第45話 祈りは夜天をこえて

 カーラはようすけに目配せをして、歩き出す。近くでルーミを抱きかかえたまま、こちらを見ている優香へと近寄った。


「そいつの容態は?」


 カーラが話しかけると、優香は口をいったんぎゅっと結んでから答える。

「相変わらずよ。呼吸はおとなしくなったと思うけれども」

 その言葉に、カーラはルーミの顔色を見る。折りたたんでいるはねの色も、最初に見たときは薄かった。今は、抱えている優香の手からこぼれるほどには光を取り戻している。


「そいつはぎようこうだ。なにせ、星の従者には、まだやるべき仕事が残っている」

「仕事?」

「ああ」


 従者としての仕事はここまで。あとは、彼女自身の問題に向き合う時間。

 ただ、それもカーラの思惑通りにことが進めば、だ。最後の一手、予測通りであれば、ライツの問題は解決する。


 その一番の功労者であるルーミの功績をたたえつつ、カーラは今一度気を引き締めた。


「それにしても」


 カーラが話を続けようとすると、優香は露骨に嫌な顔をする。彼女の中でのカーラ評は改善しているとはいっても、まだ警戒は解けていない。時折、鋭い視線をカーラに向けてくる。

 ただ、それも悪くない、とカーラは思えるのだ。かつて、理不尽な悪意を向けられた経験を思えば、優香のそれは健全である。何せ、まもりたい者のために気を張っているからこその敵視だ。


「洋介のあの察する力、あれは脅威だな」


 洋介に疑惑の視線を向けられたとき、平静を装いながらも、カーラは内心冷や汗を感じていた。『貴方に欺瞞の真実をヴェーラ・インガンノ』、それはそれこそライツや洋介達とたいして感じた弱点を克服するために磨き上げた術。

 自信はあった。だからこそ、リィルにも切り札はあると伝えたのだ。それを、違和感というさいとげとはいえ、洋介に残してしまうとは。


「貴様が恐れるだけはある」

 まだまだしゆぎようが足りない。カーラはそんなことを思いながら、優香に笑いかけた。


 ふいに柔らかい表情を見せられ困惑する優香。少し考えてから、うなずく。

「……それには同意するわ。けれども」

 優香はほおを膨らませた。明らかに不機嫌になる。


「私が、恐れているって根拠。あなたはどこで知ったのかしら?」


 誰にも話したことは無い。本人にも賞賛としてでしか伝えていない。全てを見透かされるのではと恐れ、自分には無い力に憧れた。

 よろいをまとって隠してきた本心。自分でも気づいていなかった心理を洋介に見破られた、あの日。洋介は目標になった。


 洋介と、ライツしか知らない優香の大切な思い出だ。そこに土足で踏み込まれたようで、優香は気分が悪かった。


「さてな」

 肩をすくめるカーラに優香は眉根を寄せる。


 カーラは含みのある笑いを優香に残して、視線を上に向けた。


 夜空に星々がまたたく。その中央に、ずいぶん鮮やかな色が戻った虹色のはねが見える。ただ、その目はまだ冷たく地面を見下ろしている。

 まだ走ってこちらに向かっているロォルを追っているのか、その視線は一点に定まっている。しかし、動いている相手に狙いがつけられないのか、金色の弓はその手に握りしめられたままだった。


「ふっ」


 カーラから思わず笑みがこぼれた。

(あのときとは、逆の立ち位置だな。星の姫よ)

 あの弓を初めて見たとき、そのすさまじき力の奔流に体が震えた。伝説の『星使いティンクル』の力に、恐れおののいた。

 しかし、その光に込められた意思は優しさだった。母の顔を忘れていたカーラに、それを思い出させてくれた。


 その感謝を胸に、カーラはライツをにらみ付ける。その目に映るのは、いまだにライツをむしばむ漆黒の呪い。

「さぁ、返してもらうぞ。我が友を」


 祈りは夜天をこえて。


 人間だった頃、母が迎えに来てくれると神に祈った。それはかなわなかった。しかし、その絶望をライツは救ってくれたのだ。

 今度は届ける。この祈りはライツに届くと信じて、カーラは翼を広げる。


 かなわなかった祈り、届かせたい祈りをその羽に乗せ、カーラは夜空へと力強く飛び立った。



「……!」

 ライツの眉がピクリと動く。下から迫ってくる相手に身構えた。


「こうやって目の前に立つのは、あの日以来だな。星の姫よ」

 緊張するライツとは対照的に、カーラは余裕の笑みで彼女の視線を受け止めた。


「欲を言えば、もう少し感動的な再会を演出してみたかったものだな」

 ははは、と高い声で笑うカーラ。そんな彼女に対して、ライツの表情は変わらない。冷たく、どこを見ているのか分からない視線。

 面白くない、とカーラは思った。しくもそれは、カーラの結界内で初めて相まみえたライツがカーラに対して抱いた感情と一緒だった。


 闇妖精のろうごくを脱獄した頃のカーラは人間への恨みに心を染めていた。妖精族には興味が無く、ライツが伝説の『星使いティンクル』の力を継いでいると分かったカーラは最初まともに彼女と戦わなかった。そんなカーラに「あたしを見ろ」とライツは憤っていたのだ。


 目の前にいるのに、見てくれない。そのいらちを、カーラは初めて実感したのだった。


「さて、星の姫。貴様が何をしたいのか分からんが」

 カーラは自分の思いをいったんは閉じ込めて、不敵に笑う。右手をぐっ、と握りしめてから広げた。

 彼女の爪が、あかく染まり長く伸びる。月明かりを浴びて、それが妖しく光った。


「少々、私に付き合ってもらうぞ」


 小細工無し。カーラは、一直線にライツのもとへと飛んだ。きらりと光る爪を、ライツの金色の髪に向けて振り下ろす。

 高い金属音が夜空に響く。ライツは左手の弓で、それを受け止めた。カーラはそのまま、押し込んでいく。二人の顔が近づいた。


 ライツの瑠璃色の瞳にカーラが映る。

「さて、ようやく私を見たな」

 瞳に映るカーラは愉悦に口端をゆがめていた。


 ライツは空いた右手につえを生み出す。それを大きく横に振るってきた。カーラは上へ飛んで、それを避ける。

 そのまま勢いをつけて、ライツの頭上を飛び越え、背後へと回り込んだ。はねを狙い、再び振るわれた爪は空を切る。ライツは逆に下へと飛んでいた。二人の距離が空く。


 見下ろすカーラは月を背景にほほむ。


「ほら、私をどうにかしなければ、ずっと貴様の邪魔をし続けるぞ。貴様らしく、貴様の全てで、ぶっ飛ばしてみたらどうだ?」


 挑発しながらもカーラは冷静に、ライツの挙動を見る。逃げられてはいけない。自分に注目させ、自分を敵視させ、自分に全力を出させる。カーラの行動は全て、その目的のために行われたもの。


 ライツの視線が鋭くなる。感情の入ったそれに、カーラは喜びを覚えた。


 そして、ライツはカーラの望む通り。

「流れる星のキセキをここに」

 その手にしたつえを、バトンのように回しだしたのだった。

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