すいぶんじんじゃ
「ねえ、お兄ちゃん」
貯水池の周囲をめぐるサイクリングロードを走っているとイズミが呼びかけた。
「どうした?」
自転車を停めて彼女の指すところに目をやると、そこには苔むした大きな石の鳥居が立っていた。
「すいぶん……じんじゃ」
「そう書いてあるな」
水分神社。このあたりの地名でもないし、山神様の神社ならば確かもっと山頂付近にあったはず。
「マイナスイオンの神社なのでは」
「擬似科学信仰のための社か、ずいぶん斬新だなあ」
「立て札になにか書いてる。んー、みくまり……じんじゃ」
なるほど、これは考えても読めなかったろうな。
「水の神様を祭っているようだね。貯水池に流れこむ支流脇にあるのもそれが理由かな」
読めなかった情けなさを推理で返上する。
「安産の神様でもあるみたいです」
「今のところ必要な」「お兄ちゃんの子が欲しい季節ですかねー。そろそろ」
「鍋の美味しい季節です、みたいな気軽さで言うね」
「いいですね……お兄ちゃんと我が子と三人でかこむお鍋……」
想像してにやけるのも勘弁してください。
「そろそろ、お兄ちゃんの美味しい季節ね」「言うと思った」
馬鹿なことを言いながら拝殿へと続く階段を登る。頭上にひろがる緑のトンネルは陽射しを和らげて心地よい。
「気持ちよいですなー」
拝殿の前にさしかかっても神社の雰囲気は良い。手水鉢も精確に削った感じでなく自然の形が生きていて歴史を感じさせる。
「つめたー」
手水舎で手を清めると手が芯から冷える。
「なんかここの水飲めるんだって」
「いいの?」
本来の作法ではダメだった気がする。
「「つめたー」」
ふたりして手に水をため一気に飲む。炎天下なのに冷蔵庫に入れていたように冷たく、嫌な雑味も一切感じない。
「すいぶんの神様すごいね」
さしてすごくもなさそうにいう。
「そりゃもう、体内の七十パーセントくらいが水分で出来てるすごい神様だろうね」
「それじゃ、人間みたい」
鈴を鳴らしてお賽銭、二礼二拍手一礼をする。願いごとを終えてとなりを見ると、イズミはまだなにか祈っている。
「なに祈った?」
礼拝を終えたイズミに問う。
「良い子が生まれるようにと」
「ほう。次も戯言をのたまったらぐりぐりしてあげよう」
それからおみくじを引いた。小吉と中吉。
「じゃあ、行きますかね」
停めていた自転車にまたがり出発しようとしたところで、イズミが呼びかける。
「結わえてみました」
本人ご自慢の髪がをおみくじによりツインテールで結ばれていた。
「御利益ゼロキログラム」
「水分の神様のマイナスイオンパワーによりもっとサラサラの髪へ」
イズミにとっての水分神はサラサラの神様だったようだ。
「すごい勢いで胡散臭いな」
「そしてサラサラの髪パワーで悩殺ですよ」
「神様を?」
「うーん。神様には勝てなそうから、お兄ちゃんで」
あーそうですか。
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