第6話 接触

その後、気を取り直したユスティーナに連れられて、俺と、ミリアはクレル公爵邸へ向かった。


「こちらです。」


案内された家は、何に使うのか全く分からない広い庭と、軽く二十部屋はありそうな豪邸だった。

家の回りを囲む塀は、普通の家の屋根よりも高く、門もしっかりとした作りで、公爵としての地位に相応しいような、作りになっていた。

所々に彫られた彫刻は一流の職人たちの技術と魂がこもっているようだった。まるで芸術品のような建物に感心しつつ、俺とミリアは客人用に作られたであろう部屋に通され、ユスティーナは自分の家族に帰宅の報告をしに行った。

部屋に通された俺とミリアは宿屋の椅子よりももう一ランク上等な椅子に腰掛けながら、暫く雑談をしていた。


「お兄様、公爵様はどんな人なのでしょう?」


王家の血をひくミリアは式典や儀式などに出席することはあっても、他の人間と言葉を交わすことは殆ど無い。

その為顔は知っていても、どんな人物なのかは知らないのだろう。


「公爵の地位を与えられるということは、凄い人なのでしょうか?」


公爵というのは王を除けばこの国の最高権力で、軍事、司法、貴族などを支配する立場にある。

クーデターの時には一時的に地位を失ったが、その後すぐに権力を回復、再び公爵の地位についた。

クーデター当初は俺も公爵が一枚噛んでいると思っていたのだが、権力回復に莫大な資金を使ったことや、実の子供を失っていることを考えると、可能性は薄そうである。

ミリアの言う通り凄い人ではあるのだが……


「凄い人だけど今は普通のお爺さんだよ。」


「そうなんですか。そうは思えないのですが…」


そう思える時点で、ミリアにも人を見る目が育ってきたということか。

ミリアの成長の喜びを噛み締めていると、


「ジン様、ミリア様、ご主人様がお呼びでございます。」


きれい系のメイドさんが俺たち二人を呼びに来た。

もし、執事服を着せたら、そのまま執事になってしまいそうな少女だった。

俺はそんなメイドさんに一瞬手を出そうと思ったのだが、歩き方を見て、止めた。


(ありゃ護衛もやってんな。)


歩き方から姿勢目線の配り方まで、明らかに素人ではない雰囲気があったのだ。

無駄に争いを起こしても仕方がないので、大人しく着いていくことにする。

後ろでミリアがホッと息を吐いたのは気のせいだと信じたい。


長くて広い廊下を進んでいくと、一段と豪華な扉が俺たちの前に現れた。

メイドさんは扉の前に来ると三回ほどノックして、


「ジジイ、お客様をお連れしました。」


危うく吹き出すところだった。ミリアも隣で必死に笑いを堪えている。

そんな中、


「入れろ。」


と、扉の向こうから覇気のある声が響き、その声に合わせるように扉が開いた。

扉の奥には、城でミリアと居たときと遜色無いほど広い部屋が広がっていた。

椅子やテーブルの他にも天井まで届きそうな本棚や、大層高そうな絵が、飾ってあった。

そして、中央の椅子には一人の老人が座っていた。

その男は、俺とミリアの姿を見るなり、


「ミリア様、ジン殿もよくいらした。」


こちらを出迎えてきた。

齢八十に届きそうだというのに、背筋はピンと伸びているし、立ち上がるのに苦労した様子もない。

顔には若干の皺が刻まれているが、その顔には今だに覇気が溢れていた。

ちょっと、年齢を偽っているんじゃないかと思ってしまう。


「私は国王様より公爵の地位を再度賜りました、

クレル=ド=イスラと申します。」


流れるように頭を垂れた、この人こそ元公爵にして現在も公爵の地位につくイスラ公爵である。

『現在の賢人』とも呼ばれるこの男は、実に聡明で不老不死じゃないかとの噂もたつ化け物である。


「こうしてお話しするのは初めてですね。

私は元皇位継承権第一位のミリアと申します。」


いつからかミリアは、人前で自分の名字を名乗らなくなった。

さて、ミリアが自己紹介した以上俺もしなければなるまい。


「ご加減よろしいようで、イスラ公爵。ジンと申します。」


こんな具合に最低限の挨拶を返した。

別に俺もミリアも会うこと自体が初めてというわけでもないし、お互いの名前も知っているので自己紹介の必要はないのだが、ミリアとイスラ公爵が言葉を交わすのが初めてということもあって、こういった形になった。

それから暫く雑談をしていると、話の切れ間にイスラ公爵が、ミリアに向かってこんなことを言い出した。


「ミリア様、実は隣の部屋にはユスティーナがおりますでな、会いたそうにしていたので、会ってやってくれませんか?」


少し急な提案だったので、ミリアは少し怪しんだ様子だったが、ユスティーナに会いたかったのか特に何も言わずに、最低限の挨拶をして、隣の部屋に向かった。

ミリアが部屋から出ていくと、俺とイスラ公爵はポッと息をついた。

すると、絶妙なタイミングで先程のメイドさんが紅茶を持ってきた。

イスラ公爵はそれを一口、口に含むと、


「君と話すのも久しぶりじゃ無いかね?ジン?」


急に口調を変えて話し出した。

実は俺はこの人と事前にアポイントを取っていた。

先程ミリアを隣の部屋に行かせたのもこれが理由である。

ミリアにこの関係がバレるのはまだ早いのだ。


「そろそろこちらの生活にも慣れてきたかね?」


「そうですね、流石にもう十年になりますし」


さぁお話しせねばなるまい!

俺がどういう人間なのかを。

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