一枚の心霊写真

ピカレスク澤田

第1話

妙な写真が撮れたから見てくれないか?


友人の吉田からそんな電話が架かってきたのは今朝のことだ。

今日は休日だし、その写真に興味もあったので、昼に近所の喫茶店で待ち合わせることにした。


吉田と僕は大学の時に入っていたオカルト研究会で知り合い、かれこれ十年くらいの付き合いになる。

互いに卒業して、就職してからもたまに会ってはホラー談義を交わしたりしていた。


吉田は結婚していたが、奥さんは怖がりらしく、夫の趣味の領域には踏み込んで来ないそうだ。

僕も吉田もいわゆる霊感は持っていない。だから、幽霊目撃談などはもっぱら他人から聞くばかりで、話すことはなかった。


心霊写真も雑誌など以外では見たことがないので、現物を見られる機会を得て、僕は少し興奮していた。

(件のサークルでは誰もまともな心霊写真を撮れなかった。何となく怪しいものはいくつかあったが、どれも光線の加減のせいだとか、自然現象として片付けられてしまった)


待ち合わせ場所の喫茶店に入ると、先に着いていた吉田が手を振ってこちらに合図した。「妙な写真」を撮った当の本人は僕以上に上気した顔をしていたが、席に着いて話し始めると、それが興奮によるものではなく、当惑によるものであることが分かった。


僕がウェイトレスを呼んでコーヒーを一杯注文すると、吉田は呼吸を整えるように咳払いをしながらバッグから一台のデジタルカメラを取り出した。

「これに例のブツが入ってるんだ。早速見てもらおう」


吉田はそう言いながらカメラの電源を入れ、画像ファイルを展開した。

「買ったばかりだから画像データはこれ一枚しかない。まぁ、率直な意見を聞かせてくれよ」

僕はその画像に目を落とした途端、思わず口に含んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。

何故ならそこに写っていたのは、ベッドの上で裸で交わる男女ー吉田と彼の奥さんーだったからだ。


「バカッ、お前、変なもの見せるなよ!」

僕はそう言いながらカメラを吉田に突っ返したが、吉田はもう一度、今度はもっとよく見えるようにとばかりに、僕の目の前に突き付けてきた。

「言っとくが、俺にそういう趣味はない。これはれっきとした心霊写真なんだよ」


僕は吉田の厳然とした口調に気圧されそうになりながらも反論を試みた。

「いや、これはどう見ても、その、ただのポルノ画像じゃないか。心霊の要素が全然ないだろ」

「ぱっと見は、な。…分かった。順を追って説明するよ。さっきも言ったが、このカメラは買ったばかりのもので、この一枚は試し撮りなんだよ。つまり、寝室の誰もいないベッドに向けてシャッターを切ったんだ。そしたら、写ったのがこれだ。この写真に写っているのは俺達夫婦の生霊なんだよ」


生霊?僕には吉田の言葉がにわかには信じられなかった。生霊の存在を否定するつもりはないが、しかし・・・。僕は思ったことを率直に言ってみた。

「生霊って、こんなにはっきり写るもんなのか?どう見ても生きてる人間にしか見えないよ。多分、プロが見てもこれを心霊写真だとは認めないんじゃないかな?」


吉田はもうとっくに冷めているであろうコーヒーを啜りながらしばし押し黙っていたが、やがて意を決したかのように喋り始めた。


「確かに専門家でもこれの正体は分からんかもな。だが、俺にとって肝心なのはそういうことじゃない。肝心なのは、この写真が撮れたという事実と、それの意味することだ。・・・なぁ、前にも話したけど、ウチはもう三年以上セックスレスなんだ。最近だってしてない。なのに、昨日カミさんが妊娠してるのが分かった。妊娠日はこの写真を撮った日だ。こういう場合、生まれてくる子はやっぱり俺の子なんだろうか?」


そう言って、ニヤリと口元を歪めた吉田の目は、まったく笑っていなかった。


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