プロローグ

第1話【恋に落ちたサバゲー少年】1

 それは深窓の令嬢という言葉がピッタリの美しい少女だった。

 ポニーテールに纏められた長い黒髪がふわりと揺れる。

 黒板に大きく彼女の名を書いて早々にざわめく教室を一喝した担任の声も、耳に入って来ない。


「ったく、美人が来たからって転校生くらいで騒ぐんじゃない! 特に野郎ども! サカってんじゃねぇよ! 

 っと、悪いな、馬鹿が多くて。自己紹介してくれるか?」

「はい、美咲みさき 鈴香すずかです。よろしくお願いします」



 凛とした張りのある声がやたらと耳に残る。


「ん? 以上か?」

「はい」

「そうか。まぁ、いいや。席はいぬいの後ろ──あそこだ」


 そう言って突然担任から指さされ、 当の本人・いぬいたけるはびくっと背筋を伸ばした。少女がたけるの方を向き目が合った、ような気がした。

 「わかりました」と短い返事を返し静かに近づいてくる少女に、顔がみるみるうちに熱くなっていく。視線が反らせない。

 バクバクと心臓の音が喧しい。キュッと唇をしっかり閉じていないと口から飛び出して来そうだった。

 桜が咲き乱れる季節。いぬいたける、17歳に人生で初めて訪れた『恋』に落ちた瞬間だった。







「はぁ……」

「なんだよ、健。辛気臭い溜め息吐きやがって」

「なんでもない」

「どーせ美咲さんのことだろ。もういい加減告るか諦めるかしろよ? めんどくせー」

「う、うるさい! 啓汰には関係ないだろ!」

「関係あるだろ! こう毎日溜め息聞かされたらこっちが鬱になるっての! もうすぐ二学期だぞ? 先のことだって考えなきゃいけねーし、どーすんだよ」

「うぅ……」


 横で喚く親友を尻目に、健は頭を抱えていた。

 問題の彼女──美咲みさき鈴香すずかが転校してきて早くも数ヶ月。夏休みが終わろうとしている今となっても彼女と近づくきっかけが全く掴めていない。


「しかし、美咲さんも謎だよなー。全然クラスに馴染んでる感じがしねーってか。誰と仲良いのかもわかんねーしな 」


 そう。彼女は神秘のベールに包まれたままなのだ。

 教室ではいつも一人で読書に耽っているし、放課後には誰かと遊ぶことも無く帰ってしまう。何もかもが謎。それがまた、男子たち 視線を集めているのだが。

 美咲鈴香はモテる。とにかくモテる。

 整った顔立ち。体育の時に見せるグラマラスな肢体。謎めいた私生活。その上、学年トップクラスの才女で運動神経も抜群。余りに非の打ち所のない彼女に玉砕した男子も、既に少なくない。 


岩城いわきの事もフッちまったみたいだし、まぁ、俺達みたいな一般人パンピーには高値の花過ぎるよな」


 サッカー部のエース、岩城いわき浩市こういちをフッた時には相当な騒ぎになった。その態度と帰国子女という事もあり、一部女子からはやっかみを集め、不良達から絡まれたこともあるらしいのだが、嘘か真か返り討ちにしてしまったらしい。


「それより、どんな手段でもって良いからお前のそのテンション何とかしろよー。今週末は俺達【オリハルコン】の合宿だぞ? 分かってるか? 相手は結構な強豪らしいからなぁ。前衛フロント・マンのお前がそんなんじゃ話にならないだろ」

「わかってるよ。陣代高校サバゲー同好会、だっけ?」

「おう」


 健の返事に、幼なじみである大宮おおみや 啓汰けいたは鷹揚に頷いた。

 【オリハルコン】というのは二人が作ったサバイバル・ゲーム・チームの名称だ。

 夏休みの終わりも近い今日。二人は午前中から集まり、エアガンの整備メンテナンスと練習を行っていた。

 ちなみに、もう一人居るチームメンバーは他校の生徒で一学年年下だ。急なバイトが入った為、午後からしか来られないと昨日の内に同じバイト先の啓汰から聞いていた。


「でも、あのチームって正式な同好会になる前に『コンバット・ドラゴン』誌主催の大会で女子大生のチームにボコボコにされてなかったっけ?」

「あぁ、それがなんか同好会に正式に認められて以降、がコーチについてメキメキと実力をつけてるらしい」

「いやいや、いくらなんでもはったりじゃない? 俺ら 同学年タメでしょ? そんな繋がり持てないじゃん」

「知らねーよ。とにかく、今週中に精神メンタル持ち直さねーと、そろそろ本気マジで怪我するぜ?」


 そう言いながらコンビニで購入したおにぎりを自分の口に押し込む啓汰。


「もー、分かってるって」


 溜め息を吐きながら健がペットボトルのお茶を煽った所で後ろから声が聞こえた。


「ごめんー、おまたせー」

「おせーよ、亮司りょうじ!」

「仕方ないじゃん。しっかり稼がないと金が掛かるからねー」


 亮司と呼ばれた少年の肩に担がれたギターケース。中身はライフルだ。

 サバイバルゲームはコスト高な遊びである。健も勿論バイトをしている。


「それはそれ! しっかり練習しないと勝てないぜ?」

「はいはい。で、たけちゃんは童貞卒業した?」

「はぁっ?!」


 竜胆りんどう 亮司りょうじ。年下の癖に生意気なチームメイトの台詞に目を白黒させる健。その様子に、亮司はからからと笑った。


「この様子じゃまだだねぇ」

「ムリムリ。さっきも大きな溜め息こぼしてたから 。こんなウジウジ野郎、美咲さんじゃなくても相手しねーっての」


 健は一緒になって健をからかう啓汰に、むぅっと唇を尖らせる。いくらとは言え、男がやっても可愛らしさの欠片もない。


「美咲さん美人だもんねー。たけちゃんには無理かなぁ」

「ほっとけ!」


 三人の練習場に、健の悲鳴じみた声が響いた。

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