第15話

 あれから、どうやってあの場を離脱したのか……仁優はよく覚えていない。ライが、意識を失ったウミと、放心状態の瑛を両腕に抱えて、稲光の如き神速を発揮してくれたような気もする。そして、仁優は自分で走ったのか、先とは逆に神谷に腕を引かれたか……。

 何も覚えていないが、いつの間にか仁優は医務室にいて、椅子に座っていた。見れば、先日まで夜末が寝かされたいたベッドに、今はウミが横たわっている。傍らに立つ奈子と彦名は、難しそうな顔をしていた。

「順調に回復しているネ。流石はイザナギ様といったところかナ?」

「残念ながら、他の黄泉族と違って痛みは感じているでしょうけど。力が力だけに、黄泉族化する際により生者に近い身体になってしまったんでしょうね」

「そうか……」

 彦名と奈子の言葉に、横の椅子に腰かけていたライが安堵したような痛ましげなような声を発した。

「……なぁ、イザナギって事はさ……ウミの正体って……」

「神々を生み出した、この国の始祖。伊弉諾尊の事で間違い無いよ。……あぁ、奈子。痛みに関しては気遣う必要は無いよ。無茶をして周りに心配をかけた父上には、良い薬だからね」

 タイミング良く入ってきた天の言葉は、いつも通り憎たらしげだが、それでもどこかしら安堵したような声音だ。伊弉諾尊と言えば、天照大神――天の父親でもある。流石の天も、実父の負傷には心穏やかではなかったという事か。

「けど、何で伊弉諾尊が黄泉族に? ……ってか、ウミが伊弉諾尊って事は、ウミと因縁があるっぽい瑛はひょっとして……なら、瑛は何で……」

 訊きたい事が多過ぎて、頭がぐるぐるする。上手く質問をまとめる事ができない。それは、周りの者達も同様なのだろう。何から説明すべきか、迷っているという顔だ。

 誰に訊ねれば良いのか……そう思いながら、医務室にいる顔ぶれを見渡してみる。オロシとマドカ、瑛がいない。

 オロシとマドカがいないのは、まぁ、わかる。主である夜末が無事なのだ。ならば彼らは医務室にいる必要は無い。今頃は、施設内のどこかで家事をやっているのかもしれない。

 だが、瑛は? ウミ――伊弉諾尊が倒れた時の、あの蒼ざめた顔。悲痛な叫び声。そして――よくは覚えていないが――ライに抱えられなければ逃げる事もできなかったあの放心状態。

 どう考えても尋常ではなく、伊弉諾の事を心配しているであろう事は明らかだ。なのに、彼女はこの場にいない。

 仁優の疑問を察知したのだろう。神谷が、つい、と視線を動かした。その先を追えば、窓がある。窓の外には、建物の裏手側にあたる場所にある、小さいが闇の深そうな森がある。

 森と建物の境界線の辺りで、人影が動いた。それを目にした仁優は、思わず立ち上がる。椅子が、ガタリと音を立てた。

「……仁優兄さん?」

 不安そうな、不思議そうな、そんな顔をする彦名に、「外の空気を吸ってくる」とだけ言い、仁優は医務室を出た。出たところで、ほうじ茶の香りを漂わせながら薬缶と大量の湯呑を持ったオロシとマドカに出会う。

 やはり不安そうで不思議そうな顔をした二人に軽く笑いかけて見せてから、仁優は森へと向かった。

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