独りぼっちシンパシー【完結】

成瀬なる

1.転校ってなに

 空を見上げれば、夏の晴天のような風景が広がっている。しかし、今は、十二月半ば、制服のポケットに手を入れていなければ、しもやけになること間違いなしの寒さだ。

「きゃははは。 何それ、うけるんですけど」

 耳の鼓膜を揺さぶる雑音。絶対的迷惑生命体<女子高生>の参上だ。彼女たちは、決まって同じスタイルで雑音を口から発し登校する。

 右手にスマホを装備して、下半身はこれでもかというほどスカートの丈を短くする。それで、パンツを見られたら、変態、痴漢、の妄言オンパレード。

 この生命体の行動は、全くもって。

「うざい」

 誰にも聞こえない声で、<加賀谷 なつき>は、そう、つぶやいた。

 迷惑生命体の声を遮断すべく、なつきは、紺色のシンプルなデザインのマフラーに顔をうずませる。

 マフラーのおかげで、鼓膜を嫌に揺らし続けていた雑音は、どうにか小さくなるが、なつきの苛立ちを鎮めるまでには至らない。

「帰りたい」

 足を止めて、憎たらしいほどの晴天に向け、ため息交じりのつぶやきを放つが、どうにも、それが叶うことはなさそうだ。

 なぜなら、今日は、『加賀谷なつき、転校初日の初登校』なのだから。

 古代に生きていた超巨大生物が学校を破壊することを願いながら、止めていた足を学校へと向けた。

   

   ***


 『突然、現れた謎の美少年! クラスのみんなにモテモテの学園生活が、今、始まる』

 なつきの手に握られたスマホに出る新作アニメの広告。

 灰色の引き戸の前で、ある人を待ちつつ、その広告をタップする。

 容姿端麗、眉目秀麗、頭脳明晰の転校生は、転校先の学園で少女たちとハチャメチャな日常を過ごす、といういわゆるところの学園ハーレム物。

 都合のいいことに、今日のなつきは、転校初日だ。

 高校二年の男子高校生とは思えない散髪をサボったボサボサの髪に、目つきの悪い三白眼、ど田舎の高校、周りにいるのは絶対的迷惑生命体……越えられない次元の壁を感じたなつきだった。


「いやぁ。 待たせて悪かったね。 さ、行こうか」

 次元の壁に奥歯を噛みしめていたころ、なつきが待っていた<ある人>が引き戸を開け、登場する。

 黒のスーツに、冬には少し寒さを感じそうな広い頭皮とメガネが特徴の先生だ。

 登校初日に、美少女と追突するという事故を起こすことなく安全に登校できたなつきは、時間通りに職員室へと到着した。

 しかし、緊張を堪えて中に入ってみれば、見たこともない生徒に目を点にする教師だけ。

 なつきの存在は、意図的に無視されているのかと錯覚するほど、誰も動かなく、なつきが、声をかけて、やっと、メガネの定年間近のおじさん先生を捕まえることができたのだ。

「ちょっと、確認に時間かかっちゃって悪かったね。 加賀谷……なつきくんだね。 今、校長室に案内するからね」

 おじさん先生の話に、適当な相槌をつきつつ、足を進める。途中、自分の人生論のようなものを語り始めていたが、なつきの記憶に残ることはなかった。

 なつきにとって、学校は、『うざったさ』を作る物でしかない。先生も、生徒も、全員だ。

 転校先の学校で、友達ができるか心配、なんてしたこともないし、今後、<友達>なんてものを作る予定もない。

 ただ、同じ学校にいて、同じものを学んでいるだけの者に、媚びを売って何になる。時間の無駄、労力の無駄だ。

 再び、意味のない苛立ちが、なつきを襲う。

 しかし、急に、視界を横切った影に、苛立ちに向いていた意識は、方向を変えた。

「ゆーきちゃん、待ってよ~ 歩くの早いよ~」

「もう、遅刻になっちゃうよ! 早く歩いて!」

 茶色がかった短髪で褐色肌の少女に手を引かれる、肩のあたりでバッサリと切られた髪を持つ小柄な少女。

 おぼつかない足取りで歩く小柄な少女に、なつきは、心を惹かれたのだ。

 世界の時間が止まり、隔離されたかのような感覚とともに、胸を締め付ける嫌ではない感覚。

 その少女は、朝に見た女子高生と何ら変わらない姿だ。強いて言えば、彼女を見ると胸が高鳴るというくらい。

 なつきには理解できない感覚の答えを導き出す前に、停止していた時間は、ある者の声で再び動き出す。

「誰? なんかよう?」

 ぶっきらぼうに告げられる言葉、それは、手を引く褐色肌の少女からだ。

「あ、いや……なんでもないです」

 なつきの小さな返答を聞くと、褐色肌の少女は、小柄な少女を守るように、なつきを睨みつけ、足早にその場からいなくなってしまった。

「加賀谷君、どうしたんだい? 急に、立ち止まったりして」

「いえ、なんでもないです」

 少し先で、不思議そうに眼鏡をかけ直す先生に謝りつつ、再び、校長室を目指す。

 冬の空が映る窓から指す光だけが、微笑んでいるなつきの顔を照らしていた。

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