彼我の星屑

和泉 夏亮

プロローグ

プロローグ



本を読むという行為は私にとって、もともとは自発的な行為ではありませんでした。今でこそ月に十冊は読むように心がけているつもりではありますが、小学校時代にそのような読書家気取りの片鱗をうかがわせるようなことはなかったはず、と記憶しています。

 人が何かものごとを始めるときには、意識的にも無意識的にもきっかけというその行為の源泉、原因が存在します。前者で言えば、友達から勧められたりだとかマスメディアの類で取り上げられていたということを自身が覚えていて、それを軸にして行為という車輪を回していくのです。後者はただその軸を忘れている、あるいは歯牙にもかけていない、とてもそんなことが自身の行動のきっかけになっているとは思ってもいない場合であります。

 私の場合、不本意ながら後者の側の人間であると気づいたのは、なんと大学二年の頃でありました。このきっかけという軸を、自らが意識せずに車輪を回してきた場合、クランク軸やらなにやらの部品が相当に傷ついて、もうぼろぼろになってしまいます。要しますに、行為が自らの軸に伴ってのものではないので、あまり身にならないのです。就活で自己分析、他己分析をしたことのある誠に聡明な読者諸君はお分かりでありましょうが、あれは案外、役に立ったりするものなのです。人の話はよく聞いておくに越したことはありません。無論、私の話もです。

 いったいなぜ二十歳なんて年になるまで、そんな状況を放っておけたのか、自分でもはなはだ疑問でありますが、しかし、私にきっかけを思い出させてくれたのはひとえに、「私」のおかげなのです。彼女にはとても感謝していますし、また誇らしくもあります。自画自賛であることは否定しないのです。

 ここに綴る小噺は、現に私の周りで起こったことであり、そして私に起こらなかったことです。今では科学的な研究も着々と進められているので、おそらくは理論が確立されつつあると思っていますが、私はただの文学部の一学生にすぎないので、無責任な妄想は慎んでおくことにします。読んだ書物に関して、あれこれ言っていればそれでよいのです。ただ、間違いなく言えることは、自分を上から俯瞰してみる客観性を持ち合わせていれば、大抵どうにかなる、ちゃんとした解決策が見えてくるということです。病膏肓に入る、決して、黒髪の乙女により与えられた、燃え盛る恋の熱き炎に、夜な夜な酒気に当てられて、ちっぽけな脳みそから捻り出した結論に、心身を委ねてはなりません。後悔は、あとからやってくるのです。

 それでは最後までお付き合いください。また会いましょう。

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