10.旧校舎拉致事件!?
空の一番高いところからポカポカと照る太陽は、なつきの体を程よく温める。教室には、外から微かに聞こえる野球部の掛け声と、黒板とチョークが当たる音。
「加賀谷! 起きてるか!」
時計を意味もなく眺めていたなつきの頭に、教科書を片手に授業を進める花谷先生の声が響く。
今日は土曜日、一般的には友達と遊びに出かけたり、カップルがデートに出かけたりしている日。そんな日に、なつきは教室で、しかも、男の先生と2人だけで補修をしているのだ。
前の学校での成績も悪くないし、この間やった数学の小テストも満点だ。ただ、なつきは転校生。しかも、変な時期に転校してしまったこともあり、この学校での単位が、かなり危ない。
だから、こうして、毎週土曜日の午前中は補修を受けている。
「加賀谷の成績なら問題はないと思うが、復習は怠るなよ。 じゃ、今日は終わり」
お昼を告げる音楽とともに、今日の補修が終了した。
***
「今日はこの後どこかに出かけたりするのか?」
教壇に手をつきながら、花谷先生は話す。先生と2人だけの空間というのはなんだか気まずい。
「特に予定はないですね」
リュックの中に真っ白なノートと教科書を丁寧に入れながら、適当な返事を返す。
「俺が、子供の時は親と休みの日に行く遊園地が楽しみでよ。 今考えれば、忙しいのに頑張ってくれてたんだなって思うよ」
「そうですか」
補修の教材をリュックに詰め終わったなつきは、それを背中に背負い教室を出ようとする。だが、それを止めるように花谷先生から優しく話しかけられた。
「加賀谷も両親には感謝しなさい」
扉に手をかけながら不自然な間の後、小さく、はい、と答えた。
教室を出て、なつきは窓に目やる。今日の空も、雲一つない憎たらしい快晴だ。
***
休日の校舎内にはいつもとは違う雰囲気を感じる。平日の午前中の図書館みたいな、学校をずる休みした時のような感覚だ。
周りの決まった動きや流れと少しずれたところでゆっくりとしている。人はそれをだらしがないと言うかもしれないが、なつきはそんな雰囲気がたまらなく好きだった。
(あれって……雪だよな)
昇降口の下駄箱から自分のローファーを取り出そうとしたとき、目の前を横切る、細身の男に手を引かれる雪の姿が目に入った。
雪の手を引く男は強引に引いているようにみえ、雪も少し抵抗しているかのようにも見て取れる。
(なんで、あんな奴といるんだろう)
横にはいつもいる、ゆうきの姿もなく、なつきはなぜか苛立っていた。
急いで、ローファーに履き替え、2人の後を追う。動きやすいようにマフラーと耳につけていたイヤホンを外し、強引にリュックに詰めた。
校舎をすぎると、隣接している体育館の後ろに向かっていく。
体育館の壁から、2人の様子をゆっくりと確認する。すると、2人は体育館の裏にある石段を上がっていくのがわかった。雪の手を握る男を睨み付ける。
なつきは、急いでリュックの中から、いつだか貰った『学校マップ』を見るが、体育館の後ろには、女子生徒に告白をする男子生徒のイラストが描かれているだけでなにもない。
なつきの頭に、もしかしての映像が流れる。
(まずいだろ! 雪が危ない!)
この時、あんなことが起こるなんて、なつきは想像もしていなかった。
***
階段を上がるにつれて、周りの雰囲気が暗くなり、気温も下がったようにも感じる。多分、上に上がるにつれてなつきを囲む木が原因なのだろう。
階段を上がりきると、目の前にはボロボロの木造の2階建ての校舎。入口には鎖がしてあり、錆びかけのパネルで立ち入り禁止の文字。
いよいよ、なつきが想像していることが現実味を増してきて、額に汗がにじむ。
ついさっき、雪と男はこの校舎の中に入っていくのは確認済み。なつきも、そのあとに続いて足を踏み入れる。
その辺に転がる、学校指定のシューズを見て土足で入るのを一瞬拒んだが、土足で行くことにした。
奥に進むにつれてきしむ床、上から聞こえる小動物の足音、ところどころ木材が腐り穴が開いているところからこの校舎の劣化具合が見て取れる。
だけども、窓ガラスなどは割れておらず、蛍光灯も比較的新しいもので、壁なども修復してある個所が目につく。
(まだ、使っているのか……でも、そんな話聞いてないし)
なつきは、一度立ち止まり腕を組み推理を始める。
(この校舎については先生から聞かされていないし、パンフレットと地図にも載っていなかった。 だけども、入口にあったこの高校の校章を見る限り、ここは旧校舎だろう)
なつきの推理どうり、校舎の上には立派な青銅色の校章が掲げられていた。
(じゃ、あの男はなんだ……教師? いや、あんな男見たことない。 じゃ、ここに雪を拉致してあんなことをしようとしてる誘拐犯? でも、電気は通ってる、あまりにも計画的……まさか、学校もグルか!)
この状況に、眉間にしわを寄せる。すると、どこかから、微かに声が聞こえてきた。
「嫌だよ……やめてよ」
その声は雪のものだった。
声が聞こえてくる部屋を探す。寂れたドアが並ぶ廊下に一か所だけ、綺麗なドアがついているのが目についた。近づき、ドアに耳を当てる。
「先生やめて……こんなの入らないよ」
なつきの鼓動が早くなる。
「頑張ってください。 宮内さんのは小さいですからね」
中から聞こえてくる少し高めの男の声。雪の手を握りここまで拉致したのはこいつで間違いないだろう。
再び、男の声が聞こえてきた。
「ほら、入りました。 全部、飲み込んでくださいね」
「うぅ……苦いし青臭い」
「まだ、ありますからね。 今日は、これを全部食べるまで返しません」
なつきの鼓動の速さは最大を迎えていた。自然と、拳に力が入る。
雪の盲目を利用していかがわしいことをさせる教師など許せるわけがなかった。
新しい引き戸のドアを勢いよく開けた――
室内にいたのは、スーツの上に青いエプロンを身に着けた男とテーブルに座り、涙目になりながら何かを頬張る雪。
フライパンを片手に、肉を炒める男に近づき、なつきは声を荒げた。
「こんなところに雪を連れ込んで何してんだ」
男は驚きのあまり、声も出ていない様子だった。
「はれ?(あれ?) ほのほえは、はふきくん?(その声は、なつきくん?) はっほー(やっほー)」
なつきが想像していた状況に合わない雪の声に、一度なつきが停止する。
すると、なつきの鼻をおしそうな匂いがかすめた。
「ふぅ。 先生! ピーマン全部食べたよ! 以外においしかった!」
「宮内さん、小さい口で食べ物を詰め込むのはよくないですよ。 詰まらせたら危険です」
「はーい。 でも、やっぱりこの苦みと青臭さがね~」
「それがいいんです」
なつきは、瞬時に状況を理解できたがそれを、本能が認めようとはしない。
「ところで、そこの少年は何か用かな? すごい、怒っているようだったけど」
「なつきくんも食べよ! 先生の料理すっごいおいしいよ!」
この後、このことがなつきの黒歴史を超える暗黒史の1ページ目を飾ったのは言うまでもない。
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