第16話
「確か……この辺だったよな……」
森の傍まで来て、仁優はキョロキョロと辺りを見渡した。暗い森を覗き込んでみれば、奥の方に赤くて小さな社と鳥居が見える。
「神社……?」
不思議に思い、近寄ってみる。すると、鳥居の陰で何かがごそりと動く。
「誰だ? 瑛?」
瑛にしては、小さな影だったような……そう思いながら、鳥居の陰を覗き込む。するとそこには七歳くらいの少年が、かくれんぼでもしているかのような様子で座り込んでいた。
陽の光の加減だろうか。黒い髪と瞳は、時々赤っぽく見える気がする。
「おい、どこから入ってきたんだ? ……ってか、何でここに入れて……?」
少年に話しかけながら、仁優はこの敷地の特殊な環境を思い出した。この土地には張り巡らせてある注連縄には、邪悪なもの以外もこの地に入れないための術が施してある。注連縄をくぐらなければ何人たりともこの社を見る事はできないし、招かれなければくぐったところでただの空き地があるだけだ。
なのに、目の前にいるこの少年は、常人であれば見えない筈の鳥居の陰に隠れていた。つまりこの少年は、この土地の関係者――仁優以外の葦原師団の誰かに招かれて、この地に足を踏み入れた、という事になる。一体、誰に?
「えーっと……あのさ、名前は? あ、俺は仁優な。守川仁優」
「……
ぼそり、と、辛うじて聞き取れるほどの声音で少年――礼が答える。どことなく、寂しそうな顔だ。その礼に視線の高さを合わせ、仁優は問うた。
「そ、か。……んで、礼? どうしたんだ? 迷子だってーんなら家まで送ってやるし、腹が痛ぇんなら、この建物ん中に良いお医者さんがいるから、連れて行ってやるけど……」
礼は、ふるふると首を横に振る。
「迷子じゃ、ないし……お腹も、痛くない……よ。あの……待ってるだけ、だから……お兄ちゃんは心配しないで……」
「待ってる? 誰を……」
問い掛けた時、近くの茂みがガサリと鳴った。仁優は思わず身構える。
茂みはしばらくガサガサと鳴り、やがてそこから瑛が姿を現した。
「瑛!」
「母様!」
今までの寂しそうな表情はどこへやら。礼はパッと顔を明るくして、瑛の胸元へと飛び込んだ。
「え、おい……え? 母様? 瑛? え? え? え?」
目を白黒させて「え?」を連発する仁優の頭を、瑛はスパン! と小気味良い音をさせながら叩いた。
「落ち着け!」
「え? あ……あー……」
間抜けな顔ではあるがとりあえず落ち着いた仁優に、瑛は溜息をついた。そして、礼の手を引くと、社の正面に拵えられた石段に腰掛ける。礼は、嬉しそうに瑛の膝の上に座った。
「あ、あのさ……えっと、あの……」
瑛の正面に立ち、仁優はかける言葉を探す。しどろもどろになっている仁優の様子に、突如瑛がくすり、と笑った。それにつられたように、礼もクスッと笑う。
礼の頭をひと撫ですると、瑛は顔から笑みを消し、仁優の目を見据えた。
「……この子の事はひとまず置いておくとして……流石にもうわかっただろう? 私の前世が、何だったのか」
「……伊弉冉尊。この国を産み、神々を産んだ……伊弉諾尊と対になる、始祖の神。よくよく考えりゃ、身体の一部から神様を生み出したり、装飾品を植物に変えたりって、古事記に登場する中でも一部の神様しか使えねぇ技だよな。……俺が知らねぇだけかもしれねぇけど」
「そうだ。……古事記が記されたよりも後に生まれた神という事で、便宜的に新神と呼んでいるわけだが……自らの意思であれらを生み出し、飾りを転じたりができるのは、私と伊弉諾……そして三貴子である伊勢崎――天照大神と月読命、素戔鳴尊。私が把握しているのはこの五人だけだな」
仁優は、こくりと頷いた。
「瑛が、伊弉冉尊だって事はわかった。……けど、何でだ? 伊弉冉尊は、黄泉国にいる筈だろ? それが何で、葦原中国に? それに、何でウミ――伊弉諾尊が黄泉族になんて……」
「……少々長い話になるが……聴く気はあるか?」
瑛の問いに、仁優は頷いた。それに頷き返し、瑛は口を開く。
「まず……黄泉のシステムが、お前が本来認識していた物とは変わっている……という事はここに来た日に伊勢崎から聞いたな?」
再び、頷く。確かに、ここに来た日、天は言っていた。
「黄泉の国で死んだ者は、今度こそ生き返る事は無い……筈だった。けど、伊弉冉はここで更に一つシステムを作り上げたんだよ。それは、黄泉の国で死んだ魂が再び葦原中国へ昇り、何処かの誰かの腹に宿って人間として生まれ変わる……それまでの日本には無かった、いわゆる輪廻転生のシステムさ」
そう言えば、この話の切っ掛けとなったオロシ――八岐大蛇が生まれ変わった話をした時、天は冷たい目を瑛に向けていた。あれは、このシステムを作り出した者に対して「余計な事をしやがって」と侮蔑する目だったわけだ。
「その話を思い出したなら、もうわかるな? 私も、伊弉諾も、死んだんだ。だから私はこうして葦原中国に人間として転生し、伊弉諾はウミ――闇産能天滅能尊として黄泉族となっている」
「何で……そんな事に?」
仁優の問いに、瑛は遠くを見詰めるような目をした。そして、ぽつりと小石を池に投げ入れるかのように言う。
「今から、何十年か前の話だ」
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