LastVampire

白斗 黒

第1話 ホミナス

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 月光が照らす真夜中の街に、幼い少年の荒い息遣いが聞こえる────


 それもその筈、少年は必死に走っていた。ただ走るだけでは無い、少年は正に"必死"の思いで、『この世のモノで有りながらこの世のモノを逸した存在』から逃れようと足を動かしていた。


 少しでも離そうと重くて縺れそうな己の足を無理矢理にでも前へ動かし、地を蹴って逸走する。しかし少年を追う者は少年より遥かに速く、今でこそ一定の距離を保っては居るが、一息強く踏み込めばそれだけで少年の首や胴体を刎ね飛ばす事が可能。


 ところが追跡者はソレを行わない、何故か? それは『少年』の体に流れる"赤い雫"が目的だからだ。少年の体に流れる"赤い雫"とは『血液』を指し、その血こそが目的の対象なのだ。


 だが少年の血が目的ならば生死は関わらせない方が圧倒して楽な筈だ、でも追跡者はそれをしない。狩りを愉しみ、対象を甚振るのが趣味なのだろうかは定かでは無いが、正気で無いのは理解出来る。


 不意に少年は何も無い場所で前から転倒した、遂に少年の足は限界に達してしまったのだ。これ以上は走れない、その上で追跡者は既に少年の目の前に立っていた。


 これを絶体絶命と言わずして何と言うか、少年は地面に向いた自身の視線を俯せの体勢のまま顔ごと上にゆっくり向けた。ゆっくり、ゆっくりと顔を向けていき、視線が完全に追跡者と合った少年は、直後に固まったまま動けなくなってしまった。


 暗闇でも光る眼を持つ追跡者、その正体は果てさて、何処で聞いた物語の"怪物"が絡んだ魔物であろうか。血を吸う姿はさも鬼の様に、夜を舞う姿はまるで獣の様に、彼等はその喩えから様々な名で呼ばれるが、基本は簡潔に『吸血鬼』で済む。


 吸血鬼、そう呼ばれる彼等だが、姿や形は人間と変わらず、唯一見分ける方法が日光と銀である。ニンニクは一度だけ過去に試された事は有るが、臭いが強烈なだけでこれと言ったダメージは欠片も無かった。


 で、だ、今の少年は銀を持っておらず、術としては日光くらいしか無いが、それも今では望みが無い。では、もう少年には死を待つ以外の選択肢は無いと言うのだろうか。


「動くな、動くと殺す」


 唐突、少年と追跡者の耳に女性の言葉が飛び込んで来た。少年は見上げたままだが、追跡者は視線を前方に向けて、一瞬顔が驚愕に染まったかと思いきや、その瞬間に追跡者の顔、基頭部は宙に浮いていた。


 首から別離し、血を流す事も無く、宙を舞っていたのでは無くて宙に浮いていた・・・・・・・のだ。そして頭部は追跡者の体の意思とは関係無く、浮いていた位置から動き出し、己の背中で停止した。


 追跡者の頭部は一人でに動いたワケでは無く、女性に掴まれて動かされていた。黒髪黒服の女性は無表情で追跡者の後頭部を爪を立てて掴んでおり、それに合わせて頭部の表情も苦痛に歪んだ。


「目を閉じろ」


 女性のこの言葉が自らに向けられている事を理解した少年は見上げたままの体勢で目蓋を閉じた。少年が目を閉じた瞬間、女性は掴んでいた頭部を上空に放り投げ、僅かに右手を振り被ったかと思うと、無数の残像を生み出しながら右手で打突するかの様に動かした。


 行動は一瞬、追跡者の体は内側から爆発するかの如く四方八方に飛び散り、その時に初めて血を噴出した。この時の追跡者の体が飛び散った直後の返り血を少年は顔一杯に受けた。


 その後、女性が上空に放り投げていた追跡者の頭部が落ちてきた。落下途中の頭部を確認した女性は左手で追跡者の頭部を押した。その際、左手は透過して頭部を擦り抜け、女性はそのまま少年の方へ歩みを進めた。


 左手を擦り抜けた頭部は刹那、左手で押されたベクトルの反対から切れ目が入り、今度は押されたベクトルに従い、まるで花弁を広げて咲き誇る花の様に、頭部が中心から捲れて肉片を撒き散らした。


 実に荒くて手軽だが、女性は追跡者を一瞬でただの細切れ肉に変えてしまった。そんな彼女もまた、"夜の闇に光る眼を持つ者"だった。


「大丈夫か? ネロ。あれ程私から離れるなと言っただろうに」


「ごめんお姉ちゃん、もう二度と離れたりしない……」



 ────皆は吸血鬼を御存知だろうか?


 それはこの世の夜に蔓延る存在。人が恐れし、人を糧とする"魔の物"。


 だが反面として太陽の光を苦手とし、それを浴びると乾涸ひからびてしまう。そんな吸血鬼の中でも唯一、太陽の光を苦手としない者が居た。


 それこそが、とても遥かに遠い昔から存在した吸血鬼の祖先……



 "ホミナス・ノクターナ"






続く

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