アメリカンコーヒー

@yuremarchan

第1話

セラオ:もしもし

セラオは突然の電話に慌ててでた。電話で話す自分の声で我に返った。セラオは電話が大の苦手だった。電話だけでない、片付けも苦手だった。苦手というよりは、几帳面すぎて、結局どこに置いたのかが分からなくなってしまうタイプの苦手だった。最初になおしこんだ場所では満足がいかず、移動させてしまうのだ。結局、電話がかかってきた時は、鞄のどこにアイフォンをなおしこんでいるのかすら覚えていない。だから慌てる。アイフォンが指でスライドしたときに汚れるのも嫌だった。電話に出る前は手の汗をふいてからスライドさせる。こんな段階をふんで電話にでるのだから、最低でもコールは10回は鳴り響く。だから余計慌てる。さらに、アイフォンの使い方さえ、未だにささっと出来ない機械音痴でもあった。いや、機械音痴ではない。日々の仕事が忙しすぎて、興味があるのだがじっくりとアイフォンと向き合えていないのだ。


そんなこんなで、電話が鳴ると何とも言えない苦痛感に襲われる。だから1日1回しかかかってこない妻のピマエの電話でさえ慌てる。

ピマエ:・・・もしもし?あのね、今日のごはんは肉じゃがとお蕎麦どっちがいいかなと思って。

セラオ:あ?うん、どっちでもいい

ピマエ:え?

セラオ:いや、ピマエの好きなほうでいいよ。」

ピマエ:そうね~、じゃあ簡単にお蕎麦かな。

セラオ:うん。

ピマエ:・・・じゃあね。・・・

セラオ:はいどーも。

セラオはピマエがじゃあねを言い終わる前に急いで電話をきった。セラオはデザインの仕事でいつも忙しかった。仕事場は家から徒歩5分のところにある。セラオはまだ仕事場だった。夕焼け空をみながらあくびをする。セラオはふと思った。ピマエと話している自分はドキドキしていない?いやそうではない、セラオは今も昔と変わらずにピマエに時めいている。今も心臓がバクバクだ。しかし、何だ、今の電話の内容は?そう思った。今の電話では、ピマエにセラオがこれだけ好きだと思っていることが全然伝わっていないではないか!はいどーも?しまった、いつもの癖がでてしまった。愛する妻に言う言葉なのか!?最初の頃は、そう思ったものだった。だが、今はセラオは電話を切った後、話をした内容すらもう忘れている。

結婚当初はこんな感じだったのかもしれない、セラオは回想してみた。


セラオ「もちもちー(とってもうれしそうにウキウキ感)」

ピマエ「あのね、今日のごはんは肉じゃがとお蕎麦どっちがいい?」

セラオ「そんなのきまってるだろ!」

わいわいわーい、なーんて言って、僕がそう言った後はきっとピマエは昔のように照れながら大笑いして、それからしばらく今日のことについて色々話をして、5分くらいたったら二人とも電話をきるのを少しためらいながら、寂しくなるなと思いながらしょうがなく電話が終わる。いつからだろう最近の淡々とした会話は。2人はいつも一緒にいれない。セラオは家に帰っても、そさくさとご飯を食べたらすぐに仕事場に戻り、夜も更けたあとに家に戻り昼まで眠る。そしてまた出かけて行くだけだ。よく考えたらピマエと会話しているのは毎日かかってくる電話だけなのではないのか。


ふと、毎日電話をかけてきてくれるピマエの気持ちを考えてみた。全然おもしろくないセラオに昔と変わらずいつも優しくしてくれるピマエ。かれこれもう7年になる。セラオはデザインの仕事が大好きだった。しかしどうしてピマエは「私と仕事どっちが大事なのよ!」と言わないのだろう。


知ったこっちゃあない。


セラオはいつもそうするように、今日も2人の関係をごまかした。

空はもう真っ暗だった。みんな帰っていったオフィスで1人残ったセラオは少し反省した。リュックを背負った。セラオは屋上65階に上がった。オフィスビルは64階建てのビルでセラオは35階だった。


(バックミュージック:『Tonight Is What It Means to Be Young(今夜は青春)』)


セラオは毎日、屋上に上がって、風速と空の状況を素早く観察する。屋上からみえる夜景は雄大であり幽玄だった。いつもここからパラグライダーに乗る自分を空想するのが好きだ。街を一周してから帰途に着く。時々、家から遠い公園に着陸してしまう。そんな日は家に着くのが深夜になったりする。目をつむりながら、深呼吸し夕焼けの出ている日は、なんだかありがたい気持ちになった。


今日もいつものように、深呼吸した。さあ帰ろう、セラオはいつになく元気になった。あれ、ドアが開かない。管理人が戸締りしたのだろう。もう夜中の1時だった。


スマホは今ポケットに入っている。新婚当時ならピマエに電話し、それもまたラブラブの会話のネタの1つにもなったろう。だが、今電話したら、ピマエはもう今までの、僕への我慢の限界を泣きじゃくって、僕はどう対処すればいいのか分からなくなるに違いない。だから僕は今日も仕事で遅くなるということにしておく。


そして次の日は風邪をひき、一日中部屋で寝ることになるのだ。

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