第一章
第3話【鈴香という少女】
亮司の家から自転車を漕ぐこと二十分。
町の外れという変わった立地にあるファミレスを目指しもう後五分、と、いったところでその異変は起こった。
(あれは……美咲、さん……?)
見知った──いや、いつも一方的に見ているだけなのだか──少女の姿を見かけ、健は自転車を漕ぐ足を止めていた。
華奢で美しい少女を取り囲む数人の男達。しかも、揃いも揃って屈強な体躯の野郎ばかりである。どちらも無表情に近い顔でぞろぞろと公園の方へ連れ立って行く。これを見 て「知り合いかな?」なんて剣呑な感想を思い浮かべる人間はいないだろう。
ただ、健のような馬鹿な行動を起こす者も少ない。
触らぬ神に祟り無し。それは穏やかに生きる為の不文律である。
それを、健はあっさりと無視したのだ。
大の大人でも我関せずを決め込む光景を目にしながら、健はバイトに遅れそうな事実を思考の外に締め出してそっとその後をつけていた。
「まさか、ミスタ・
そう言いながらイヤらしい笑みを浮かべ、舐めるように少女の身体を見る男。
悪寒がするようなその視線をまるでなんでも無いように受け流しながら、
「あなた達は?」
棘のあるニュアンス。遠巻きから事の成り行きを静かに覗いていた健は、そんな彼女の物言いに少なからず驚いていた。
「我々はミスタ・
何せミスタ・
敵性勢力のラムダ・ドライバ搭載機はミスタ・
だから保険としてミスタ・
兵隊集めを任されてる俺達も、もういい加減業を煮やしてるんだよ」
「あなた達、馬鹿なの? 理由が何かは知らないけど、ミスタ・
会話の内容はチンプンカンプンだったが、穏やかな雰囲気では無いことは確かだ。
男の方は彼女の台詞を鼻で笑いながら、ジャケットの下から鈍色に光るモノを引き抜きそのまま少女に突きつけた。
(あれはっ……?!)
健の見知ったモノ。
M1911・コルトガバメント。アメリカ軍で長い間採用されていた自動拳銃だ。もちろん、本物であればだが。
「言ったろ。俺達は業を煮やしてる。これは命令じゃねぇんだよ。多少手荒になってもミスタ・
別段、ドスを利かせるわけでもない。ただ銃口を真っ直ぐ鈴香に向けている。
向けられている鈴香自身は落ち着いたものだ。その表情には恐怖も動揺もない。
「それで? 私が欲しいのに銃を向けてどうするの? 逆らえば撃つ? そうすれば私は手には入らないわよ」
「だが、
睨み合う二人。周りを囲む男達も続けて銃を抜く。
「
何の話だろう?
大の大人が
そもそも、何でただの女子高生を脅す必要があるのか?
これが漫画であれば健の頭上にはさぞかし沢山の
第一、有り得ない。あの男の言い方じゃ、まるであの銃が本物みたいじゃないか。日本の警察機構は世界でも有数の優秀さの筈だ。おいそれと本物が持ち込める訳がない。
そうだ。やっぱり今、自分の鞄の中に入っているのと同じ、エアガンだ。
そう健が脳内で結論付けた瞬間だった。
──パンッ
と、火薬の弾ける音がした。
つっと鈴香の頬から赤いものが流れる。
(……っ?!)
衝撃と驚愕。
悲鳴を上げそうになり健は慌てて両手で自分の口を塞いでいた。声を出さなかった自分を褒めてやりたい。心底、そう思った。
「俺達に従えないなら次は当てる。どこがいい? 肩か? 脚か?」
まるで世間話をしているかのような声音。
本物の銃を人に向ける行為に……人に対してトリガを引く事に躊躇が無い。健自身、エアガンでさえ人に向けるという行為に覚えた戸惑いを未だに忘れられずにいるのだが、あの男にはそれが一切感じられなかった。恐らく、殺すことにも。
他の連中も、似たようなものだろう。誰一人として表情を変えていない。
(た、助けないと……)
足が震えた。
無理だ、という言葉が脳内で慌ただしく泣き叫んでいる。こういうときはどうしたらいい? 警察?
いや、駄目だ。
悪そうな奴が何人もで女子高生に鉄砲を向けてます。自分のような
良いわけが無い。
そうだ。自分の銃が本物じゃないという、だったそれだけの理由で彼女を見捨てるわけにはいかない。
(行くしかない!)
若さ故の過ちか。少年の思考は余りにも無謀で、最も愚かな決断を下していた。
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