32 勇者との対話
「で、話って何なのよ?」
それまで一言も発さなかった勇者カノンベルが口を開く。
一応、話は聞いてくれるようだが、その視線は鋭い。
「ああ、端的に言わせてもらうと、俺は人間と魔族の争いを止めたいんだ」
「っ! そんなの魔族のあなた達が、この大陸から出ていけばいいだけの話でしょ!」
「すまないがそれは出来ない。なぜなら――」
俺は勇者カノンベルへと魔族が抱える事情を語る。
魔族はかつてこの大陸の隣にある通称魔界と呼ばれる大陸に住んでいた。
だが魔界全体が異常気象によって汚染され、作物もロクに取れない死の大地と化してしまった事で状況は一変する。
魔族の祖先たちは生き残りを掛け、ここ人間達の支配するこの大陸へと移り住んで来たのだ。
ちなみに魔界の汚染は、今尚続いている。
「……魔族がこの大陸にやって来た事情は分かったわ……。でもそれが侵略をしていい理由にはならないでしょ!」
「そうだな、当時この大陸へと移住してきた魔族の先祖たちは、先住民である人間達と共存を目指していたそうだ。だが――」
勿論、魔族は反発したのだが、当時の魔族は魔大陸から逃げ延びてきたばかりで数も少なかった。
あっという間に魔族は、大陸の東の果てまで追い込まれる。
「そんな時に現れたのが、魔王なんだ」
魔族の中に突然変異の如く誕生した魔王は、種族もバラバラの魔族達を纏めあげると、人間達に反旗を翻す。
高い能力とカリスマを備えた初代魔王に率いられた魔族達は、人間達を押し返しついには大陸の半分以上を支配するまでになった。
それが現在の魔族領だ。
「劣勢となった人間たちの中にもまた、突然変異が現れる。それが勇者と呼ばれる存在だ」
初代の勇者は、その優れた能力とカリスマ性によって人間達を率いて反抗に打って出る。
それからは人間と魔族、2種族間で激しいぶつかり合いが続いたらしい。
最終的に初代勇者は魔王を倒し、その後どこかへと行方を晦ましたと伝えられている。
その後も数年の小康期を経て、人間と魔族それぞれに勇者と魔王が出現し、一進一退の攻防をずっと繰り広げて来たのだ。
「っそんな話、信じられないわ! だって私の勇者としての力が、魔族こそ悪だと言っているもの!」
「そう、それだカノンベル。お前のいう勇者のしての力は、一体誰から与えられたものなんだ?」
「そっ、それは……」
「そもそも追い詰められる度に、そう何度も突然変異が都合良く誕生するなんてこと、普通ありえるか?」
一度ならば兎も角、それが続けばそこに何者かの意志が介在することを疑うべきだ。
「結局、何が言いたいのよ!」
「勇者も魔王も、何者かの意思によって生み出された存在だ。恐らく人間と魔族の争いを長引かせる為に……」
「違うわっ! 勇者は神によって導かれた存在よ!」
「だったら、その神とやらが人間と魔族を争わせているんだろうな」
「っ……!」
勇者カノンベルが、俺の言葉を信じたくないとばかりに首を振っている。
「もう一つ教えれば、俺より以前の魔王は、お前と似たように打倒人間に燃えていたそうだ。俺は召喚という特殊な方法で魔王になったからか、幸いにもそんなことは無いけどな」
この辺は全部アリスティアから聞いた話だ。
勇者だけではない。
魔王もまた、何者かの介入を受けていたのだろう。
「神だかなんだか知らないが、その所為で千年以上も互いに殺し合うなんて馬鹿げているだろう。そんな争いを俺はいい加減終わりにしたいんだ」
ここまで言い切った所で、辺りに沈黙が訪れた。
各々が何かを考えるように、黙り込む。
シャッハトルテの方を見ると、頷き返してくれた。
どうやらここまでは、上手く行っているようだ。
「……あたしは賛成よ」
沈黙を破り、フォレフィエリテがそう声を上げる。
「エルフとしては、戦争なんてやめて静かに暮らせるのならそれが一番だしね」
「俺を信じてくれるのか?」
「そうね……。ハッキリ言ってあなたからは全然、邪悪な気配を感じないのよね。
「……儂も賛成じゃな。確かにカノンベルの嬢ちゃんの魔族に対する嫌悪感は、ちと異常じゃと儂も思う。何者かの意思の介在というのは、しっくり来る答えじゃて」
ナールヴァイゼが髭を撫でながらそう言う。
「わたくしも勿論賛成致します。誰かの意思に踊らされて殺し合うなんて、間違っています。それが例え神の御意思であったとしても……」
シャッハトルテが賛成の流れをハッキリさせる為か、そう続けてくれた。
「……俺には、良く分からないな。何者かの意思とか言われても、正直ピンと来ないしな」
アイゼンハルトは賛成でも反対でも無いらしい。
まあそう言う意見があるのも、特別可笑しな話では無いと思う。
「で、カノンベルよ。お前はどう思うんだ?」
先程からずっと黙ったままのカノンベルへと、俺は問い掛ける。
「私は……」
カノンベルは俯いたまま、何かに抗うように体を震わせている。
いい兆候だ。
今頃、何者かの意思と戦っているのだろう。
このまま、と言いたい所だったが、どうもそうはさせてはくれないらしい。
「……どうやら邪魔が入りそうだな」
宿の周囲を取り囲む人の気配を感じた俺は、魔法具を起動した後立ち上がり魔力剣を生み出す。
「ええ。それもかなりの数ね……」
フォレフィエリテが弓を構えながら、そう言う。
「やれやれ、小僧が呼んだのかのぉ」
ナールヴァイゼもまた、億劫そうに腰を上げて杖を構える。
小僧とは恐らくヒートヘイズの事を指しているのだろう。
やけにあっさり引いたと思ったが、勇者パーティごと俺を殺すつもりか。
「教会と事を構えるのは気が進まないが、カノンに危害を加えるつもりなら容赦はしない」
アイゼンハルトも遅れて剣を構え、カノンベルの前へと立つ。
あとはカノンベルだけだが、相変わらず俯いたままだ。
立ち直るにはもう少し時間が必要だな。
「アイゼンハルト、カノンベルの事は任せた」
そう言って俺は防御魔法の発動準備に入る。
「
半球状の半透明の膜が、部屋全体を覆う。
ドオォォン!!
その魔法の発動から僅かに遅れて、部屋全体に轟音が響く。
恐らく宿ごと俺達を抹殺しようとしたのだろう。
本当に形振り構っていないな……。
衝撃によって建物全体が崩壊し、部屋の四方の壁がボロボロと崩れる。
だが俺の防御魔法によって中の俺達は全員無傷だ。
壁が取り払われ、視界がクリアになった事で状況がハッキリとする。
少なくとも100人はいるだろう騎士達が、周囲を取り囲んでいる。
恰好や武具に入っている意匠などから
良く観察すれば、以前のループで見覚えのある顔がいくつか存在している。
「あれで無傷か。恐ろしいやっちゃな……」
その中にはヒートヘイズの姿もあった。
やっぱりお前の手引きかよっ。
こうして俺プラス勇者パーティ(勇者を除く)と
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