冒険者の宿命

 やっぱり宿のベッドで寝るのは最高です。

 朝起きて一番の感想がそれでした。

「二人はまだ寝てるみたいだし、先に顔を洗って朝日でも見に行こうかな」

 ガサゴソとベッドを出て洗面所に向かう。

 まだ頭がボーッとする。

 ここの世界は氷河や砂漠エリア以外は、割と過ごすやすい安定した気候になっている。

「確か前にサリナから聞いたんだっけな」

 水を出して顔を洗う。

 ここでやっと目が覚め冷めた気分になる。

「さて、朝日でも見に行くか」

 まだ山の奥が少し明るくなっている程度、これなら日の出を見られるかな。

 部屋を出る前に、少しだけ二人の顔を見ていった。

「二人とも気持ち良さそうに寝てたな」

 ほんとに気持ち良さそうだったので、目が覚めてたら朝日見に行くのを誘うかなと思っていたけど、そんな事もなく結局一人で行くことにした。

 宿の受付を通り過ぎようとした。

 受付には誰も居ないだろと思っていたけど、犬耳の受付のお姉さんが立っていた。

「おはようございます、お客様。朝日でも見に行くのですか?」

「はい。早めに目が覚めたもので、せっかくだし日の出を見たいなと思いまして」

 受付のお姉さんは、それならと。

「ここから真っ直ぐ歩いていくと、川が流れてますのでそこで見てはいかがでしょう?川に反射した太陽と日の出の両方が見れますよ」

 それは良いな、せっかくだし行ってみようかな。

「じゃあ、そこに行こうかな」

「はい、ぜひ素敵な日の出を楽しんでくださいね」

 行こうとすると、お姉さんに呼び止められた。

「お客様、よろしければアルシアコーヒーをどうぞ。アルシアで取れた豆を使用してて、苦味が少なく豆本来の甘さのあるコーヒーです」

「ありがとうございます。向かいながら飲ましてもらいますね」

 そうして紙コップを受け取った僕は、朝日を見に川の方に向かった。


「ほんとに綺麗な景色だったな」

 日も昇ってきた帰り道、僕はのんびりと宿に向かい歩いている。

 帰ったら皆は起きているかな?

 起きるにしてはまだ早い時間、僕は偶然目が覚めて朝日を見に来ただけだから、寝ていても仕方ないよね。

 今日からまた、紅いオーラのモンスターを討伐するために頑張らなきゃいけない。

 いつまでもサリナに頼るわけにもいかない。

「明日からは、朝練でもしようかな」

 そう心に決めて帰り道を歩いて帰る。

 ふと、自分の記憶がほんとに無いのか思い出してみようとした。

 意識を集中させ、昔の事を思い出そうとする。

 しかし、頭に浮かぶのは真っ暗な風景だけだ。

「ダメだな、何も分からない」

 でも、何で僕は言葉とかは普通に出てくるのかな?この世界は、思い出だけを記憶と判断してるのかな?

 いきなり世界が真っ暗になった。

「何だよ!いきなり何があったんだよ!」

 何も見えない恐怖に襲われる。

 暗闇に一つの光が現れた。

「何だこの光は?」

 その光から音が発せられる。

「お前はそんなに昔を思い出したいか?」

 発せられる低い音が問うてきた。

「当たり前だ、自分がどんな人間なのか思い出したいに決まってるだろ!」

 光がため息をついた気がする。

「どんな人間か、私も過去はこんな感じだったのか」

こいつは何を言ってるんだ?

「冒険者よ、一つだけ教えておいてやろう。この世界は救済だ。そして救済を受ける人間は例外なく報われていない。今まで多くの冒険者を見ていたが、記憶を取り戻しだすとほぼ全員が冒険を辞めてしまう。」

 記憶を取り戻すと冒険をやめる?

 なぜだ?

「まだ分からないか?この世界は幸せなんだよ。この世界に来る時に記憶を奪うのは、冒険者が自分を覚えていると幸せになれないからだ。それはお前も例外では無い。お前が自分を思い出すと必ずお前はお前ではなくなってしまう。」

 自分ではなくなる?

 それより何でこいつは俺の無いはずの記憶を把握してるんだ?

「だからこそモンスターに記憶を分割させて持たせてたのに、まさか記憶を持つと紅くなるとは知らなかったな。」

 何の話をしているんだ?

 こいつはいったい何者なんだ?

「世の中には知らない方が幸せな事も多くある。無理に知ろうとすると悲しむ事になる。だからこそのこの世界なんだ。自分が何者か苦しむことも無く、この世界で仲間と暮らせる。それはとても幸せな事ではないか?」

 自分が何者かも分からずに幸せ?そんな事があるわけがないだろ。

「お前が誰なのか知らないが、ずいぶんと頭が悪いようだな。自分が誰かもわからず幸せ?馬鹿じゃねーの?僕は自分が何者であろうと、自分の歩んできた道を否定する事はしないね。幸せも不幸も僕はこの手で抱きしめる、全てを抱えて生きていける強さはある。逃げているようなやつには一生わからないだろうよ」

 光が笑い出した。

「面白いヤツだな。それじゃ、ぜひそれを証明して見せろ。おそらくお前は苦しむだろうがな。」

「上等だよ、僕は苦しもうと逃げはしない。そして、絶対に元の世界に戻るんだ」

「果たして記憶を戻しても同じことが言えるかな?まあいい、楽しみにしてる 」

 そう言うと、さっきまで真っ暗だったのが嘘のように明るくなり、元の場所に僕は立っていた。

「何だったんだ?」

 あいつは何者なんだ、僕の過去は何があったんだ?

「今そんな事を気にしても意味無いか、早く宿に戻ろう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る