第33話 弾ける光

 記憶のネットワークをあっちにいったり、こっちにいったり。検索すればするほど、カーラは混乱していく。

(どうする、どうすればいい?)

 問いかけても誰も答えてはくれない。結局、奪った知識はただの情報に過ぎないということをカーラは痛感する。

 戸惑う彼女に助言を与えてくれる者はいないのだ。


 ぐるぐると回り続ける思考の中で、ある考えが思いつく。

(そうだ、私はいつも一人だったじゃないか)

 なまじ、多くの知識があるから頼ろうとしてしまうのだ。だったら、自分の力だけで何ができるのか考えたほうがずっと楽である。


 自分にできること、いや、自分がやりたいことをすればいい。徐々にだが眼の前が開けていく感覚が現れてくる。

(今なら、やれるか)

 血が出るほどに力強く握っていた拳を、カーラはそっと開いた。


 大きく息を吐く。口から一緒に緊張や焦りも共に出ていってもらうことをイメージして。

 ぐちゃぐちゃだった頭はようやく整理ができた。たとえ、ライツがカーラの想像した通りの力を持っていたとしても、この結界の中なら十分に対処できる。

 ようやく落ち着いた状態で、カーラは目の前の事象に対処できるようになった。


 少しずつ、上空から二人に忍びよる。ゆっくりと、慎重に。


 結界の内部は、いわばカーラが統べる世界だ。動くものの様子は手に取るように分かる。それはライツでも例外ではない。彼女は近づいてくるカーラの存在すら知らずに、眼前の洋介の様子だけを注視している。

 カーラは右手五指の爪を長く伸ばしていく。硬質化したそれは鋼すら容易たやすく切り裂くだろう。


 鈍く輝く爪が狙いを定めていく。


「ねぇ」


 涼やかな声。ぞくり、とカーラは背中に冷たいものを感じた。

「何でそんなことするの?」

 ゆっくりと振り返った瑠璃色の瞳。先程まで、こちらを気にする素振りすらなかったライツが、真っ直ぐにカーラを見つめていた。

「聞こえなかったかな」

 カーラの返事を待たずにライツは更に言葉を続けていく。表情が苛立ちで険しくなっていく。


 聞こえなかったわけではない。むしろ、聞こえたからこそ驚きでカーラは固まってしまっていたのだ。

 カーラの思惑通り、ライツは彼女の接近には気づいていなかった。感知能力そのものは、結界に助けられずともカーラの方が優れている。


「じゃあ、もっかい聞くよ」

 しかし、ライツはただ一点だけ確実にカーラに勝っていた。おそらく、他の妖精族も彼女には敵わないだろう。


「何で、洋介をいじめるの?」

 それは、今のカーラにはとうてい理解できない絆の力だった。


 ライツは、ライツとその身内に向けられる悪意に敏感であった。自分の大切な存在を害しようとするものを、彼女は許さない。そうした危機を察知する能力に関しては、カーラより遥かにライツは優れていた。


 ライツは言った。「何をしようとしているのか」ではなく「何でそんなことをするのか」と。その行動の理由をカーラに問いただしている。

 ライツは、今危害を加えようとしていることだけでなく、これまでカーラが洋介にしてきたこと全てを見透かしていた。


「くっ」

 カーラの口から息が漏れる。

 あくまでも狙いは洋介だった。さすがに、カーラの所有する情報から導き出される結論を持った状態でライツと交戦する勇気は彼女にはない。


 それなら逃げればいいのに。そう思っている自分もカーラの中にいた。それでも、洋介は自分の夢の中へと取り込んでおかなければならない。そんな強い感情に彼女は動かされていた。

 彼女自身、なぜそこまで執着しているのか分からない。自分の思い出したくもなかった記憶を引きずり出した洋介の存在に心乱されたままだ。冷えたように思えた思考も、まだまだ冷静ではない。


 自分の余裕の無さをごまかすように、カーラは伸びた爪を振りかざす。襲いかかろうとするカーラの姿を見た瞬間、ライツは反射的に右手を伸ばす。

「行って!」

 彼女の叫びを合図にして、ライツの周囲に飛んでいた光球がカーラ目掛けて飛んでいく。

 何かの術か、そう身構えたカーラの眼前で光が次々と弾けていった。まばゆいほどの輝きが、カーラとライツ達の間に広がっていく。


「目眩ましか、無駄なことを」

 光の影響で体の動きが鈍い。視界は完全に白く染まってしまっている。

 それでも、時が過ぎれば再び静寂が戻るだろう。そうなれば、結界内にライツ達の逃げ場はない。


 この光に乗じて攻撃を仕掛けてくる気配もない。ゆっくりと、視界が晴れてきて……そこで、カーラはライツの本当の思惑を知ることになる。


「どこに消えた」

 わずかに残った周辺の光を振り払い、カーラはライツ達の姿を探す。


 無意識に、きょろきょろと視覚に頼っていたことに彼女は気づいた。そんなことをしなくても、探そうと思えば彼女等の居場所など簡単に把握できるはずなのに。

 右手で側頭部を抑えた。妙な頭痛を感じるとともに、今まで感じていた感覚が鈍くなっている。

「なるほど。これは眩むな」

 周囲に充満するのは圧倒的なライツの気配。その濃厚な空気が、結界中に散らばっているような錯覚が生まれている。その濃さで、本来は感じ取れるはずの洋介の動きも他の人間達に紛れて分かりづらくなっている。


 カーラの周辺で爆発した光は、ライツの力そのものだった。それが至近距離で弾けたものだから、カーラの知覚が誤作動を起こしているのだ。


 姿を見失ったことで、再び執着心にカーラの心が支配される。自分の思惑通りに動かなかった洋介という存在を何とかしなければ心が落ち着かない。

「逃さない。逃して、たまるものか」

 その緋色の目を輝かせて、カーラは周囲を睨みつけていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る