第44話 信じて託す
夜空を貫く一筋の光。ライツの放った矢は、瞬く間に遠くに消え去った。リィルはその行く先をにらみ付けている。
「……ふぅ」
しかし、すぐに小さな息を吐いて表情を和らげた。
ロォルの気配が、動き出した。こちらに向かっている。彼女は無事に避けられたようだ。
「あ、まずい」
リィルはめまいを覚える。視界が
ロォルが助かった
「おっと」
その背を支える温かい手。ぼんやりとした視界で見上げると、
「平気か?」
「う~ん、そこそこ。まだ生きているから平気」
その言い回しに洋介は苦笑いを浮かべる。
リィル本人の気性か、それとも氷妖精の特性なのか。彼は、命があるかないかで判断する癖がある。長い間、過酷な自然環境で生き残ってきたが故だろう。
(そういや、昔会ったときもこうだったな)
ロォルのことを心配している癖に、「とりあえず、まだ生きているから大丈夫」だと
「ロォルは?」
「ああ、あいつも平気。こっち向かってる」
リィルの口調ははっきりしているが立ち上がる気力はわかないのか。洋介の腕に体重をあずけたまま、ぼんやりとした表情で話を続けている。
「とりあえず、オレ達の出番は終わりかな。これ以上は難しそう。動けないや」
「……ありがとう。あいつのために、体を張ってくれて」
洋介の言い方に、思わずリィルは笑ってしまった。
「にぃさんは、相変わらずかぁさんみたいな言い方をする」
もう遠い記憶の
「それ、せめて父さんにできない?」
洋介は顔を赤くしながら、頭をかいた。前にカーラ相手にもマンマとか言われた気がする。そのときも、こうして支えていた。
「まぁ、ロォルも頑張ったからさ。こっち来たら、褒めてやってよ。あいつ、喜ぶから」
「僕が褒めるくらいで喜ぶかな」
洋介にとっては純粋な疑問だった。しかし、その言葉をリィルは多少の驚きをもって受け止める。
(おい、ロォル。おまえ、オレより日本に来てにぃさんに会ってんだろ。何も進展してないじゃん)
妹の恋路がうまくいっていないことを悟って、リィルは深々と息を吐いた。そんな彼を、洋介は心底不思議そうな目で見ている。
ただ、リィルはそんな洋介の表情に
「にぃさん、オレはオレのやりたいことをしただけ。にぃさんが気に病むことは無いよ」
リィルの
初めて、ライツの虹色の
だから、「友達は助け合い」だと、自分を奮い立たせた。無力な自分にも、何かできるはずだと。
「そうかな」
こうして何もできずに、唇をかむ。見守っていることしかできなくて、拳を握りしめる。あの時の焦燥感が襲ってくるのだ。
「そうそう。それに、にぃさんには最後の詰めってのがあるからさ」
「最後の詰め?」
にやにやと、リィルは笑っている。困惑している洋介に対して、リィルの表情に一切の揺らぎは無い。
リィルは信頼している。自分がしてしまった
リィルが与えた精神的外傷のせいで、化身が解けなくなって鳥の姿で過ごしていたロォル。リィルができなかった、彼女の心の扉を開かせた、
だから、信じて託すことができる。自分達はライツを捕まえるだけでいい。
「闇のねぇちゃんも、きっとそのつもりだから」
「カーラ?」
洋介は振り返る。瞬間、ぞくりと背筋に冷たいものが走った。そこに、得体の知れない何かを感じたから。
「よくやった。氷の兄妹」
口端を
「ここまできたら、私も応えるしかあるまい」
月に向かって手をかざす。その手の周囲に、じわりと周囲の闇が集まってくる。
準備はできた。想像も完成した。あとは、この世界に表現するだけ。
その目に、ライツが映る。彼女は落下したロォルを目で追っているのか、こちらを見ていない。好都合だ。
すぅ、と息を吸い込む。彼女の口に、カーラに
「『
刹那、空間が割れる錯覚を覚える。裂け目が走ったそれは、ガラスの輝きを残した。そのきらめきが、地上に落ちたとき、世界は静寂を取り戻す。
その光景を見ていたリィルは首を
(あれが、とっておき?)
最初に話したときは自信ありげに見えたが、そんな大した術に見えなかった。一瞬だけ変なものが見えたが、今は暗闇に立つカーラが見えるだけだ。その目の輝きもすでに収まっている。
あれで、どうするのだろう。注目していたら、カーラがこちらを見た。
「氷の小僧。礼を言う。ずいぶん、星の姫の
言われて見上げる。ロォルにまだ執着しているのか、弓を手にしたまま一点を見つめているライツ。その表情は変わりなくとも、
「洋介。星の姫は私が空から引きずり下ろす。そのあとは任せたぞ」
任された洋介は、無言でカーラを見ている。
「にぃさん?」
あまり彼らしくない態度に、リィルは不安げにその表情を見つめた。
(なんか、変だよな)
目の前にいるのはカーラだ。しかし、違和感がある。それを探っている洋介はカーラの声を無視するほどに集中していた。
(ああ、そうか。何かズレてるんだ)
洋介は納得する。気づかなければ、気にならないほどのズレ。カーラは、洋介と視線を合わしているようで、実は彼を見ていないのだ。
それが不気味に思えて、カーラを信じて良いのか分からなくなって。洋介は返事ができなかった。
「おや?」
そんな彼の態度に、少しだけ驚きの顔を見せたあと、カーラは笑った。それはいつもの含みのある妖艶なものではなく、優しさを感じるもの。
そして、口元に人差し指を当てて片目を閉じた。
――黙っていろ。
その目がそう言っている気がして、洋介は
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