その二人には秘密がある

@kanade226

プロローグ



「はぁ? 女の子を?」

 30も半ばを過ぎた頃、冴えないおじさんと化してる俺にその話が舞い込んできたのはある夏の夕方のことであった。



その二人には秘密がある



「いや、いやいや無理でしょ。ていうかいくつよその子」

「高二って言ってたから17とか?」

「無理無理無理。事案じゃん」

 久々に会った親戚のおばさんが深いため息をつく。

 やめろ。そんな目で俺を見るんじゃない。

「でも、私の家にはもう二人子どもがいて……無理なのよ。わかるでしょう?」

 わからないこともないが。

「でも他にもいるだろもっと誰かその、」

 その女の子を預かれる親戚が。



 俺の親父の弟一家が交通事故で大変な目に遭ったのは一週間ほど前のこと。

 親父の弟とその奥さんは即死。奇跡的に助かったのが今話題に上っている高二の女子高生というわけだ。

 踏んだり蹴ったりというか、残念なことにその子の親戚は極端に少なかった。

 まず、俺の親父とお袋だが、二人は離婚していて別々の家庭を築いている。まぁ俺がハタチを過ぎてからの事だから別にもうなんとも思ってはいないし、会おうと思えば両親共に会うことが出来るから気にはしてない。

 ただ、そんな家族にその女子高生を預かれと言っても流石に難しいだろう。

 次に、その女子高生の母方の親戚なのだがこれが残念ながらほとんど仕事の関係で海外に住んでいるらしい。

 高二、という微妙な時期に突然海外には行けないのだろう。進学のこともある。

 そうして、残ったのが目の前にいる俺の親父の従姉妹だというおばさんと、俺なのであった。


「貴方、その年で独り身なんでしょう? あぁもしかしてお金の心配をしてるの? それなら大丈夫よ。あの子の家そこそこお金持ちだったみたいだし」

「ならそっちで引き取れば……」

「そこそこ、って言ったでしょ」

 ようするにめんどくさいのだろう。気持ちはわかる。だが、

「女子高生と見ず知らずのおっさんを二人で住ませていいと思ってるのか」

 ため息が出る。これは完全に捕まるやつだ。そうに違いない。

 疲れた顔で項垂れていると、「やだ、貴方そういう趣味が……」と普通にドン引きされた。

 不名誉である。

「とりあえず、その子がまず嫌がるだろ」

「それがね……」

 おばさんの話によるとその女子高生は生活できるのならどこでもいい。と言っているらしい。

「つうかあれは? 一人暮らしとかは?」

 我ながら名案だと思ったのだが、おばさんは静かに首を振った。

「その子が嫌がるのよ」

「は……?」

 生活できるのならどこでもいいと言っているのに……?

 ポカンとしていたらおばさんは「じゃあ明日連れてくるからよろしくね」と言って出て行ってしまった。

 無理に決まってる。

 俺が、誰かと一緒に住むなんてそんなこと無理に決まっているのに。




 次の日のことだ。

 おばさんは本当に女子高生を引き連れて俺の家までやってきた。

「こちら畑中春枝ちゃん。で、こっちのが智明おじさん」

 こっちの。と指をさされたので頭を下げる。

 春枝ちゃんと呼ばれた女の子はショートカットの黒髪がツヤツヤしたなかなかの美人だった。目つきが少しキツイせいで損をしてるかもしれないが、まあこれはこれでクールビューティーってやつかもしれない。

「あーあのさ、もっかい確認するけど君はこの家でいいの? 男の一人暮らしだしその……なぁ?」

 間違いがないとは言い切れない。

 と正直思ってしまった。美人の女子高生なのだ。仕方ないだろう。

 それでも、春枝ちゃんはパチパチとゆっくりまばたきをしてから緩やかに笑って「いいです」と答えた。

 もっと冷たい子だと思っていたが笑うとだいぶ印象が違うな……。そんなことを思っていたら春枝がまた口を開く。

「すみません、おばさん少し二人で話したいのですが」

「は……? あっああいいわよ。じゃあ話が終わったら電話して」

 そう言っておばさんはさっさと荷物を持って外に出て行った。

 なんとも無責任だ。

「君、あの」

「話があります」


 思えば、この時に断れば良かったのだ。

 そもそも俺の体質では誰かと一緒に住むことなど不可能なのだから。



「できれば、その1人の部屋が欲しいのですが」

 春枝は真剣な顔でそんなことを言い、そのまま深々と頭を下げてきた。

どんな深刻な話をされるかと身構えていた俺は、拍子抜けする。

「あ、当たり前だろう。君は女の子なんだしそりゃ1人の部屋くらい用意するよ」

 狭いマンションとはいえ、幸いにワンルームではない。作ろうと思えば今からでもこの子用の部屋が作れた。

「良かった……あの、すみません。本当に無理を言って……」

 シュンとした春枝を見てなんだか心が痛くなる。一人暮らしをすればいいだろ。と思ってはいたが、この子は一瞬にして家族を失ったのだ。

 そりゃあ心細いことだろう。

「いや、いいよ。春枝、ちゃんが落ち着くまでうちにいるといい」

 美人に悲しまれると弱い。……それがいくら親族だとしても。そこが俺の悪い癖だった。

 ほら、顔上げて。と促すと春枝はパッと顔を上げてから弱々しく微笑んだ。なんだか本当に痛々しい。

「引越しとかの話はおばさんとして。あと自分の部屋は本当勝手に使っていいからね。好きに物増やして。あとは……まあ、俺はいつも家で仕事してるからなんかあったら言って。うざかったら外で仕事してくるし安心してよ」

 ウェブや雑誌のフリーのライターと、ちょっとしたアプリゲームのシナリオライターを掛け持ちしている俺は基本的に家にいることが多い。

 小説家という夢を諦めた男の最後のあがきではあったが、ここ最近は始めた頃と比べると中々仕事も増えてきた。

 そんな生活を続けていたが、女子高生からすると四六時中家に知らないおっさんが居るのも嫌だろう。

 まあ、ここ俺の家なんだけど。

「えっいや、そんな……全然大丈夫です……」

 気を使ったつもりが逆に気を使わせてしまったようだ。

 春枝は慌てた様子で手を振って俯いた。

「むしろ居てくれた方が……」

「ん? なんか言った?」

「いっいえ、なんにも」

 小さく何か聞こえてきた気がしたが気のせいだったのだろう。

 申し訳なさそうにする春枝に「まあ、とりあえずよろしく」と頭をかきながら告げると、ホッとしたのか小さく微笑みながら「ありがとうございます」と返ってきた。

 うん、まあ、大丈夫だろう。こんなにおとなしそうな子だし。

 そんなことを思いながら俺は立ち上がり、物置になっている部屋の扉を開ける。

 それに、俺のアレは普通に生活する上では全く支障がないのだ。


 ーーこの子と一生一緒にいるわけでもないんだし。


「ここ片付けるからさ。この部屋使っていいよ。狭いかな?」

「いえ! そんなことないです。嬉しい……ありがとうございます」

 俺の後ろから部屋を覗き込み、またしても嬉しそうに微笑む。

「おじさんは……いい人で良かった……」


 そう呟く声が聞こえた気がした。








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