き始めた。ゾクギ団・ピンクは少し考えてから達哉の後に続いた。達哉は元の隠れ家を通り過ぎ、その奥にある物置の前で止まった。
達 哉「開けてみなよ」
ゾクギ・P「あなたが開ければ?」
達 哉「開けた途端に爆発するかもな」
達哉が物置を開けた。
達 哉「バーン!」
ゾクギ・P「・・・!」
達 哉「どうぞ、お入り下さい…と言っても先には入りたくないか、はは…。じゃ、オレの後について来な。面白いものを見せてやる」
物置小屋があった。ゾクギ団・ピンクは警戒しながら達哉に続いて物置に入った。棚に多数のマスクや戦闘スーツが並べられていた。
ゾクギ・P「これは!」
達 哉「元・同志の遺品だ」
ゾクギ・P「遺品!」
達 哉「こいつらは全員死んだ…ゾクギ団としてはな」
ゾクギ・P「ゾクギ団として?」
達 哉「そう…そして、人間として生き返った…と言うと大げさか。要するにゾクギ団をやめたんだ。彼らは皆、自分の意志でマスクを剥ぎ、自分の意志で戦闘服を捨てた」
ゾクギ・P「じゃ、なぜ、ひとつひとつに名前が付けられているの?」
達 哉「いつでもゾクギ団に戻れるようにだよ」
ゾクギ・P「戻ったら、命はないわ」
ゾクギ団・ピンクは、自分の放った言葉に “ハッ” とした。
達 哉「だよね。だから、今まで戻った奴は誰もいない」
ゾクギ・P「・・・」
達 哉「さて、キミはどうするかな?」
しばらく考えていたゾクギ団・ピンクがマスクを取った。
達 哉「懸命な選択だな。名前は?」
ゾクギ・P「…泰子」
達 哉「じゃ、泰子さん、これに着替えて付いて来な」
泰 子「どこに連れて行く気?」
達 哉「来れば分かる」
× × × × × ×
普段着に着替えた泰子が、達哉の後に続いて小さな集落に続く獣道を進んだ。
達 哉「なぜゾクギ団になった?」
泰 子「あなたは?」
達 哉「働く場所がないからな、ここは」
泰 子「ここの出身なの?」
達 哉「そうだよ。“いたてっ子”っていうんだ」
泰 子「いたてっこ?」
達 哉「この地に生まれた子供のことをそういうんだ。みんなこの森に育てられた。生まれた土地に誇りを持って育った…あの頃が懐かしい…キミは東京?」
泰 子「…棄てられるかも」
達 哉「え?」
泰 子「バアちゃん…棄てられるかも」
達 哉「ああ、さっきの風張庵の話か?」
泰 子「ジイちゃんは桜庭社長の下で働いてる。その事でバアちゃんはジイちゃんと口利かなくなった」
× × × × × ×
泰子の回想(第4話より)。
桜庭土建の前に大勢の住民が列を作っていた。会社建物には求人広告が貼られていた。
『農閑期に現金収入!』
『リゾート開発にともなう各種作業員募集!』
『一日一万円から!』
農民①「一日一万円だば大したもんだべ」
農民②「仕事容易でねったべが?」
農民①「なんも簡単な作業ばりらしいがら年寄りでも大丈夫だど。おら
農民②「んだてな!」
農民①「ほら、佐藤のジッチャが肩で風切ってきた…あれ、孫娘だべ?」
佐藤富松が垢抜けた服装で歩いて来た。そのあとに、中学になる身だしなみのケバい孫娘の泰子が付いて来た。
農民②「何だがジッチャ変ったな」
農民①「ええもの喰ってれば変るべ」
農民②「んだな」
富松は並んでいる農民たちに見向きもせずに建物の中に入って行った。
× × × × × ×
獣道を抜けた達哉と泰子は、乗用車がやっと一台通れる程度の真っ暗なトンネルに入った。
達 哉「そうだったのか…あの富松ジッチャの孫だったのか…」
泰 子「助けて後悔しただろ」
達 哉「知ってたら助けなかったかもな。オレ、あのジッチャ嫌いだったよ」
泰 子「あたしも嫌い…」
達 哉「…だよな。なら助けて良かった」
トンネルをくぐり抜けた二人は再び森の獣道に入ったが、そこで泰子は急に胸騒ぎを覚えた。
泰 子「(モノローグ) バアちゃん…」
達 哉「着いたぞ」
獣道から拓けた集落が見えてきた。地元農民たちの耕作地で、元ゾクギ団の傭兵たちと共に、黙々と農作業に勤しんでいた。達哉は泰子を連れて農道を歩いて行った。
達 哉「彼らは皆、元・ゾクギ団の傭兵だ。地元のお年寄りたちが彼らの心を支えている」
泰 子「えッ!」
達 哉「心配するな、地元の人たちはキミの過去がどうであろうと、誰も敵意も偏見も持たないよ。寧ろ、歓迎だ…キミがここに落ち着く気があるならな」
泰 子「・・・」
達 哉「もうすぐだ」
泰 子「どこに連れて行く気?」
達 哉「あそこだ」
農道の先の森の奥に古寺が現れてきた。古寺の山門の
達 哉「六郎さん!」
六 郎「早かったな」
泰子が声に慌てて振り向くと、いつの間にか後ろに鎌沢六郎が立っていた。泰子は警戒した。
六 郎「あんたには暫くこの寺の本堂で寝泊まりしてもらう」
達 哉「ここの生活に馴染んだら、自分の部屋が用意されるよ」
六 郎「馴染めなければいつでも去ればいい。誰も引き止めない。自分で決めろ。とにかく飯を食え…ジッチャが用意してる」
六郎は去って行った。
達 哉「鎌沢六郎さんだ。ここに来た連中はみんなあの人の世話になってる」
泰 子「・・・」
達 哉「彼を襲えば、五寸釘の餌食になっちゃうから気を付けてね、ははは」
泰 子「五寸釘?」
× × × × × ×
夷館寺・僧房で滝次郎がかまどの大鍋の湯気を背に、釘を研ぎ続けていた。
N「合体してアイカワイルドに変化する鎌沢丈雄・六郎兄弟の祖父は、幻のマタギ衆のひとり『仕掛けの滝次郎』である。並外れた罠の名手であると同時に、武器として五寸釘を自在に操った。丈雄・六郎兄弟は幼い頃から遊びの中でその技を受け継いでいた」
五寸釘を研ぎ続ける滝次郎の目が光った。研いでいた五寸釘が放たれて、木の柱に足長蜂が刺されていた。滝次郎は鍋の蓋を開け、豪快に “きりたんぽ” を放り込んだ。
達哉と泰子は六郎の後を追って、夷館寺・境内を歩いて行った。本堂から、人間の姿に
フォレ「悲しい眼をしている娘こだ…」
本堂の前にアニアイザー一同が現れた。
N「聖なるフォレシカは、アニアイザーが目指す桃源郷の長である。夷館の森の隠れ里には、アニアイザーが救出した人々の集落があり、古くから地元に住む人々の理解と、時代から外されて行き場を失った老人たちの知恵で支えられていた」
人間垂迹フォレシカが、雲一つない青空空を見上げて呟いた。
フォレ「嵐が来る…」
× × × × × ×
風張庵の裏手から、ダメージを受けたゾクギ団・青と黄が逃げて来た。ゾクギ団・黄はその場に倒れて絶命した。ゾクギ団・青の前に僧が立ちはだかった。
ゾクギ・青「・・・!」
僧 「突き止めたのか?」
ゾクギ・青「・・・」
僧 「他の奴らは?」
ゾクギ・青「・・・」
僧 「無口がいいのか…」
僧が外した首の数珠が一瞬にして鋭い剣のように尖り、ゾクギ団・青の体を突き抜けた。僧はその数珠をゆっくりと引き抜いた。ゾクギ団・青は既に息耐えて崩れ落ちた。僧は夷館の森に目をやり、恐る恐る森との境界に足を踏み入れた。突然、全身を森の霊光に包まれて激しく痙攣し、悪鬼の正体を晒して聖域から弾き出された。
悪 鬼「なぜこのオレだけが…」
桜庭が現れた。
桜 庭「私が行きます」
悪 鬼「今度こそやつを仕留めろ」
4人の老人、藤島、庄司、松田、亀山が現われた。
悪 鬼「連れて行け」
桜 庭「私がひとりで…アジトを突き止めます」
悪 鬼「・・・」
桜 庭「では…」
桜庭が聖域に入ろうとすると悪鬼が背中から声を掛けた。
悪 鬼「ドケーン!」
桜庭は止まった。
悪 鬼「余計なことを考えると身の破滅だぞ」
桜庭は無言で森に入って行った。悪鬼は不機嫌に僧に垂迹変化した。
僧 「気に入らん…気付かれるなよ」
老人たちはそれぞれゾクギ団・青、黄、ピンク、緑の正体を現した。
僧 「これで住職のトドメを刺すのだ」
僧はゾクギ団・青に数珠を渡した。ゾクギ団4色は桜庭の後をつけて森に入って行った。
× × × × × ×
日没間近の夷館寺境内に現れた泰子は、気配を消して寺から逃亡し、全力で森を疾走した。
× × × × × ×
追手の気配を感じながら、夷館の森の中を無警戒の体で歩く桜庭が、真っ暗なトンネルを発見して立ち止まった。
桜 庭「・・・!」
トンネルから出てきた泰子を桜庭は後ろ手に捕まえた。
泰 子「おまえ!」
桜 庭「(小声で)黙って聞け。このまま森に戻れ」
泰 子「・・・!」
桜 庭「あの風張庵の役割を知らないわけでねべ! 風張庵に戻れば殺さえる!」
泰子は夷館の森の中での達哉の言葉を思い出した。
× × × × × ×
達 哉「おまえ…あの庵で何が起きてるか知ってるんだろ?」
ゾクギ・P「・・・」
達 哉「棄てられた年寄りを、ゾクギ団戦闘員に改造するなんて、やり過ぎだろ」
ゾクギ・P「・・・!」
達 哉「なんだ…知らなかったのか?」
ゾクギ・P「・・・」
達 哉「そのうち、おまえのジイちゃんとかバアちゃんも、戦闘員にされちゃうのかな…」
× × × × × ×
元のトンネル入口。
泰 子「てめえ、うぜえんだよ!」
突然、ゾクギガンが泰子の肩を掠った。
桜 庭「早ぐ逃げろ、泰子!」
泰子は桜庭から離れてトンネルに引き返したが、途中でゾクギガンに倒れた。
桜 庭「・・・!」
桜庭が振り返るとゾクギ団・青がゾクギガンを構えたまま現れた。トンネルの途中では、泰子が必死に立ち上がってヨタヨタと逃げ始めた。泰子を狙いすました先に桜庭が立ちふさがった。
ゾクギ・青「どういうつもりだ!」
桜 庭「せっかくの案内人の口を封じるつもりか」
そこに現われるゾクギ団・ピンク、黄、緑、さらに大勢のゾクギ団・黒の戦闘員たちが現われた。
ゾクギ・青「将軍、アジトを総攻撃しろとの命令です」
桜 庭「おまえらそんなに無駄死にしたいのか?」
ゾクギ・黄「何だと!」
桜 庭「このまま進めば敵の術中だぞ。オレの策に従えないのであれば好きにしろ。オレはてめえらとの心中は御免だ」
ゾクギ・青「好きにするさ…我々のリーダーはおまえじゃねえ。(一団に) 女を追え!」
ゾクギ団は泰子の後を追ってトンネルに入って行った。
× × × × × ×
夷館の森をシマヘビが走った。クマゲラが樹木に止まって木を突き始めた。
× × × × × ×
夷館寺境内で白狼が耳を傾けていた。本堂では護摩が焚かれ、鎌沢丈雄の祈祷が始まっていた。
夷館寺山門に黒い戦闘員が現れ、寺を包囲して潜んだ。老人の姿に変化したゾクギ団4人が山門を潜った。
本堂で祈祷を続ける丈雄の背後に4人の老人たちが忍び寄った。藤島の手から丈雄の背中に鋭い凶器となった数珠が飛んだ。一頭の鹿が飛び出してその凶器を受け、地に叩きつけられて絶命した。続けざまに銃弾が飛ぶが、別の鹿が盾になって息絶えた。
声 「かわいそうなことを…」
藤島たちは背中の声に驚いた。六郎が現われ、藤島には目もくれずに鹿の傷口に手を当てた。六郎の手から閃光が走り、鹿は蘇生した。六郎に銃弾を浴びせようとし庄司が、京子の霊術 『ゲキリン波』 を受けて、手負いでゾクギ団・黄の正体を現した。六郎はもう一頭の鹿も蘇生させた。
六 郎「よしよし、森に帰りなさい」
六郎は次々と境内に現われた黒い戦闘員に振り向いて毒づいた。
六 郎「おまえらは地獄に帰りなさい」
京 子「なんという罰当たりな言葉を…こちらの皆さんは揃ってお参りですよ」
ゾクギ・青「やれ!」
銃を構えた黒い戦闘員が次々と弾け飛んで、白狼が着地した。フォレシカが現われた。
フォレ「ここで殺生沙汰は感心しません。その銃を捨てて一緒に土を耕しましょう?」
ゾクギ団・青がフォレシカに攻撃を加えようとすると、その足元に五寸釘が刺さった。滝次郎が現れた。
滝次郎「みんな、飯だぞ」
本堂の丈雄が祈祷を追えて立ち上がった。
丈 雄「自滅したいのであれば他人様を巻き込んではなりません。ひとりでお逝きなさい」
ゾクギ・青「かかれ!」
丈雄が黙祷し合掌すると、総攻撃を掛けようとしたゾクギ団の体が金縛り状態になり、ジリッジリッと寺の外へと追い出されていった。
白 狼「オレは和尚ほど寛大じゃねえんだ。生きてこの森からは出さねえぞ」
白狼は恐ろしい唸り声を発して狼に本地し、巨大化した。うろたえるゾクギ団配下が遁走を始めた。
ゾクギ・緑「くそっ!」
白狼に立ち向かおうとするゾクギ団・緑と黄だったが、次々と白狼に咬まれて振り回され弾き飛ばされた。
丈 雄「これこれ、殺生は…ま、見なかったことにするか」
× × × × × ×
夷館の森の中をゾクギ団・青、ピンクと黒の配下たちが必死に逃げる後を、恐ろしい殺気で白狼が追った。
× × × × × ×
夷館寺の一室で京子は泰子を看病していた。泰子が気が付いた。
泰 子「・・・!」
京 子「警戒しなくても大丈夫よ…私は菅原京子です。私も元はゾクギ団…今はアニアイザーの一員なの」
泰 子「アニアイザー!」
泰子は条件反射で身構えた。
京 子「戦う? でも、体力が回復してからでないと私には勝てないわね。早く元気になるには恋をするのが一番ね。取りあえず、あの達哉あたりで間に合わせて、そのうちもっといい男に乗り換えればいいわ。さらに私のように艶やかな女になりたければ、男をどんどん回転させて…」
達哉が現われた。
京 子「おう、取りあえずの男が来たか。じゃ、あとは頼んだ」
達 哉「取りあえずって?」
京 子「最後のチャンスは無駄にするな、青年!」
達 哉「最後のチャンス?」
京子が出て行った。
達 哉「京子さん! 最後って何が! 京子さん! (泰子に)最後って何だべね?」
泰子が頬を染めてうつむいた。
× × × × × ×
山中でフォレシカの目が光った。桜庭が泰子の血の跡を辿って山中を歩いていた。
× × × × × ×
夷館の森の出口に近くの山中に、息絶えているゾクギ団・緑、黄と黒い戦闘員の死体が散乱していた。息も絶え絶えのゾクギ団・青を咥えた白狼が、獲物の体を激しく振り飛ばした。
× × × × × ×
風張庵境内に夷館の森から弾き飛ばされたゾクギ団・青が飛んできて、悪鬼の足下に叩き付けられた。怒りに奮えた悪鬼は、夷館の森を睨み据えた。その先の森の上空に浮かぶ『白鷹号』に気付いた。ゾクギ団の戦闘機の侵入から夷館の森を守っていたのだ。
悪 鬼「おのれー!」
× × × × × ×
森の外を睨み据えた白狼が、本地から垂迹し、森の奥へ去って行った。
× × × × × ×
森を歩く桜庭の行く手に夷館寺が現われた。境内に踏み入ろうとした桜庭の足元に、数本の五寸釘が刺さった。桜庭はドケーン将軍に変化した。丈雄、そして京子、愛が桜庭を出迎えた。
愛 「泰子さんは無事よ」
将 軍「・・・!」
愛 「泰子さんの安否が気になってここまで来たんでしょ?」
将 軍「・・・」
戻ろうと振り向くと、陽昇が立っていた。
将 軍「・・・!」
ドケーン将軍はゆっくりと陽昇に近付いて行った。愛は、出ようとする京子を制止した。ドケーン将軍は陽昇の前で止まった。懐で丈雄の手に握られた数本の五寸釘に力が入っていた。
将 軍「・・・」
陽 昇「・・・」
ドケーン将軍はそのまま静かに陽昇と擦れ違って去った。
陽 昇「(モノローグ) 殺気がない!」
× × × × × ×
ドケーン将軍が風張庵境内に戻るなり悪鬼の数珠刀が飛んで来た。ドケーン将軍はかわした。
悪 鬼「きさま、わしの天誅をかわすのか!」
将 軍「部下が私の指令に従わなかったのは何故です? お陰で全滅です」
悪 鬼「おまえだけだと信用できん…だから部下をやった。案の定、おまえだけがのこのこ戻って来たのはどういうわけだ」
将 軍「・・・」
悪 鬼「部下がおまえの指令に従わないのは、おまえの無能な采配にある。この役立たずが!」
悪鬼の手が翳され、ドケーン将軍が眼を押さえて苦しみ出した。
悪 鬼「よく聞け! 最後のチャンスだ! 無能なおまえにはアニアイザー全員を倒すのは無理だ。しかしひとりだけなら何とかなるだろう…ひとりだけ倒せばこの苦しみから永久に解放してやろう。ひとりだけだ。おまえの息子を倒せ!」
将 軍「・・・!」
その時…風張庵裏手で爆発音がした。
悪 鬼「何ごと!」
悪鬼は僧の姿に垂迹し、風張庵裏手に急いだ。ドケーン将軍は悪鬼の拷問から解放されて気を失い、桜庭の姿に戻った。
× × × × × ×
風張庵・裏手に六郎が潜入していた。
六 郎「急いで!」
六郎は、姥捨てされて軟禁されていた老人たちを引き連れて夷館の森に脱出した。その中に佐藤カネの姿はなかった。
× × × × × ×
風張庵・境内で気を失っていた桜庭が、ふらつきながら立ち上がった。
× × × × × ×
阿仁風張地区の農園で、佐藤夫妻がネギやじゃがいもの収穫をしていた。若子が、森から立ち上る異様な煙に気付いた。
若 子「ねえ、あんた! あれ
一 男「・・・!」
作業を放って走り出した一男を、若子は追い駆けた。
風張庵山門に駆け付けた一男が、退避する黒い戦闘員の群れに弾き飛ばされた。戦闘員のひとりが一男に発砲しようとすると、桜庭がその銃を掴んで制した。
桜 庭「無駄な油売ってんじゃねえ! 早く戦闘ヘリに急げ!」
黒い戦闘団が走り去った。
一 男「桜庭さんでねが? その目、どした?」
桜庭は一男に答えず戦闘ヘリとは逆の方向に走って行った。若子が一男に追いついて来た。
若 子「今の桜庭さんでねが?」
一 男「目さ怪我してだ…」
若 子「あの黒い人だぢの仲間だべが…」
一 男「それより急がねば!」
二人は急いで境内に入って行った。風張庵境内に入ると、本堂まで炎が燃え広がっていた。
一 男「母さん! 母さーんッ!」
若子は燃え盛る本堂に入ろうとする一男を必死に止めた。
若 子「やめでアンタ、やめでーッ!」
一 男「放せ、バガヤローッ! 母さーんッ!」
若 子「やめでアンタ! ごめんなさい! ごめんなさい! おばあちゃん、ごめんなさい! 私はなんてごどを!」
泣き崩れる夫婦の前に泰子が現れた。
泰 子「(お父さん、お母さん…) どうしてこごさ居るの!」
若 子「泰子! なんだって、おめ!」
泰 子「バアちゃんを棄てだのね!」
若 子「・・・!」
泰 子「バアちゃんを棄てだのね、お母さん!」
若 子「・・・」
泰 子「お父さん!」
一 男「・・・」
若 子「泰子、仕方ねがったんだよ!」
泰 子「じゃ、この中にバアちゃんが?」
若子は泣き崩れた。
泰 子「バアちゃん…」
泰子は意を決して炎を吹き出す本堂の階段を上がった。
一 男「泰子、やめろ! 死んでしまうど!」
泰子はキッと振り返った。
泰 子「バアちゃん棄てる親の傍なんかで生ぎでだって不愉快なだげだ! お父さんもお母さんも、困ったごどは全部何がのせいにばりして! 泣いでばり! 文句ばり! とうとうバアちゃんまで棄てたが!」
一 男「泰子…」
泰 子「バアちゃん! 今助けるがら待ってでーッ!」
若 子「泰子ーッ!」
泰子は本堂の火の中に飛び込んだ。風張庵のご神木にクマゲラが止まった。一閃、もののけが走り、本堂の炎の中から、垂迹のフォレシカと白狼がカネと泰子を救出して飛び出して来た。
一 男「母さん…」
若 子「許してたもれ…許して…」
遠くで消防と救急車の音が聞こえる。
カ ネ「立でるがら降ろしてもえよ、泰子。助けでもらった人だぢにお礼しゃべねばな」
フォレシカと白狼の姿は既になかった。
泰 子「えねぐなった…」
カ ネ「どごの人だったべが?」
泰 子「この森の神様だよ、きっと」
カ ネ「どおりで変わった格好してだど思った」
泰 子「なしてあんな床下の土さ潜ってだの?」
カ ネ「こごさ棄てらえだ年寄はみんなバゲモノにさえるもの…夜中にこっそり土掘って埋まってだ」
泰 子「死んじゃうよ」
カ ネ「どうせ棄てらえだ身だもの、そのまま土になってもええど思ってな」
泰 子「バアちゃん、軽ぐなったな。家さ帰ろね」
カ ネ「帰ったて…おめ、まだすぐに出がげねばなねべ?」
泰 子「もう出がげねよ。ずっとバアちゃんどえる。畑っこ教えで?」
カ ネ「んだが…したら帰るべな」
泰 子「うん!」
× × × × × ×
ゾクギ団・指令戦闘機が炎上する風張庵が上空で滞空していた。対峙して『白い鷹号』が滞空していた。
× × × × × ×
悪 鬼「引け…」
炎上する風張庵上空をゾクギ団戦闘機部隊が引き上げて行った。
× × × × × ×
アニアイザー本部では、森川と山下が『白い鷹号』からのモニターを見ていた。
森 川「よし、消火!」
× × × × × ×
『白い鷹号』操縦席。
田 島「了解! したら消火お願いします!」
『白い鷹号』から、スクリューされた霧状の液体が噴射された。
× × × × × ×
風張庵境内に消防隊が駆け付けるとほぼ鎮火していた。カネは救急車のストレッチャーに保護されて、満身創痍の泰子が付き添った。
救急隊員「あなたも手当てが必要ですから、向こうのストレッチャーに横になって…」
泰 子「いえ、あたしは大丈夫です。バアちゃんに付き添わして下さい」
風張庵山門前から救急車が発車した。焼け落ちて煙る風張庵跡で、一男夫婦が呆然と佇んでいた。その焼け跡の空に若子が気付いた。
若 子「虹…」
一 男「虹の…橋だな…橋は、一箇所崩ひば全部流さえでしまうもんだな…」
N「風張庵は焼け落ちた。あらゆる手で忍び寄るゾクギ団の甘い罠。過疎の進む町が老人の存在と、知恵を尊び、活かせる日は来るのだろうか…過疎で平和を作るのは誰なのか…自己犠牲の魂を蘇らせる北秋田市民自身に他ならない」
一男と若子は夕陽の風張を、重い足取りで家路に着いた。虹の橋を駆け渡るフォレシカが立ち止まり、二人を見つめていた。
( 第12話 「白頭巾沢」 につづく )
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