ロリコン情報屋は勇者になれない!?
みゅーみゅー
第1話 はじまり
「……報告は以上です」
とある城の一室で、俺は少女と向かい合いそんなことを口にしていた。
「そうですか…」
この城の主の娘は、苦虫を噛み潰したような様子で報告を聞き終えた。今も城の外では怒号と喧騒が混じりあって人の悪意が形になったようである。
「早く、脱出しましょう。もうすぐ、ここも危なくなります」
「えっ」
この子の周りにいた大人たちは、みんなこの騒ぎで逃げてしまった。けど、俺にはこの子を見捨てることは出来なかった。
「いいの?」
涙目の上目遣い、反則である。
男なら無視できる人はいるまい。
この子を守る。
ずっと闘いを避け、混乱に紛れてきたが、
必ず守る。
その思いを胸に、俺は誓いの言葉を口にした。
「あなたが望むなら」
これが俺と彼女の物語の始まりだった。
そんな、昔のことを思い出しながら俺達二人は、目的の町に向かって歩いていた。
隣にいる少女はミリア。小柄だがカールのかかった紫のロングヘアーがよく似合う。整った顔立ちをしていて、道を歩いたら十人中九人が振り返るような美少女だ。
「お兄様、もうすぐ目的の町ですよ?」
唯一の欠点は、俺のことをお兄様と呼ぶこと。実際この子には姉妹はいないので誰かと勘違いしている節もない。以前この事について本人聞いてみると、
「お兄様はお兄様なんです!!」
とのことでお手上げである。まぁ、俺としてもまんざらでもないので最近は突っ込まなくなった。
「そうだね」
振り返りつつ返事をすると、ミリアは嬉しそうにしながら
「次の町はどんな町なんです?」
そういえば、これから行く町については、名前を教えたくらいで詳細は教えてなかった気がする。
もうすぐ町に着くので、教えることにする。
「これから行く町はクレル公爵領っていう町で、すごく大きな町だよ」
もう少し詳しく説明すると、クレル公爵領は代々クレール家という名家が統治している町である。町の中には巨大な貿易港がある。
商人が多い街で、独自の軍隊も持っている。そこらの小国など相手にもならない貿易都市である。
「でも、そんな大きな町にミリア達は入れるのでしょうか?」
ミリアの心配はもっともで、自分達は立場上完全にお尋ね者である。大きな町になるほど警備は厳重になるので、正面から入ることは出来ないはずなのだが…
「大丈夫だよ。きちんと頼んでおいたからね」
そんなことを話しながら、歩いていると目的の町の門が見えてきた。高いレンガ造りの門は、あらゆるものの侵入を妨げ、二重構造という厳重ぶりである。門の前では、屈強な兵士が目を光らせていて、穴が無いように見える。
「お兄様、何処から入りましょうか?」
ミリアが不安そうに聞くと、
「正面からだよ」
そう言ってズカズカと進んでいってしまった。
実は門番の人と知り合いだったりするのでしょうか?
そんなことを考えながら、ミリアはとりあえずその背中を追ったいかけていくと、
「おい。止まれ」
「……」
案の定止められた。じっと見つめてみるが、当の本人はシレッとした顔をしている。
「……」
なぜだかミリアから非常に非難的な視線を感じる。
大方何もなしに通れると思っていたのだろう。
まぁ、このままでは通れないので、ある仕掛けをすることにする。俺は兵士にゆっくりと近づくと…
「あなたの奥さんを預かっています」
「…はっ?」
ミリアは距離があって聞こえないのかキョトンと首をかしげている。可愛い。目の前の兵士も、状況が飲み込めないのかキョトンとしている。…汚い。
しかし、こちらとしても状況を理解してもらわないと困るため、もう一度言ってみることにする。
「あなたの奥さんを預かっています」
「殺すぞ」
汚い顔が憎悪でさらに汚くなっている。
相当に殺気立っているようだ。
まぁ、この程度は予想の範囲内なので用意していた言葉を告げた。
「俺が死ぬと、あなたの奥さんも死ぬことになります」
「具体的には、ここから歩いて一月ほどのところに小さな小屋があってそこに監禁しています。俺の仲間には俺が一月戻らなかったら殺すように伝えてあります」
兵士の顔色がみるみる青くなっていく。
剣を持つ手にも力が入っていない。
それでも職務を放り投げない責任感はあるのか、
「ま…まだその女が私の妻だと決まったわけではない」
言葉にも先ほどの覇気が無くなっている。
すぐさま畳み掛ける。
「金髪で長身のキレイな方でしたね。結婚記念日にネックレスを買ってもらったとか、俺の仲間はそこそこの女好きでしてね、我慢できなくなってしまうかもしれません」
そう言った後は早かった。剣を投げ捨てたと思ったら、一目散に町に背を向けて走り出してしまった。
そのお陰で、俺達は悠々と町の中に入ることができた。
「お兄様、さっきの方はどうしたのでしょう?」
ミリアには聞こえないように会話していたので、さっきは兵士が走り去ったようにしか見えなかったのだろう。
「何か用事ができたみたいだよ」
「そうですかー」
「入れてよかったですねー」
どうやら久しぶりに大きな町に来たせいで、ミリアはご満悦のようだ。周りの大人達から蝶よ花よと育てられたせいで、ミリアは城の外のことはほとんど知らなかった。そのせいか、初めて町に出たときはいたく興奮していて、買い物やら食事やらを楽しんでいた。先程から聞いていても分かるように話し方もずいぶんくだけてきた。
「これからどうしますか?」
うーん。前の町から結構長距離を歩いてきたから…
「まずは宿を取ろうか?少し休んだら、ミリアの好きな買い物に行こう」
そういうと…
「お兄様!ミリアはそんなに子供ではありません!」
と言ってはいるが、顔はニヤけているし、歩くスピードもどんどん早くなっている。
「ちょっと待って!ミリア!」
気づいたらミリアは随分遠くに行ってしまっていた。今だにミリアは目を離すと迷子になってしまうため、注意しなければならない。ミリアを追いかけながら町の様子を見ていると、非常に活気に溢れている。道の両側にはところ狭しと露店が立ち並んでいるし、港の方からはなにやら活気のある声が聞こえてくる。
町の中を通る運河は船がところ狭しと浮かんでいる。
そろそろ宿屋を探さないといけないわけだが…
「お兄様、ここにしましょう!」
ミリアがよさそうな宿屋を見つけたらしい。
宿屋にもランクがあって、ランクの低いところならかなり安く泊まれるが、高いところだとそれこそ平民が住むような家が一件買えるくらいの値段になるわけだが…
「……ここ?」
「ここです!」
どう見ても最高ランクに位置するホテルである。仕事の関係上いろいろなホテルに泊まる機会はあったが、ここまでとなると片手で数えられる。実際、急いで逃げてきたのでお金も余裕があるわけではない。こんなホテルに泊まれるはずもないので、
「ミリア、ここ以外にしちゃダメかな?」
「ここがいいです…」
頬を膨らませてとても可愛いのだが、まともに金を払っては泊まれない。
…仕方ない、聞くだけ聞いてみるか。
「じゃあ、部屋が空いてるか聞いてくるからちょっと待っててね。」
「ありがとうございます!」
ミリアがとても嬉しそうに返事をした。
これは失敗するわけにはいくまい。
「ご主人、部屋を一つ貸してほしいのですが?」
…無理だと思うが一応聞いてみた。
「今は、一番上等な部屋しか空いてませんねぇ」
最悪である。普通の部屋でも無理なのに、一番上等な部屋ときた、仕方ない…
「ご主人、お話があるんですが…」
「何でしょう?」
店主が不思議そうな顔で聞き返してきた。
「あそこに可愛い女の子がいますね?」
「いますね」
店主も、ミリアの可愛さは分かるらしいこれは話が早そうだ。
「あの娘のために部屋をタダで貸してもらえませんか?」
「ナニイッテンダオマエ」
ん?どうやらミリアを見ても貸す気はないらしい。完全に見せ損じゃないか…
仕方ない、奥の手を使うか。
俺は、顔に平たい笑みを浮かべて言った。
「ご主人、いえ、アベシさん」
宿屋の主人が少し怪訝な顔をした。
「何で…あんた、俺の名前を?」
「アベシさん、昨日は娼館で楽しそうでしたねぇ。奥さんも一生懸命子育てしているというのに…」
すると、店主はいきなり態度を急変させた。
「な…何が望みだ。話さないでくれるなら何でもしよう!」
「さっきから言ってるでしょう?タダで部屋を貸してほしいんです」
予想通り。こうなることは元々分かっていた。
理由は簡単で、俺はミリアと城にいた頃情報屋をやっていた。
情報屋と言われて最も有名なものは酒場にいる白髪のおっさんだろうが、あの程度は一般人が接触できるレベルでしかない。
この世界にいる国家直属の情報屋とは情報収集はもちろん、暗殺、誘拐、盗み、相手国にデマを流すなど裏方仕事をこなす人達のことを言う。
なので、俺はミリアと前の都市に滞在していた時から仕事と言って、都市を出てはこの町の情報を集めていたのである。
先ほどの兵士が大の愛妻家であることも、この宿屋の主人が、妻の家の財産を使ってここを管理していることも、そのときに知った。
そのため、先ほどの兵士も今回の主人も『妻』の一言で簡単に攻略できた訳である。
それでも、あまりこれらの手段を使いたくないのは、一重にミリアの存在があるからだ。
ミリアが望んだ場合や、
ミリアに害悪なものは対象外なのであるが…
今回のような交渉(脅迫)もそのときに身につけた技能である。
「わ、分かった!」
「貸す!好きなだけ使ってくれ!」
どうやら貸してくれるようだ。よかった、よかった。
今回の交渉もちょっとした技術を使わせてもらった。
相手の弱味をにぎっている時は、先に相手が絶対に了承出来ない要求をする必要がある。その後に弱味をチラつかせると相手がその要求を飲んでくれる可能性がある。
相手が断るからこそきょうは…交渉は力を発揮するのだ。
早速この結果をミリアに伝えることにする。
「安く泊まれるようになったよ」
そう言うと、こちらを不安そうに見ていたミリアは、ぱぁっと表情を明るくして
「ありがとうございます!お兄様!」
こうしてこの町での拠点を作ることができた。
ミリアの可愛い姿を見ることもできたし交渉したかいがあったといいうものだ。
早速、部屋に向かってみることにした。
流石に一番上等な部屋と言うだけあって、最上階のフロアをすべて使った恐ろしく広い部屋だった。城にいた頃のミリアの部屋と広さだけならほとんど変わらないように見える。調度品の質は劣るにしても、どれも一流品である。
(そろそろ今後の方針を決めないといけないな)
広い部屋ではしゃぐミリアを見ながら俺は一人そんなことを考えていた。
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