真昼の流星 その2
「
リッツの姿が見えないと探し回っていた桔梗は、壺から生える足を見つけた。桔梗の声が聞こえたのか、その足はじたばたと動いている。しかし、そのせいでますます埋まっていっているようだ。
桔梗が見ているうちに、ますますリッツの足は視界から消えていく。桔梗は溜め息一つ残し、リッツの足をつまみ上げた。
「ひゃあ」
地球に引かれてめくれようとしていたスカートを押さえているリッツが桔梗に釣り上げられた。彼女の顔は真っ白な粉だらけになっている。桔梗がその粉を砂糖だと気づくのに、時間はかからなかった。
リッツの埋まっていた跡を見て、全てを察した桔梗はさらに大きく息を吐いた。
「おうおう。家主秘蔵の砂糖菓子を食い荒らしおって。南蛮ものなど滅多に手に入らぬからと喜んでおったのに」
この土地の権力者である家主。その屋敷の空き部屋に住み着いている桔梗は、普段表には出さない彼のとろけた顔が好きだった。人は偽るもの、それは桔梗も知っているが、あそこまで可愛らしいものを桔梗は知らない。
なにせ、周囲の人間には恐れられている暴君だと言うのに、甘いものが献上されると明らかに顔がほころんでいるのだ。ちなみに、周囲に人間がいる時には一切見せないので、その顔を知っているのは恐らく桔梗だけだろう。
昔、似たような権力者がいたことを桔梗は思い出す。彼の場合は、その落差はさらに凄まじかったのだが。
(人の
見栄っ張りで強情だ。そういった
「これ、すっごく美味しいよ!」
逆さまになったまま、目を輝かせるリッツ。そりゃ、美味しかろうと桔梗は
(これはあやつが犯人探しに
元の半分ほどに減った菓子を見て、桔梗はニヤニヤと笑い出す。これを見た家主の反応が今から楽しみなのだ。
「ほんに、
リッツは桔梗がなかなか思いつかないことを実行してくれる。それが桔梗にとっては楽しくて仕方ない。
「ん?」
そんな見るからに嬉しそうな桔梗の表情の意味が分からず、それでも見ているだけで嬉しくなってきたリッツは満面の笑みで笑いだした。
そんなリッツとの一時から、桔梗は久しく忘れていた感動を手に入れていた。退屈とは対義の、次に何が起こるかわからない、そんな気分の高揚を覚えていたのだ。
リッツはリッツで、初めて見る地上界に興奮しながら、懐の大きい桔梗に懐いていた。もう何年も一緒にいるかのような、そんな心地よさを感じていた。
しかし、そんな日は長くは続かない。
「あ、あれ?」
ふいに、隣を飛んでいたリッツの姿が消えて桔梗は目を丸くする。すぐに落下したのだと気づき、桔梗は膝を折る。
「おい、どうした?」
「キ、キョウ」
足下ではリッツが地面に仰向けで倒れていた。桔梗を見る目は虚ろで、明らかに正気ではないことが手に取るように分かる。
(なんじゃ、これは)
それなのに、分からないのだ。リッツがなぜ、こんなおかしなことになっているのか。本質を見通すことができるはずの、桔梗の紫の瞳には何も映りやしない。
「うっ、ふぅ」
輝きを失った目で、荒々しい呼吸をするリッツを抱きかかえることしかできない。
(どうすればいい、どうすれば)
思考はまとまらない。焦りだけが加速する。どれだけ考えたとしても、そもそも星妖精についての記憶が足りない。有効な手段が思いつかない。
「知らない」ことには、こうも無力なのかと桔梗は己を恥じる。
「よかった、間に合いました」
そんな桔梗の背後からかけられた、穏やかな声。
「
普段なら背中に立たれることなど、桔梗は許さない。しかし、今は、今にも消えそうな手元の光に意識が集まっていた。声に気づいたのも、
「あなたが、その子を護ってくれていたのですね」
そこにいたのは、蒼い髪をした女性。その髪色と同じく淡い蒼に輝く
その視線は、桔梗が抱くリッツに向けられていた。その柔らかな目に、桔梗は同族に向ける以上のものを感じ取る。
「
「ええ、話を聞いていましたか。私はその子の後見人であるライナです。リッツがお世話になりました。あとは、私にお任せを」
すっ、と桔梗に伸ばされた手。その掌を見て、少しだけ
ライナに抱かれると、リッツの呼吸はすぐに穏やかになった。それを見た瞬間、嫌な想像が桔梗に襲いかかってきた。
それでも、逃げるわけにはいかない。
「・・・・・・そやつに何があった?」
ライナは、その真剣な目を見て、少しだけ目を伏せた後に答えた。
「この子は、ちょっと私達の中でも特別で。
(やはりか)
ライナは言葉を濁しているが、桔梗はすぐに察した。自分の存在そのものが、リッツにとっては負担だったのだろうと。
星妖精は、光と闇が混ざり合って生まれた種族だ。影響を受けやすい、と言われているリッツが闇そのものである桔梗の側にいて良い影響があるわけがない。
リッツとの交流は桔梗にとっては得がたい経験であった。後には思い出となるだろう。だからこそ、自分のせいでリッツを傷つけたとあっては普段奔放な桔梗も心苦しさに狂いそうになる。
「キキョウ?」
先ほどまでの濁ったものではなく、焦点の合った視線をリッツから向けられて桔梗は様々な感情を心にしまい込んだ。そして、表には、いつもの口端を歪めたにやけ笑いを浮かべてみる。
「観念することじゃな。こうなったからには、ちゃんと勉強せいよ」
願わくば、好ましいと思った輝きのままにリッツが成長しますように。そう願いながら、近寄りたい衝動を抑えて桔梗は手を振った。
その姿に、今生の別れを感じ取ったリッツは、まだ整っていない息のままに桔梗に問いかける。
「また、遊んでくれる?」
(むっ)
どう答えるべきか、桔梗は上辺に笑みを貼り付けたままで悩んだ。リッツの弱点を知ってしまった。こうなってしまっては、桔梗は彼女に近寄ることができない。リッツの輝きを奪う自分自身が、桔梗は許せない。
それでも、願わくば。
「そうじゃな。また、どっかでひょっこりと会おうて」
桔梗は心の底から笑顔を作り出す。
「わし等は友達じゃからな」
「トモダチ……?」
その不思議な響きの言葉。桔梗の頷きを見て、リッツは満足げに笑っていた。
それが、桔梗の見た、子どもらしいリッツの最後の表情となるのであった。
(さて、これからが難儀じゃな)
おそらく、リッツ以上の刺激はしばらくないだろう。どうやって退屈をしのぐか。桔梗は、ぐっと大きく手を上げて背筋を伸ばした。
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